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6月の花嫁

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その日、派手に泣きじゃくっていたのは、花嫁ではなかった。

「うわーーーん、知らなかったわ!ペチュニアがデブ専だったなんてーっ!いやーっ!」
そう言って花嫁の姉は妹の胸に顔をうずめた。
ボロボロと涙をこぼし、イヤイヤと頭を振る。

ペチュニアは笑いながら姉の顔を上向かせると、レースのハンカチで目元をぬぐった。
「ひどいわ、リリー。わたしの趣味が悪いみたいじゃない」
「そうよっ!断然悪いわよ!!ひどすぎよーっ」
そう言ってまたぬぐったばかりの瞳から、涙をボロボロこぼした。

「わたしの大切な妹が、あんなデブと!イヤーっ!!」
もう辺りもはばからず、号泣する。
目の周りのマスカラは流れ、泣きすぎて鼻は真っ赤になっていた。

「もう泣かないで、リリー。美人が台無しよ」
「そんなわたしの化粧なんてどうでもいいわよ!ペチュニアがあんなデブと……デブと……。―――うわーんっ!」
またリリーは派手な声で、泣き声を上げる。

「いい加減にしなさい、リリー!ペチュニアが困っているじゃないの」
母親に窘められても、リリーは聞く耳を持たなかった。
「お母さんはいいの?このかわいいわたしの妹が、あんなヒキガエルみたいな男と結婚するのよ。信じられない!」

リリーは妹に顔を近づけると、真剣な表情で言った。
「いいこと、ペチュニア。まだ結婚式の前よ。籍は入ってないわ。止めるなら、今でもできるのよ!」
じっと相手の瞳を見つめる。

花嫁姿のまま、ペチュニアはクスリと笑った。
もし本当に今ここで自分が「イヤだ」と一言言えば、きっと姉は自分の手を引いてこの教会からわたしを連れ出してくれるだろう。
あとからこっぴどく両親に怒られようと、親戚中から苦情が出ようが、彼女は自分を連れ出してくれる。

「あなたのためなら、何でもないわ!」
そう高らかに宣言して。


姉の思いが嬉しくて、心がいっぱいになる。
(大好きな、わたしのリリー……)


彼女にとって姉が全てだった。
賢く口が立ち、エメラルドの瞳は大きく、赤みを帯びたブロンドは輝きを放っていた。
男勝りで快活で、いつも人の中心にいるような、選ばれたような人物だった。
跳びぬけた特性もなく内向的でやせっぽちな自分と、世間はよく比較したものだ。

「ペチュニア。おまえは姉さんに全部いいものを、持っていかれたな」
冗談でも誰かがそう言おうものなら、相手に食ってかかるのは自分ではなく、姉のほうだった。

「まぁ、あんたの目は節穴なのっ!!このかわいいペチュニアの、いったいどこを見て、そう言っているのっ!このクルクルとウェーブした絹糸のような髪。かわいいまつげ。抱きしめたら折れそうな細い体。桜貝のような可憐な爪先。このハシバミ色の瞳は、光が当たると、薄っすら緑にもなるわ。……まるで、天使よ!それを分からないなんて、あんたバカ?バーカ!バーカ!」
失礼極まりないことを、平気で姉は言ってのけた。


幸せな少女時代だった。
――――そうあの男と出会うまでは。




「ゴホン!」
花嫁の控え室で、ただ一人の黒髪の人物が咳払いをした。

「もう、いいんじゃないか?リリー。妹さんも困っているよ」
ペチュニアは声のしたほうを、不機嫌に振り返った。
(……あんたなんか、呼んでやしないわよっ!)
相手を見下したのように、にらみつける。
その冷たい視線を受け止めて、相手は肩をすくめた。

(何よ、そのネクタイ。そのスーツ!リリーが選んだかもしれないけど、全くあんたに似合ってないわよ。ちゃんと髪ぐらいセットしなさいよ、ぐちゃぐちゃのひどい癖毛のくせに。そんなだらしない身だしなみのせいで、恥をかくのがリリーになったらどうするのよ!)
ペチュニアはその細い肩を怒らせ、無言のガンを飛ばす。

そんなことはどこ吹く風と、ゆったりと歩いてくると、リリーの肩に手をかけた。
「―――さあ、親族として、僕たちも参列者の席に行こう。時間が迫ってきていることだし……」
「イヤっ!!」
ひしっとリリーは妹に抱きついた。

「一週間も前からだよ、君が実家に帰ったのは。最後の姉妹水入らずの時間を持たせてって家を出て、それからずっと妹さんを独占して、もういい加減、十分じゃないか」
「十分じゃないわよ、ジェームズ!!」
涙をいっぱいためて、リリーは叫んだ。

「だってわたし、説得に失敗したんだものー!うわーん!この一週間、どんなに頼んでも泣いても、ペチュニアったら、この結婚を諦めないんだもの。いやよ。わたしの天使が、あんなヒキガエルとなんて!いやーっ!!」

ジェームズはやれやれと頭を振った。
「すまないね、ペチュニア。僕の妻がわがままを言って、君を困らせてしまったようで」
「妻」という部分をことさら強調して、彼は大げさに謝る素振りをする。

「別にそんなことありませんわ、ジェームズさん。リリーがわたしのベッドに潜り込んできたり、お風呂にもついてきて、ずっとわたしの耳元で泣いてすがって、かき口説いたけれど、気になりませんでしたわ。だって―――、いつものことですもの……」
ふふふふと不適な笑みを浮かべる。

ジェームズの顔が引きつった。
(リリーは一度だって、僕の前でそんなことはしないのに。このリリーが泣いてすがっただって?自分といるときと、全く逆の立場じゃないか!)
嫉妬とうらやましさで、眩暈がしそうだ。

とりあえずこの二人を引き離そうと、リリーを立ち上がらせようとしたのが、いけなかったのかもしれない。
「さあ、行こう」
その伸ばした手をリリーは派手に振り払った。

「いやーっ、出ていって!ジェームズも、お父さんも、お母さんも、みんな出ていってちょうだいっ!」
どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。
結婚式が始まるまで時間がほとんどないことを彼女に再確認をさせてしまい、リリーはパニック寸前になる。

いきなり立ち上がるとものすごい力でグイグイと身内の3人を、部屋から追い出しにかかった。
「ちょっと、待ちなさい」という両親を追い出し、踏ん張るジェームズには思いっきり足ケリを容赦なく入れてドアからたたき出してしまった。

作品名:6月の花嫁 作家名:sabure