解、そして、答
肌を見せぬよう身体を覆い尽くすのは、全身に忍ばせた道具や刃物を敵の目から隠すため。
いつ、どこを封じられても、相手の息の根を止められるところに相応の武器を持たなければならない。全てを万全の状態で備えていなければならない。必要に応じて、それは自分自身に行使しなければならない。
それは教えだった。
「こんなに隠していたとは知らなかった、さぞ重かったろう」
かつての頃と比較して格段に少なくなったそれらを、官服を脱がせる過程で一つずつ取り除きながら、シンドバッドは言った。「これだけ持てるなら俺の金属器もこれからおまえが持っ」「馬鹿言わんで下さい職務怠慢ですか」ジャーファルはすかさず被せる。
諌められた腹いせのように、脱がせた官服と武器刃物もろもろをシンドバッドは取り上げ、ジャーファルが後に引けぬようにするためか、もろとも王宮へ届けさせてしまった。
「それとそれとそれの中で、気に入ったのを着て出てこい」
指示して試着室のカーテンを閉めてしまう。
自分の為に衣服を選んだことがないジャーファルには、シンドバッドが選んだものの良し悪しなど、ろくに分からなかった。どうせなら、一つだけ渡してくれたほうがまだ良い。シンドバッドの思惑と違うものを自分が選んでしまったらどうしよう、などと、うら若き少女のようなことを考えてしまう自分が憎らしい。
ジャーファルが私服を持っていないことが発覚するや否や、シンドバッドは突然「今日は俺はオフにする」と、叫んだ。それが数時間前のこと。
何言ってんですかと諫めようとしたジャーファルに、シンドバッドは人差し指を突き立てて、「おまえも今日はオフだから」言い放つ。えっ、これは命令なのか、とオロオロするまま掴まえられて街へ連れ出され、シンドバッドの見立てで私服を新調することになった。
勢い、成り行き。
今に至る。
「あまり、じろじろ見ないで下さいよ」
ふうむ、と、シンドバッドはジャーファルの上から下までを眺める。視線が、いつもより露出の多い肌の上を撫でている。恥ずかしくて俯きがちになると、「下を向くなよ、せっかく可愛いんだ」と顎をぐいっと指で押し上げられてしまった。
「とても似合うが、もっと似合うものがあるかもな。次の店へ行こうか」
「えっ、じゃあ今着ているこれは」
「おまえがモタモタ着替えている間に会計は済ませてしまったよ」
シンドバッドは待っている間に露店で買ったと思われる棒状の揚げ菓子を、「半分おまえにやろう」と、にこにこしながら真ん中でちぎり、紙でくるまった方をジャーファルに渡した。
振り回されているなぁ、と思いつつ、ジャーファルはもらったそれに歯を立てた。油でこんがりと揚がった生地に、砂糖がまぶしてある。
「おいしい。このような食べ物は知りません。あなたはいつもこうしてサボってらっしゃるのですね」
「これはおまえが新設した交易ルートの賜物じゃないか、知らなかったのか。もっと食べときなさい」
自分はシンドリア産パイナップルの輸出ルートを作ったつもりだったのだが、と、ジャーファルは首を傾げた。しかし、新しい道ができれば新しいものが入るなぁ、とシンドバッドが上機嫌だったので、まあいいかという気分になりジャーファルは小さく息をついてから、それ以上言うのをやめにしておいた。
「やっぱりスースーします」
むう、とジャーファルは顔を顰め、服の裾を持ち上げる。
「可愛いじゃないか、歳相応で」
「可愛いってねえ、あんた……それにこの格好では紐を隠しきれない。どんなときもあなたを守っていたいのに」
おや、そういえば、武器は? バララーク・セイは? ジャーファルははっとした。心を読んだかのようにタイミングよく、「王宮だよ」と、シンドバッドは訊いてもいないのに答える。
「俺が守ってやるって」
「それが不安だから焦ってんでしょう」
ジャーファルの脊髄反射的切り返しに、ひどいなー、とシンドバッドはへらへらしながら眉を下げた。
「しかしよくもまあ、あんな昔の服をとっておいたものだね」
次はどの店に入ろうか、とうろうろと物色しながら、「というか、何でもかんでも捨ててしまうおまえが、あれを未だに持っていた、というのが驚きだよ」シンドバッドは感嘆混じりでつぶやく。
「私は、物心つく前から暗殺者としての教育を受けてきましたからね。身を置く場が変わったとて、染み着いたそれをぬぐい去ることは難しい。私が不要な持ち物を片っ端から捨ててしまうのも、その名残なのです」
敵に手がかりを与えぬよう、殺されたり、自害したときに雇い主にたどり着かれぬよう。それは自らの身ではなく、信用を守るための習慣だった。自分を殺すすべを命がけで拾得してきたと言って言い過ぎではない。
「でも、あなたに与えられたものなら、私は捨てずにいることができます」
誰かに何かを貰ったことなどなかった。
一番最初に貰ったのは、温かい手のひら。ほかほかの食事と安心して眠れる幾ばくの夜。
当初、世間的には単なるダンジョン攻略者でしかなかったシンドバッドという男は、しかし、ジャーファルにとっては既に全てを与えうる存在だった。
彼は小さな手を引いて、世界の全てを見ようと言ってくれた。彼と同じものを見た。彼と同じ感動を得たいと思った。
与えられる全てのものが、砂漠の夜に突如として現れる流星群のように、きれいだった。それは生きるということだった。
あなたが下さるものは、
私にとって何もかもが宝なのです。
ずっと持っていたいのです。
あなたは私のこんな心中など知りもしないでしょうけど。ジャーファルは思っていた。十余年共に過ごして得た解。これは言わないでおこうと思う。
そうあるべきだと思っていた。王と自分、その関係性は、以上でも以下でもあるべきはない。
それが脅かされるときは、隠し持った武器で必ず、自分の存在を消してしまおう。
解、そして、