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もうひとつの約束・改訂版(ロイエド520)

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「あー、もう、また……」
半分開いたバスルームの扉の向こうから、金の子どもがぼやく声が聞こえる。

子どもと呼ぶには実はもう大きく語弊がある年齢なのだが、どういうわけだかエドワードの声は変声期を過ぎてもそこまで低くならなかった。
18を越えた今でも、こうして声だけ聞いていると、ロイの脳裏にふと浮かぶのは赤いコートの彼で。いや、そんな事実がばれようものなら、顔を真っ赤にして怒る姿が容易に想像できるから、けして口には出さないけれど。

ばさばさと布をはたくような音と、放り投げる音。どうやらロイが放っておいた洗濯物を仕分けしているらしい。

あの戦いが終わり、ようやく戻りつつある穏やかな日常。
ロイはイシュバールを含む東部と国の復興に努め、エルリック兄弟は錬金術の知識を探る旅を続け、そんな日々の合間に、エドはふらりとときおり、思い出したようにロイの家に現れる。
それはまるで、東方司令部の執務室が自宅に変わっただけのような錯覚をもたらす時間だったが、大きく違うのはエドワードがこうして積極的にロイの生活に関わってくることだった。

あの日までは、互いの思いを判っていても、どこかで一線を引こうとしていた。
必ず最後が来るのだから、のめりこめばともに辛いだけだと、自制するように。
だが『約束の日』が終わり、その後も起こった様々な事件を乗り越え。
……生き延びて相対した時、そんな覚悟は無意味だったと知った。

自分達が生きて此処にいる。
その奇跡以上に、雄弁な感情はなかった。

かくしてロイとエドは、これからの時間をともに歩む決意を固めたのであった。
が。

「まったく、信じらんねぇ。どうしていっつも、こうかなぁ」
呆れたように、それでいてどこか満足そうな響きを、ロイは廊下の壁にもたれて聞く。
開いたドアの隙間からは、動き回る金の髪がちらちら覗いていた。
「だらしないって訳じゃないのに、なんで平気なんだろ。こういうの。…えーと、白いヤツがこっちで。これは…」
ぶつぶつと呟きながら、そう広くない空間でこまめに動き回っている。
まだ軍から帰宅していないと思っているのだろう。いつもより独り言が多い。
「オレが来なかったら、この家ってどうなるんだか、……ったく」
空気を揺らす愚痴めいた独り言を、まるで天上の音楽のように、ロイは楽しげに聞いていた。
(干渉してくる女性は鬱陶しいと思っていたが、……これはこれでいいものだな)

他人に世話を焼かれた経験は少ない。
幼くして両親を失った。
引き取られた先の叔母はやさしかったが、日々忙しく店を切り盛りする女性で。
幼いながら状況をを感じ取ったロイは、必然手間をかけないよう、自分の面倒は極力自分で見る子どもになった。
それは士官学校や軍に入っても同じで、寮生活が一人暮らしに変わっても、何の不都合もなく生きてきた。
結果、独りで過ごすことに慣れすぎ、自分のテリトリーに他人が干渉してくるのが、耐えられない性格となっていた。

だがどうしてだろう。
この子が自分のために気を配ってくれるのが、途轍もなく心地よく……嬉しい。

早くに母を亡くしているエドはそれなりに家事が出来たが、それでも得意なモノと苦手がはっきりしているのをロイは気づいていた。
料理は錬金術に似て得意。だが、後片付けは苦手。
洗濯も実は苦手な分野で。
全部を一緒に洗って白いシャツをまだらに染めたり、型崩れするほど擦ったりしたこともある。
そんな彼が、本を読み幼なじみから習って、今では細かい仕分けまで覚えている。
ロイの為だと知った時に感じた、なんともくすぐったく暖かい気持は今でも鮮明だ。

(君が私をだらしなくさせていると、気づいてもいないんだろうな)

動き回るエドの気配を壁越しに感じ、腕組みをしたまま、唇を微かに上げる。
どこまで許されるかだだをこねるような、子供じみた甘え方だという自覚はある。
だが、それを知りながら止める気に離れないのも事実で。
少しばかり趣味が悪い自分に、ロイは苦笑するしかなかった。

*****

チャリン……チャリン、チャリ…ン。
床に落ちるコインが軽やかな音を響かせる。
どうやら昨日着ていた軍服のズボンに辿りついたらしいと、ロイは口元を手で押さえた。


『なんだ、これって洗えるんだ』
エドが不思議そうに問いかけたのは、まだ彼が赤いコート姿だった頃。
バスルームで無造作に脱ぎ捨てた軍服に、そう呟いて首をかしげた。
『ああ。さすがに上着は面倒だが、下のほうは作りも簡単だしな』
『アンタでも洗ったりすんの』
『ああ』
軍務先は綺麗な事ばかりではない。泥や汗、時には血が染み付くことも少なくないのだ。だがそれをここで説明するのはためらわれ、ロイは言葉を濁した。
『汚れは、さっさと洗ってしまえば落ちるからね。しかも乾きも早い素材だ』
でなければ軍務で役に立たないと告げれば、まだリアルな戦地を知らない子供は『そっか』と独り言のように呟きながら、それでも何かを考え込むように青い服を見つめていた。
少しずつ金の瞳が翳る気がして、強引に話題を変える。
『だいたい君だって、その服を着たきりすずめじゃないだろう?』
『あ、うん。同じの、持ってるけど……』
『そういうことだよ』
私だって替えくらい持っているしね、と洗濯籠に上着を放り込み、この話題は終了とばかり微笑みかければ『そっか』と曖昧に頷いて。
いったい何を考えていたのか。
おそらく軍服が『なに』で汚れるかを想像し『なぜ』汚れるかを考えていたのだろうと思ったが、その後どちらもそれに触れることはなく。
本当のところはわからずじまいのまま、その会話は終わった。

忘れていたそんな出来事を思い出したのは、数年後、エドがゆっくりとこの家に泊まるようになってから。


よほど印象的だったのか、エドは初めてロイの衣服を洗濯をした時から、軍服を洗いたがった。
一度など、帰宅してまだ脱いでいないズボンを、今から洗濯するからと剥ぎ取られそうになり閉口したものだ。
もっとも、男の服を脱がす要求がどんな結果をもたらすかを、身をもって教えられてからは、そうまで言うこともなくなったのだが。

(本質的に、聡い子だからなぁ)
エドが軍服に見せる執着は、おそらくロイ自身がまとう世界の危うさへの恐れ。
ロイに染み付いた火薬や硝煙、そして血の気配を少しでも消したいのではないかと、そう思えて。
もちろん洗ったところで全てが無かった事になる訳じゃない。
だが、そうと知りながらも洗い流さずにはいられないのだろう、きっと。
そんなエドの拘りを感じ取ったロイは、彼が滞在している間は意識して頻繁に軍服を洗うようにしていた。
もっともそれは、彼だけでなく自分のためでもあったのだが。

もちろん、清潔になりさっぱりするのは嬉しい。
だがそれだけでなく、お世辞にも上手とはいえないが、エドが洗い、干し、アイロンをかけたと思えば、それ以上に嬉しい。
翌朝、綺麗になった軍服を着込み、ベッドに横たわる少年に「行ってきます」のキスを落として出かければ、一日仕事がはかどる気すらした。
守りたい相手が、自分を守ろうとしていてくれる。
些細な出来事ひとつにそれが感じ取れ、不思議なほど心地よかった。