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お兄ちゃんのお嫁さん

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 まだ幼くあどけないばかりの五歳の双子の妹たちに、「お前達は何故同じことばかりするのかそんな人生に意味はあるのか」ということを滔々と言って聞かせるという兄と思えぬ所業を行ってみせた折原臨也が、次のターゲットに選んだのは双子の上の妹だった。



 妹とはいうが、この少女と臨也の間に血のつながりは無い。臨也の実妹は双子だけである。帝人という仰々しい名を冠したその少女は、折原家が養子として迎え入れた子どもだ。帝人の実の両親は帝人がまだ赤ん坊の頃に事故でこの世を去った。臨也の父と帝人の父は親しかったため、天涯孤独の身の上になってしまった友人の娘を不憫に思って帝人をひきとったのだった。
 ひきとられた当時赤ん坊だった帝人も、その後に生まれてきた双子も、そのことは知らない。妹たちは折原家は全員血の繋がった家族だと当たり前に思っている。真実を知っているのは両親と、帝人が家に来た時点ですでにものごころがついていた臨也だけだ。

 幼くとも、当時すでに臨也は赤ん坊というのは唐突に発生したりコウノトリがつれてきたりするわけではないことを理解していた。だから、ある日突然「この子は臨也の妹だよ、今日からお兄ちゃんだね」と両親から帝人を紹介されて戸惑った。ずっと平らだった母の腹のことを考えれば、この赤ん坊が臨也の母から生まれた子ではないことは明白だからだ。おそらく臨也の両親は、可能なら臨也に実の妹として新しい家族として、帝人の存在を受け入れさせたかったのだろう。その方が家庭内に妙な空気を生まず、臨也のためにも帝人のためにも良いと考えて。そんな親の考えをなんとなく感じ取って、幼き日の臨也はその芝居にのってやった。別に両親のためではない。自分が真実を知っているということを、自分だけが知っているーーーそういう舞台の外に立った視点にいると、往々にして面白いものが見られるということが分かってきていたからだ。






「帝人、ちょっとおいで」
「なあに、イザ兄?」

 かつての赤ん坊もすくすくと愛らしく成長した。臨也が部屋に招くと、何も疑わずついてくる。あまり入らない兄の部屋が珍しいのか、きょろきょろと周りを窺っている様子はいかにも年相応の幼子だ。ベッドに腰掛けた臨也が膝の上に抱きとろうとすると、子どもとはいえ驚く程に薄い身体だった。帝人は双子よりひとつ年上だが、肉のつきにくい体質なのか細く小さい印象が強い。小さい子ども、何も知らない無垢な幼児。その零れそうに大きな瞳に見つめられながら、愛しくてならないといわんばかりに臨也は口を開いた。

「あのね帝人、実は帝人は本当はこの家の子どもじゃないんだ」
「……え?」
「帝人はうちの子じゃない」

 何を言われているのかよくわからない、と言葉にせずとも表情で語る子どもを前に、臨也は冷たい現実を伝えた。むしろ真実よりも帝人にとって酷に聞こえるように話を盛った。自分や他の家族と血縁がないこと、帝人の本当の家族は誰もいないこと、それらの説明全てに『帝人を愛してくれるひとなんてこの世の中で誰もいない』と聞こえるように含みを持たせて。

「ここのお家の子じゃない、の? 僕?」
「うん、そう。母さんと父さんの子じゃないんだよ。ということは、つまり俺の妹でもないね」
「九瑠璃ちゃんや舞流ちゃんは?」
「あいつらはちゃんとうちの子」
「……なんで僕だけちがうの」

 納得できない、いや信じたくないという様に唇を震わせる帝人の、その瞳に水がじわりと盛り上がる様を、臨也はじっと見ていた。ついに透明な雫が頬の丸みを伝って顎に滴るまで、彼はそれを眺めていた。帝人が涙の先に兄を、いや兄であったはずのひとの顔を見た時、彼の表情に浮かんでいるのは間違いなく微笑みだった。その笑顔に幼い心が過敏な反応をした。
(イザ兄は僕のことが嫌いだったんだ)
 突然妹ではないと言われ、それにショックを受けた自分が泣き出す様を笑いながら見ている臨也に、帝人がそう考えるのは無理もなかった。家族として慕っていた兄からひどく突き放されたことに、帝人はより哀しい気持ちになる。
 一層激しく泣きはじめた幼子を、臨也は柔らかく抱いたまま、宥めるように背を撫でた。まるで帝人の涙の原因は自分ではないかのように。

「どうしたの、帝人。何がそんなに哀しいの?」

 なぜ臨也がそんなことを言うのか、帝人にはわからなかった。何が理由かなんて、わかっているくせに。

「この家の子じゃなかったことがかなしいの? 一人なのは嫌? 家族がいないのは怖い?」

 立て続けにされた質問に、帝人は全て頷いた。突然足下が崩れ落ちて、ぽっかりと空いた空間に放り出されてしまったかのように不安だった。抱いてくれている兄の手がなければ、そのままどこまでも知らない場所に落ちていってしまいそうな孤独と恐怖。

「そう、じゃあこの家の子でいられる方法、知りたい?」

 しりたい、と帝人は兄に縋った。この不安から逃れられるなら、兄が真実を教えてくれる前の状態でいられる方法があるなら。
 教えてと、己にしがみつく小さな手にそっと口づけながら、臨也は答えた。

「大きくなったらね、俺のお嫁さんになればいい。そうすれば帝人は折原の子だよ」

 俺が帝人の家族になってあげる、帝人がこの家の家族になりたければ、俺と結婚するしかないんだよーーーそう告げる兄の顔は、実に美しく、楽しげであった。それしかないと道を提示された帝人は、少し考えてから頷いた。この家の人間である臨也と結婚すればこの家の家族になれる、という単純な筋書きは、幼い頭にも理解しやすかったのだ。頷いたとたん、いい子だ、と兄が頭を撫でてくれたのも嬉しかった。
 どうやら兄は帝人のことが嫌いでこんなことを言い出したわけではないらしいと、雰囲気でわかった。たぶん臨也のお嫁さんになればこの家の子でいられるということを一番言いたかったのだろうと帝人は考えた。そうして慕わしげに見上げた兄はいつもより少し優しげな表情で、不安が全て晴れる思いがした。帝人はこの兄が好きだ。
(大きくなったらイザ兄のお嫁さんかぁ)
 これまではお父さんのお嫁さんになろうと思っていたけれど、イザ兄のことも好きだからいいか、と実に子どもらしい発想の中で、はて、兄はそれでよいのだろうかと疑問が生まれる。
「イザ兄はお嫁さん僕でいいの?」と帝人が尋ねると、晴れた空のような爽やかな声が返ってきた。「勿論、愛してるよ帝人」と。あいしてる、あいしてる、兄が繰り返すその言葉の意味はよくわからなかったが、いいって言ってるみたいだからまあいいか、と帝人は微笑んだ。



作品名:お兄ちゃんのお嫁さん 作家名:蜜虫