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【ギルエリ】 「痛いキス」 ノベリスト版に改訂

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「はい・・・・・。」


ようやくローデリヒが声を出した。
医師を呼んで、ローデリヒの手当てをしてもらう。

「貴女は・・・・?貴女は怪我をしていませんか?!」

突然ローデリヒが叫んだ。

「いいえ。大丈夫です。」



昨夜・・・・・・・・・・。
ギルベルトと一緒にいたのだろうか。
陣の見回りをしてくると言ってエリザベータは一昼夜いなかった。
その間、あの男と・・・・・・・!
嫉妬の思いがわきあがってくる。

ギルベルトとの決闘のさなか、エリザベータが飛び込んできたことにも理不尽に腹がたった。
自分は彼女にかばわれなければならないほどふがいないのか・・・・!
騎士であったギルベルトの方が剣技が上なのはわかっている。それでも、挑んでいかなければならないくらいの怒りだったのだ・・・。
エリザベータにはわかるまい・・・・。

どれほど、彼女を求めて、彼女と一緒になりたかったか・・・・。
過去にハンガリーを攻めたのも、彼女になんとしても会いたかったから・・・。

自分には力がなかった。
今は、ゆるぎない帝国となった。
剣技よりも、文化や教養で彼女に自分を見てほしい・・・・。
「彼」とは比べ物にならないほどの豊かさと華やかさと優雅さ。
「支配」という形になったかもしれないが、トルコの手から彼女を救いだしたのは自分だ・・!
「彼」ではない!

男のように戦わされていた彼女に、淑女としての教育を施したのは自分だ!
ハンガリーは、優雅な貴婦人になったではないか!
もう二度と剣を持たなくてもいいように、自分の帝国の中にいればいい。

ただ、自分には戦いがむかない・・・・だから今回のあの乱暴者の暴挙に結局彼女を向かわせてしまった・・・・。
それは今は後悔している・・・。
これから自分もなんとか軍を立て直して、強くならなければ・・・。
あの新参者に負けないように・・・・。
大事なところだって取り戻す!!




ギルベルトはエリザベータと一夜を過ごしたわりには淡々としていた。
女帝の言うとおり、雨宿りをしていただけなのか。

こんな事を思う自分がなさけない。
だが、心が張り裂けそうに痛い。

  彼女は私のものなのだ!!




手当てが終わると、休むように医師が言った。

「さあ、オーストリアさん。休んでください。」
「貴女は・・・・・。」
「はい・・?」
「聞かないのですか・・・どうして私がギルベルトと戦っていたか・・・。」
「あいつを見たら戦いたくなる理由がおありでしょう・・・・・。」

エリザベータが静かに言った。




(それでも・・・彼女は私と一緒に来てくれて・・・・私をかばってくれて・・・。)




嫉妬と簡単に言ってしまうには、あまりのも複雑な思いがありすぎた。

馬に長時間乗ったり、久しぶりの剣での戦いで、疲れ果てた・・・・・。




「・・・・・休みます・・・・どうか・・・・貴女も休んでください。昨夜から休んでいないでしょう?」
「ええ・・・・・。これから休みます。では・・・・・失礼します。」




エリザベータがお辞儀をすると、きらりと何かが彼女の首で光った。

「?」

思わずローデリヒはエリザベータの腕をつかんだ。
「オーストリアさん?」

「これは・・・・・。」

エリザベータの首に、金の鎖が掛けられていた。
そんなものは見たことがない。

「えっ?なんでしょう・・・?」

ローデリヒの視線をたどって、エリザベータは自分の首にかけられていた金の鎖に気がついた。
首から引っ張って取ると、鎖の先に細い十字架がついていた。

その十字架に施された文字を見てエリザベータの視線が釘付けになる。




A feher liliomnak is lehet fekete az arnyeka.

(白い百合にも黒い影が出来る)

意味は二つあった・・・・・・。
皮肉なことに、まったく正反対の・・・・・。


「いいこともあれば、悪いこともある。希望を捨てずにいろ」
「白い美しい花の中にも、見せかけの態度とは反対の思いが隠れていることもある。」




(ギルベルト?お前が私にこれをかけたのか?)


動かなくなったエリザべ―タを見て、ローデリヒが十字架を覗き込む。



(これは・・・・・・・・!)

   ギルベルトがエリザベータに寄越したものなのか・・・!!


ギルベルトは単にエリザベータを励ますつもりでこの十字架を渡したが、ローデリヒはそうは取らなかった。
ギルベルトがハンガリーに、オーストリアへの反逆を促していると思った。

湧き上がってくる怒り・・・・。


思わずローデリヒはエリザベータの手から十字架を奪い取った。
ピシッと、エリザベータの手が切れた。

「あっ!」

ローデリヒははっとなる。

「すみません!!」

思わず叫ぶとエリザベータの手を取って、血がでているところに唇をあてた。

「オ、オーストリアさん!?」

狼狽するエリザベータの目の前に、ローデリヒがひざまずいた。

「貴女は、私が守ります!!貴女は・・・・・私のもの・・・!!」

しぼりだすようなローデリヒの声・・・・・。
エリザベータは動けなかった・・・・・。

誇り高いオーストリアさんが、跪いている?!

まるで乙女に忠誠を誓う騎士のように、ローデリヒが手に口づけした。

「貴女は・・・・・・・!!」

嫉妬、疑い、情熱、そして、昔から思い続けた感情・・・・・。
全てがないまぜになって、ローデリヒの中で膨れ上がる。

「渡しません・・・・・・・!彼には・・・・!」

ローデリヒの最後のつぶやきは、エリザベータの耳には届かないくらい低かった。
「オ、オーストリアさん!!」

赤くなるエリザベータの顔とは反対に、ローデリヒの表情からは血の気が失せていった。

(絶対に・・・・渡さない!!あのような下賤な人に!!あんな「国」になど・・・・!)

ローデリヒに握られた手が痛い。

「そ、その・・・・」

その十字架を私は知らない・・・。きっとギルベルトが私が寝ている間にかけたんでしょう、と言おうとしてエリザベータは言葉につまった。

ローデリヒが手を離さない意味を理解した。
息が出来なかった。

ずきり、と胸が痛くなった・・・・・。
目の前に、去っていくギルベルトの背中が浮かんだ。
首筋に触れたギルベルトの唇の感触。

ああ、今ローデリヒから手に受けているキスと同じ・・・・・・・・。

エリザベータはローデリヒにひざまずかれながら立ちつくした。

手には「彼」の熱烈なキス。

首の横には、「彼」の残した痕・・・・・・・。



ああ・・・・・・・・どちらも・・・・。

男達の思いがこの瞬間にわかってしまった。
これから先、私達はもう二度と昔には戻れないだろう・・・・・・・。



ローデリヒが握り締める手に力を込める。
この手を振り払うことなんか出来ない。
でも・・・・・・。
後ろを向いて行ってしまった彼の背中が目の前に浮かんだ。


昨夜、彼がしてきたキス・・・・・。
今、目の前でひざまづく彼のキス・・・・。



ああ・・・・・・。

どちらも、なんて痛いキス・・・・!!