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【ギルエリ】 「痛いキス」 ノベリスト版に改訂

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消えるかと思ってもしぶとく生き残り、反抗し続けるやっかいな相手。
「私の守っている女性」につきまとってくる「国」。

二人の男の中で、相手に対する憎しみが膨れ上がる。

遠い未来の時間の先で、二人の男は知るのだ。
これが、「国」としてではなく、一人の「男」として、同じ女性をめぐって剣を交えた、最初で最後の争いだった事を。

ギルベルトの剣がローデリヒに襲いかかる。
寸前のところでローデリヒが剣をかわす。
間髪いれずに打ちおろされるギルベルトの剣を短剣でなんとか受け止める。

すぐに、次の剣が目の前に舞う。

ザクリ、とローデリヒの服が縦に切れた。
服の切れ目から、微かに血がにじむ。

「・・・・・!」

「国」は死なない。
けれど、剣で切られれば、人と同じように死にそうになる。

後悔はしない。
怒りにまかせてギルベルトに打ちかかる事をしなければ、煮えたぎる心は収まらなかったのだ。
ローデリヒは打ちおろされる剣を待った。

ところが剣は降りてこなかった。
目の前のギルベルトは・・・・・・。

彼が見ているのは、彼の横に立つ・・・・・・・。

「ハンガリー!!」

ギルベルトとローデリヒが同時に叫ぶ。

ギルベルトの今まさに振りおろされようとする剣を持つ腕を、エリザベータが押さえて離さない。

「何をやってるんだ!二人とも!!」

「離せ!」

これも男達が同時に叫んだ。

「ふざけないでください!オーストリアさん!!離せるわけがないでしょう!!お前も何やってるんだよ!」

エリザベータは全身の力でギルベルトの腕を止めていた。
彼はローデリヒに向けて、剣を振りおろす気でいたのだ。

「お前は・・・・・・俺を止めるのか!!」
「当り前だろう!!こんなところで二人でなに馬鹿なことをやってんだ!!」

ギリギリと思いっきり力を入れないとギルベルトの腕を止められない。
押さえている両腕に必死で力を込めながらエリザベータは叫ぶ。

「やめろ!!こんなところで!!」

オ―ストリアさんが、勝手に出て行ったと聞いてあわてて来てみれば・・・・!!
思った通り、ギルベルトの所にローデリヒがいた・・・・・・・。


「お前は・・・・・・こいつをかばうのか!」
「当り前だろう!!オーストリアさんは俺の宗主なんだぞ!昨夜もそう言っただろうが!」

エリザベータのなにげない言葉は、二人の男の胸に、深く深く、突き刺さった。

「当り前・・・・」「昨夜も・・・・・」。


受け止め方は違ったが、どちらも二人の男の心を打ち砕いた。

「戦うなら、戦場で戦えよ!こんな馬鹿なことしたって何んにもならないだろう!!」

ギルベルトがエリザベータに腕をとられながら、ローデリヒをにらむ。
ローデリヒもにらみ返す。
憎しみで人が殺せるのなら、このまま殺してしまいたい。


ギルベルトは剣を降ろした。

「離せよ。」

エリザベータが腕を離さない。

「離せ・・・・!」

ギルベルトの顔は見えなかった。
だが、エリザベータはこの腕を離してはいけない様な気がしたのだ・・・・・。



「・・・・・・っ!」




ギルベルトは、つかんでいるエリザベータの両腕を振り払って後ろを向くと黙って歩きだした。


払われた腕。
心が、ずきり、と音を立てて痛んだ。
ギルベルトを引き留めるかどうしようかエリザベータは一瞬考えた。

だが、すぐにローデリヒの方へ向かう。

   ギルベルトを引き留める・・・・?
   そうしたら、またこの二人は剣で切りかわす・・・・・・。
   仕方ないだろ・・・・・。
  今は、お前がひいてくれ・・・・。

   なんでこんなバカな真似をオーストリアさんがしたのか、聞いてみるから!
   お前の方が腕は数段上なんだから、仕方ないだろ?

   わかってくれるよな・・・・ギルベルト・・・・。



「怪我をしたんですか?!オーストリアさん!!」
  

ギルベルトは背中越しにエリザベータの声を聞く。
彼女はオーストリアを見ている・・・・・・。
俺じゃない・・・・・。


ギルベルトの心が空虚に染まった。

黙って歩き続けるギルベルトを、エリザベータは追ってこなかった。



(・・・・・・ああ・・・・・お前は・・・・!俺よりもあいつを・・・・・!!)




エリザベータは、結局オーストリアのものなのだ・・・・・。
「ハンガリー」はオーストリアの配下にある・・・・・。


そして、「彼女」は「俺」よりも、「あいつ」のもとへ・・
「あいつ」をかばうのが「当たり前」・・・・・・・!


    昨夜の思いはなんだったのだろう・・・・。
    一緒に抱き合って眠ったあの想いよりも、彼女は今、「あいつ」を選んだ・・・・・・!


  当たり前・・・・・!

  ああ、当たり前なのか!
  お前があいつを選ぶのは!
  俺の目の前で、あいつをかばうのは!!


ギルベルトの心はずたずたに切り裂かれた・・・・・。
初めて恋を自覚したばかりの彼に、彼女の今の行動は残酷すぎた・・・・・・。



  どうして・・・!
  今、お前の前で、「あいつ」を切り裂くことだって出来たのに!!
  お前を縛って支配している「憎い」相手じゃないのかよ!
  お前は・・・・・・俺よりも、あいつを選ぶのか!!
  俺を「敵」だというのに・・・・、「支配者」のあいつはかばうのか!!



怒りと悲しみがギルベルトの全身を包んだ。
胸が焼けつくように痛い。
泣き叫びそうな心の咆哮を、ギルベルトは必死で抑えた。












エリザベータは短剣を持って茫然としているローデリヒに駆け寄る。

「大丈夫ですか?オーストリアさん!」
「・・・・・・・・・・・・。」


ローデリヒの視線は、歩み去っていくギルベルトの背中に向けられている。
エリザベータも彼の背中を見つめた。



どうしてかエリザベータの心に、この時の彼の背中が焼きつけられた。

何も言わずに去っていくギルベルトを見つめ続けるローデリヒを助け起こすと、エリザベータはもうギルベルトの方を見なかった。
見ることが出来なかった・・・。

ギルベルトが泣いているような気がして・・・・・。





「さあ、帰りましょう。怪我の手当てをしないと・・・。」


ローデリヒは黙ってうなずくとエリザベータの引いてきた馬に乗る。

止んでいた雨がまた降り始めた。

ローデリヒとエリザベータは黙って帰路についた。







ギルベルトもまた騎乗して、フリードリヒ王の待つ陣営へと向かう。


ギルベルトの肩に、しとしとと雨のしずくが降りかかる。
それでもギルベルトは馬を急がせることはしなかった。


遠くの陣の宿営地に着くのは、この速度だと夜になるだろう。
闇にまぎれての帰還をギルベルトは思ったのだ。



雨は静かに降り続いていた。









ローデリヒとエリザベータは何も話さぬまま、オーストリアの小さな館にたどり着いた。
小さいとはいえ、夏の離宮だから召使も、医師もいる。
侍女たちは、怪我をしたローデリヒに大騒ぎだった。




「さあ、オーストリアさん。怪我の手当てをしませんと・・・。」