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「……ぼ、僕はそんな残酷なことをポッターにしたくないし、決してそんなことなんか、望んでもいない。痛いことをするのも、されるのもいやだし、血も見るのもいやだ。誰かが僕のせいで、怪我をするなんて、もちろんいやなんだ……」
ハリーは突然泣き出した相手に驚いたような顔になる。
「―――言っている意味が分からないんだけど?君のやっていることは、立派なイジメだし、君の行動はエスカレートする一方だ。僕は一度も反撃に出たこともなし、相手にもしていない。それなのに、なんでそんなに泣くの?まるで僕が君をいじめているようじゃないか」
戸惑ったような表情のハリーに、ドラコは泣きながら必死で何度も頷いた。
「うん、そうだ!君が僕をいじめたんだ!!この僕をいじめたから、だから仕返しをしたくて……。でっ、…でも、君の今の告白を聞いたら、僕の必死で仕返しているのに、ちっとも効果がなくて、もっとひどいことしなきゃ、君のダメージならないなんて……。僕は君の腕なんか、折りたくないよ!」
そう言いきると、派手に泣きじゃくり始めた。
「僕は別にマルフォイに、いじめて欲しいなんて頼んでないし、腕を折るなんて物騒なことを言うのは、冗談でも止めてくれよ」
「僕だってしたくない」
「だったら、やめてくれ」
「それだったら、仕返しにならない」
「いったい何の仕返しだよ、マルフォイ?!僕が君になにかものすごいことを、したみたいじゃないか。記憶にまったくないよ、そんなこと」
ドラコは泣きながらも、目の前のハリーの襟元を掴み、激しくその言葉尻に噛みついてきた。
「お前は僕を傷つけた!!忘れたのか?!あの列車の中で、僕の手を取らなかったくせに」
一瞬ハリーは何かを考えたような顔になり、少し悩んで「ああ、あれか」とやっと頷く。
「今まで君に言われるまで、すっかり忘れてた!」
途端にドラコは怒った顔でハリーを力いっぱい、ガクガクと前後に揺すり倒す。
「このバカ野郎!なんで忘れるんだ、貴様はっ!!僕はどんなにショックだったか分かるか!夜も眠れないほどのショックだったのに、お前は今まで忘れていたなんて!!僕のこのイジメの意味も分かっていなかったなんて……、どこまで僕をバカにしたら気がすむんだ。この!」
わんわん泣きながら、体裁も忘れて、ドラコはどこまでも相手に食ってかかる。
ドラコは選ばれた血筋の子弟らしく、ツンとすましていれば、とてもきれいな横顔だった。
サラサラの色の薄い金髪をきっちりとなでつけ、し立てのいい上質な素材でできた制服を着こなし、肌は滑らかで白く、指は重いものなど持ったことがないように細くて形がよくて、少し意地の悪そうな声は相手に命令しかしたことがない支配階級特有のものだった。
上質のものに囲まれ、なに不自由なく育てられたドラコにとって、ハリーからのあの拒絶は晴天の霹靂のように、生まれて初めてのことだったらしい。
『この僕のことを拒絶するなんて!』
ショックのあまりドラコの頭は真っ白になる。
甘やかされまくった彼は、心の中で地団駄を踏みまくった。
『欲しいものが手にはいらないなんて!』
わんわんとドラコは泣き続ける。
「僕は君が欲しかったのに!とても君が欲しかったのに!いったい、どうしたら僕は君を手に入れることが出来るんだ?!教えてくれよ、ポッター」
ふかふかのマシュマロのような柔らかいほほを相手の胸元に擦り付けて、ドラコは泣きじゃくり続ける。
細い肩が嗚咽にしゃっくりをあげるたびに、小さく振るえ続けていた。
怒りで上がった体温に、ふわりと相手の付けているコロンが少し甘く鼻先を掠める。
相手の背中に腕を回して、そっとその肩を抱くと、ドラコはぎゅっとハリーにすがりついてきた。
ハリーの腕の中で顔を上げて、涙の滴で潤んだ瞳でそっとささやく。
「僕のものになって、ポッター……」
泣きじゃくりながら、とんでもないセリフをドラコは告げた。
ハリーはその言葉にグッと一瞬、言葉に詰まる。
「君はその意味分かって言っているの、マルフォイ?」
こくこくとドラコは何度も頷き、顔を寄せて真剣にハリーを見つめた。
「お願いだ、僕だけのものになって、ポッター……」
まだ幼さが残るあどけない顔で、そっとささやく。
長いまつげ、大きな瞳。
上気した桃色のほほ。
あまりにも激しく泣いたから、髪の毛は乱れてぐしゃぐしゃだった。
その垂れたきれいな銀髪をそっと後ろに上へとかき上げてやると、ハリーは自分から相手に顔を寄せた。
「―――えっ?」
ドラコはハリーの顔が自分に近づいてきたことに驚き、戸惑ったように見つめ返した。
「いったい何、ポッター?」
「しぃーっ……。こういう場面じゃあ、きっとみんな黙るものだよ、――多分ね。だから君も目をとじてよ、ドラコ……」
まだ何か言いたそうな唇を、そっとハリーはふさいだ。
びくんとドラコのからだが震える。
驚きにドラコは余計に目を見開いた。
突然の出来事におののいたように、ドラコはハリーの腕から逃れようと、後ずさりしようとしたが、逆にぎゅっとハリーに強く抱きしめられてしまう。
顔を反らせて、腕を突っ張り、必死に首を振って、ドラコは相手の唇から逃れた。
チュッとそれが離れる瞬間、ハリーはひどく残念そうな顔になる。
「いったいなんで君は僕にキスなんかしてくるんだ?――突然に、しかも唇に?」
真っ赤な顔でドラコは尋ねてきた。
その染まったほほがあまりにもおいしそうで、ハリーは舌でぺろりとそこをなめた。
「―――やっ…!」
ドラコはほほにハリーの舌を感じて、かぶりを振って顔を両手で覆った。
その恥ずかしそうな仕草ひとつひとつがハリーには、とてもかわいく見えて仕方がない。
「だって、君のものになるって、こういう意味じゃないの?」
緑の瞳を少し意地悪そうに輝かせて、ハリーは下から覗き込むように相手を見つめる。
ドラコは慌てて首を振った。
「ええっ?ちがうぞ、ポッター!僕はそんなつもりで言ったんじゃないんだ。誤解だ」
「じゃあどんな意味なの?」
「どんなって……。僕はただ君といっしょにいてほしかっただけなんだ。ただ、それだけでいいんだ」
ポツリとドラコは言う。
「それ以上なんか望まないよ。僕といっしょにいたいだけなんだ」
照れたように、ドラコはうつむいたままで告げた。
「僕は君を最初見たときから、友達になりたかっただけなんだ。君といっしょにいると、きっとなんだかとても、楽しいだろうなと思ったから……、だから僕は―――」
ドラコの顔がくしゅりとゆがむ。
「ごめん、ポッター……。君は本当はとてもいいやつだから、僕の望みを叶えてくれようと、キスまでしてきて……。そういうのは、自分が好きになった相手にしろ。僕なんかじゃなくてさ……」
肩を落として、ドラコはつぶやく。
ハリーは嬉しそうに目尻を下げて笑った。
「だったら、それなら、やっぱり僕にはドラコがいいな」
彼の腕の中で抱きしめられたままでいたドラコはまたびっくりした顔で相手をみる。
「僕は男だぞ。分かっているのか、ハリー?」
「別にいいや、君が男なんて、そんな小さなことは」
「いや、これは根本的な問題で、とても重要なことだ」