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水中に浮かぶ星空に包まれて

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トンネル型の水槽を抜けて、今度はイルカやアザラシといった海に住む哺乳類型のコーナーに足を運ぶ。その場所でも月子は子供に戻ったかのように目を輝かせて水槽を優雅に泳ぐイルカを見ていた。
また自分から視線が離れてしまったことに不満を覚えた梓は、月子先輩と呼びかける。

「どうしたの、梓君」
「さっきの……誰にも見られていないって言いましたけど……よくよく考えればあの水槽で泳いでいる魚たちに見られていましたね」

梓の言葉に絶句する月子。そしてみるみる顔が赤くなっていく。

「お魚に……キスを、見られた……・」
「魚に見られたぐらいでそんな落ち込まないでください。僕たちがキスをしたのは彼らと僕たちだけしか知らないことなんですから。それに、魚は人には話しません。だから大丈夫ですよ」
「で、でも……」
「落ち込まないでくださいよ。というより、意地悪をした僕のせいですね。これで、許してください」

出会った時は同じ目線だった二人。今や梓が月子を見下ろして、月子は梓を見上げる。
梓はそんな彼女の頭を撫でて、頬にキスをしたいきなりのことで驚いた月子。ふと、視線を水槽に向ければこっちを見ていたイルカと目があったような気がして。

「梓君……今、イルカがこっちを見ていたよ」
「せっかく僕が月子先輩にキスをしたのに。先輩は僕を無視してイルカを見ていたんですか」
「ち、違うよ!ちゃんと梓君のことを見ていたよ」

唇を尖がらせて拗ねる梓に月子は慌てる。それじゃあ、何をすれば許してくれるの、と月子が尋ねると、梓は月子先輩からのキスが欲しいですと言った。

「……えっと。それは具体的にどこに」
「唇に、とお願いしたいところです。でも、先輩は恥ずかしがってしてくれそうな気がしないので僕の頬に」

そう言って梓は月子がキスをしやすいようにしゃがむ。早くキスをしてくださいよ、とせかすように。
月子はそっと深呼吸をして梓の頬に自分の唇を近づけて触れるか触れないかのキスをした。

「んー。僕としては柔らかな先輩の唇を頬で感じていたかったんですが。よしとしましょう。それにしても、このイルカはどうやら僕たちが気になって仕方がないんでしょうね。僕も目があいました」
「……梓君だって私のキスじゃなくてイルカを見ていたの?」
「ちゃんと月子先輩からのキスを受けとってから水槽を見ました。これでおあいこです。さぁ、ここのイルカに僕たちが愛し合っているというのを見せつけましたし、次に行きましょうか。まだまだこの水族館回り切っていないんですから。…それに、夜はまだ長いです」
「……そう、だね」

不敵にほほ笑む梓を見て月子もつられて笑う。
今日は梓が宇宙へ旅立つ前の最後のデート。もしかしたら二度とできないデートなのかもしれない。
それでも、彼は必ず月子の元へ帰ってくると言った。梓のことだから本当だろうと月子は思う。

(あぁ、でも梓君はもしかしたら不安なのかもしれないね)

今、この水族館にいる生き物に木ノ瀬梓と夜久月子は付き合っていますと知らしめているような感じがして。
そう思うと切なくなって。でも、泣きそうな顔を見せたくなくて。月子は握っている手をギュッと握りしめた。

「……月子先輩?」
「ねぇ、梓君。またここの水族館に来ようね。そして、ここにいるお魚たちに私たちはこうやって熱い恋愛をしているんだよってまた見せつけに来よう」
「えぇ。僕のフライトが無事に終わったら。また来ましょう」

月子と梓は力強く手を握り締めて、まだ見ていないフロアへと歩き始める。
それは、まだ見えぬ未来へ歩いていく二人の姿だった。



水中に浮かぶ星空に包まれて