SLAMDUNK 7×14 作品
あしあと-連載3-
あのロンゲはやばかった。
『不良=短ラン+ロンゲ』というアンタの頭の方程式もヤバイけど。
なのにアンタときたら。
妙にサラサラな髪だったりするもんだから、全然似合ってないのに、悪くないなんて思ってしまう。
暗く沈んだ瞳が、髪の間から覗いて、ゾクッとするような何かがあった。
今のアンタとは大違い。
ほんとのアンタは、こんなにも熱くて、そんでもってバカだ。
あ、バカは前から変わらないか。
そのお姫様体質も一緒だし。
不良時代に培ったメンチ切り、なんて。
めんどくさいコトしたくない時に、よくそれで逃げようとしてるけど。
正直、全然びびったりしないんだよね。
シオやカクたちはまだ慣れてないみたいだけど、少なくとも花道や流川、ダンナに小暮さん、アヤちゃんも。
全く怖がったりなんかしてないよ。
もう自分でも気づいてるでしょ。
ハイハイって肩をすくめるオレの仕草に、それをバカにした意味が込められてるの。
―――マジなところさ、アンタのこと嫌いなんだよね。
アヤちゃんに、三井先輩と仲良くしてね、と言われ、仕方ないからオレから歩み寄ってやった。
オレの女神様がそう言うんだもん。やるっきゃないっしょ。
だから、イライラと募る気持ちを抑えて、得意のポーカーフェイスで話しかける。
一緒に柔軟やりましょうか、とか。三井先輩のシュートってすごいですね、とか。
小さなことからコツコツと。
全部はアヤちゃんのためだ、と自分を律して。
おだてられたり、構われたり、ちやほやされるの好きでしょ?
三井先輩、という呼び方をアンタは嫌がった。
他の部員には何も言わないくせに、オレに『先輩』と言われるのはキモチワルイときたもんだ。
このわがままで甘やかされ放題のお坊ちゃんめ。
だから、『三井さん』と呼ぶことにした。
みついさん、三井さん、三井サン。
オレの気持ちの変化と共に、微妙にそのニュアンスが変わっていった。
コートの中でパスを出す。
いて欲しいと思うところに、当然のようにいて、パシッときれいにアンタの手に収まる。
思わず見とれるほどのシュートフォーム。
弧を描いたボールは、リングの真ん中を通り抜ける。
その、圧倒的なまでの存在感。
気づいちまったんだよ。
あんたと全国制覇する夢を見てる自分に。
あんたとずっとバスケをしたいと思っている自分に。
屋上で、オレたちは思った。今からがスタートだ、と。
あの時見た空が、広島の、そのずっと向こうまで続いているんなら、アンタと一緒に見ないと意味が無い。
オレのパスでシュートを決めるアンタは、最高だから。
お昼休みになるとオレは屋上へと向かう。三井サンがいるからだ。
特に約束なんてしたわけじゃないけど、妙な居心地のよさから、ここに来てしまう。
オレが行くと三井サンはすでに来ていて、あの貯水塔の影に陣取っている事が多い。
その隣に座って、バスケの話をしたり、昨日見たテレビの話をしたり。
三井サンと仲良くなって、アヤちゃんを安心させよう!
そのためだけにしては自分でもおかしいと思うくらい、三井サンと一緒にいる。
この人のどこがそんなに良いのかと考えてみたりしたけど、はっきりしたことは思い浮かばなかった。
憎めない人だとは思うんだけど。
もう少ししたら、違うアンタが見えてくるのかな?
もっとアンタに近づけたなら…。
そこまで考えて、マズイマズイと引き返す。
この思考は危険だ。このまま考え続けていたら、なんだかとんでもない方向に行ってしまいそうな気がする。
オレは自分の勘を信じてるから、三井サンに関しては極力考えないようにしようと決めた。
屋上の扉を開けて、貯水塔へと向かう。
入口から見えないこの場所は、オレのお気に入りだった。
背を向けて座っている三井サンを驚かせてやろうと忍び足でそっと近づいていった、そのとき。
「宮城?」
オレが声をかけるより早く振り向いたアンタに、出鼻をくじかれる形になった。
「よく分かりましたね」
悔しさを感じつつ三井サンの横に腰をおろす。
「なんとなく。宮城がいる気配がした」
アンタは霊能力者か、と突っ込むと、「オマエに関してはそうなのかも」なんて普通に言うもんだから。
ほんと勘弁。アンタが人を惹きつける理由、なんとなくだけど分かってきている。
この人の無意識は恐ろしい。
「今日、部活ないんだって」
そう言う三井サンの横顔を、コーヒー牛乳のパックにストローを通しながらちらりと見やる。
「知ってる。ヤスから聞いたから」
「ま、つーことだから宮城さ。今日は俺様に付き合え」
何がどういうことなのか。付き合えってアンタ、オレの予定は興味ないわけ?
「良いですけど」
って、承諾してどうすんだ、オレ! だいたい、三井サンと二人で遊びに行くなんてありえない!!
とたんに、満足そうな顔をする三井サン。
このまま、さ。
もっとアンタを知ったら、どうなるんだろう…?
結局、スポーツ用品店に寄ることになった。
駅前の繁華街の中にある、湘北生御用達の店だ。
一緒に帰ろう、と声をかけてきたヤスを断って、オレはいそいそと鞄を手に取った。
教科書も何も入っていないから、当然軽い。
ついでに、オレの心もなぜか軽い。
「リョータ、今日の部活は休みよ」
立ち上がったオレに、アヤちゃんが声をかけてくれた。幸せ…。
「知ってるよ、アヤちゃん♪」
ニコニコと答えると、そう? と聞き返してきた。
「すごく楽しそうだったから、バスケしに行くのかと思って」
楽しそう? オレが??
「デート?」
「まさか! ちょっと買い物に付き合うだけだよ」
だれの、とアヤちゃんが聞くから。三井サン、と戸惑いながら答えた。結構大げさに驚いた顔をしたアヤちゃんだけど。
「仲良くなったのね」
と笑った。その笑顔がオレの喜び。いつでも笑っていて欲しいから。
「じゃあね」
去っていくアヤちゃんを見送って、オレも教室を後にした。
足取りだけは軽くならないように気をつけて。
その日の帰り道、スポーツバッグを背負った中学生の集団と電車で乗り合わせた。
聞いていた感じだと、卒業した3年生が、部活の様子を見に学校へ寄った後らしかった。
今日は本当にありがとうございました、なんて会話がほほえましい。
オレにも中学時代があったな、なんて当たり前のことを考えていた。
「部長って、本当に大変な役割なんですね。先輩がどれだけすごい存在だったのか、改めて実感してます」
笑いながらそういう新・部長に対して、旧・部長(?)はこう言った。
「部長って言えばさ。お前たちは会ったことないから知らないだろうけど、伝説の人がふたつ上に居たんだよ」
「ふたつってことは、今は高三ですか?」
「そうなるな。俺の中の部長像って言うか、バスケットプレーヤーとしての目標みたいなのは、今でも変わらずその人なんだ」
その言葉に中学生たちは目を輝かせた。どんな人なんですか、としきりに聞いている。相手は言った。
誰にでも公平で、優しくて。力強いリーダーシップで、県大会優勝にまで導いた。
作品名:SLAMDUNK 7×14 作品 作家名:鎖霧