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せっかく、この僕が友達になってやろうと手を差し出したというのに、あいつときたらこの僕の手をはねつけたんだ。

だから多少の意地悪をしてもいいと思うんだ―――






蝋燭だけが揺れている廊下は薄暗くて、人通りがなかった。
その中をハリーは本を抱えてひとりで歩いている。

新入生の彼はあまり大柄ではなく、どちらかといえば栄養不良のやせっぽちのからだに、学校の制服は少し大きいくらいだ。
新しい環境に慣れようとしているのか、図書館から借りてきたばかりの、魔法についての初歩の本を結構たくさんの量を抱えているから、その重さで少し足元がおぼつかない。

就寝前の点呼時間も迫っていることもあって、急ぎ足の彼は、暗闇から差し出された足に見事に引っかかり、蹴つまずいて派手に転んだ。
ドサリと本が一面に広がり、ハリーは石の固い床でしたたか腰を打ち、顔をしかめた。

「ふん、かっこ悪いな、お前は」
上からの声に顔を上げると、オレンジ色のあかりに照らされて、いつもの相手が立っている。

「―――マルフォイ、また君か。まったく」
苦虫を噛みつぶしたような顔でハリーはそっぽを向く。
うんざりだった。
入学したときからずっと、子どもじみたような嫌がらせばかり、目の前にいるドラコは、ハリーに仕掛け続けていた。

今みたいに足を引っ掛けて転ばすことなんか日常茶飯事だし、冷たい水を浴びせかけられたり、靴を隠したり、ハリーの背中に落書きの紙を貼り付けたりして、することがいちいち子どもじみている。
確かにふたりともまだ11歳で、子どもといえば子どもなのだが、マルフォイのハリーに対してのイジメは、本当に執拗で単純で、どうしようもないものばかりだ。

「はぁー……」
ハリーはうつむきため息をつく。
もう怒ることもあきらめたように、反抗も口応えもせず、強く打った腰をさすりながら、ただおとなしく散らばった本をかき集めようとした。

「どうした、ポッター?ショックで声も出ないのか?」
けんか腰で高飛車な態度の彼は蝋燭のあかりを背に受けて、腕を組み偉そうに仁王立ちして相手を見下ろしている。
まるで小さくて傲慢な王様のような態度だ。

「やっぱりどこの世界にも、イジメっ子はいるんだな……」
ポツリとハリーをつぶやいた。
「―――なんだと。まるで僕が弱い者イジメをしているみたいじゃないか、失礼なっ!」
形のいい薄青い瞳を吊り上げて、怒った顔でドラコはにらみつけてくる。

「じゃあ違うっていうのかい、君は?今も僕に足を出して転ばしたじゃないか。それのどこがイジメてないと言えるんだい?」
半分何かをあきらめたような、半分相手をバカにしたような表情で、ドラコを見つめて肩をすくめた。

「―――いいかい、マルフォイ。僕のことをイジメて、いじめて、苛め抜いて、このホグワーツから追い出してやろうって魂胆ならば、先に言っておくよ。僕はここを去らない。もう僕には帰るべき場所がない。だからどんなことがあっても、ここから出て行かないからね」
緑の瞳が少しだけ挑戦的に相手をにらみ返す。

「それに君のイジメなんか軽すぎるぐらいだよ。僕はもっとひどい扱いを、あっちの世界で受けてきたんだから、こんなぐらいじゃあ、ちっとも堪えないよ。全くダメージなしだ」

ドラコは戸惑った顔のまま、あせったように、言葉をたたみかけてきた。
「……じ、…じゃあ、今度靴にヒキガエルを仕込んでおいてやる!」
「そんなこと、何度もされた」
ドラコはますますあせって、必死に食いついてくる。
「じゃ…、じゃあ、毛虫をお前の背中に入れてやる。しかもデッカイのを!」
「経験済みだよ。残念でした」
汗をダラダラながしながら、彼の中での精一杯のいじわるを思い切って宣言してみる。
「じゃあ、それじゃあ、熱いシチューを転んだふりして、君にぶっかけてやるから!」
(フン!これでどうだっ)とばかりに鼻息も荒く、ドラコが不適な顔でほくそ笑んだ。

対峙したハリーは一瞬黙り、一呼吸のあと「ふぅー、やれやれ──」とばかりに、首を横に振る。
「残念だけど、それもされた。一度だけじゃないよ。―――でもあれは火傷が出来て、皮膚が引きつったりしてかなり痛いから、あまりして欲しくないけど、したけりゃすればいいさ」
ドラコの顔がみるみる焦ったような表情になり、からだを小刻みに動かして、一生懸命続きを考えているらしい。

「―――それ以上だと、血が出ることになるぞ。お前、分かっているのか?」
あまりにも甘っちょろい考えに、逆にフンとハリーは鼻先で笑った。
「まったく、君は本当にどうしょうもないお坊ちゃん育ちだな!相手に血を出すような怪我を負わせたら、逆に怪我をさせた自分自身の立場が悪くなってしまうことも、分からないのかい?そんなのはとてもまずい方法だ」
「えっ?……ああそういえば、そうだな――」
かなり素直にドラコはハリーの意見に同調する。

ハリーはなんだかイライラとした気分になってきた。
こんなバカで単純でどうしょうないヤツとは、とうていこれからもうまくやっていけないし、ソリが合わない。
しかも相手と自分の育った環境は、天と地ほどまったくちがいすぎている。

「僕の場合は血が出る怪我は擦り傷程度で、ひどいものは一度もなかったけど、イジメは残酷だったよ。プロレスごっことか言って、いきなり相手から技をかけられて、あばらの骨を折られたこともある。あのときだって、ろくに叔母夫婦から相手にもされずに、放っておかれたさ。外からは何も変化はないし、あばら骨は自然にくっ付くからね。でも骨を折られるっていうのは、かなり痛かったよ」
そのときのことを思い出したように、ハリーは顔をしかめる。

「―――それで」
と言葉を一旦区切ると、ジロリと相手をにらみつけた。

「それで、今度君は、僕にそんなことをするつもりなの?君は僕が痛がるのが、そんなに楽しい?」
眉間にしわを寄せて、鋭く見下すようにハリーは胸の前で腕を組んだ。

「ええっ!ぼ……、僕は別にそんなひどいことなんか―――。でも…、でも、僕は―――」
その強い視線を受けてドラコはあせり、ハリーが今まで受けてきたあちらの世界のひどい折檻のことを聞いて、顔を一層こわばらせてその残酷さにブルブル震えだす。

まったく目の前にいるドラコは、肝が据わっていないくせに、なんで自分のことをこんなにも執拗にいじめてくるのか、ハリーには見当がつかない。
ドラコはハリーが今まで出合った、暴力的で意地のわるいどうしょうない、ロクデナシの連中とは、明らかにちがう。

ハリーは目の前でガタガタと震えているあまりにも相手の小者ぶりに、鼻先で笑った。
「この、根性なし。そんな程度で、この僕に近寄ってくるなっ!!」
はき捨てるような言葉はゾッとするほど冷たくて、取り付くしまがないほど強くドラコを拒絶している。

その言葉を聞いた途端にドラコは、ボタボタと大量の涙を流し始めた。
大きな瞳から涙があふれて、幾筋もほほを伝っていく。
作品名:Special 作家名:sabure