陰陽師
「ほら、ここが入り口だよって・・・あぁ、お迎えがいるねぇ」
「え?」
青年の言葉に帝人は俯かせていた顔を上げ、森の出口を見る。
するとそこには顔を強ばらせた静雄が立っていた。
「静雄さん!」
きっと静雄のことなのだろう。起きて帝人がいなかったため、
帝人の臭いをたどりにここにたどり着いたに違いない。
帝人は慌てて青年の後ろから静雄の方へと走り出そうとした。
けれど、青年が帝人の手を離さない。
え、と思いながら青年の方を向くと、青年は帝人へと笑みをおくり、
そのままのんびり静雄の所へと歩いていった。
「こんばんは、わんちゃん」
青年の言葉に静雄の秀麗な眉が寄せられる。
あからさまな挑発に、帝人は再度驚いて青年を見つめた。
「お前誰だ・・・?」
今にも切れそうな静雄の気配を帝人は感じ取り、慌ててあいている手の方で静雄の衣を掴む。
「ちょっ!静雄さん落ち着いて!この人は黒龍です!この森に古くからいる龍神ですよ!」
暗に言葉遣いに気をつけなさい、と伝えたつもりだったのだが、
今の静雄に帝人の意をくみ取ることができるはずもなく、更に漆黒の青年を睨み付ける。
「うさんくせぇ・・・すっげぇ胡散臭ぇ・・・いいからとっとと帝人を離せよ」
静雄の態度に帝人の肝は冷え、ちらりと青年の方を盗み見た。
青年の方がどこ吹く風。さわやかな笑みを浮かべている。
(でも・・・あれ・・・?なんだか・・・ちょっと・・・怖い・・・)
いつも帝人に向けてくれるあの優しい笑みではない。
この人のこんな態度をどこかで見た記憶があった。
そう、あれは帝人がこの森に迷い込み妖怪に襲われそうになったとき。
その時の妖怪を問答無用で消し去ったときと雰囲気が酷似している。
帝人の額から脂汗が、望んでもいないのにあふれ出てきた。
「胡散臭いって酷いねぇ。何様だいお前」
「お前じゃない!俺には帝人からもらった静雄って言う名前がちゃんとある!」
「帝人帝人って・・・覚え立ての子供みたい。あぁ、物覚え悪いだけなのかな?」
「んだと!?」
「いい加減にやめて下さい!」
一触即発の険悪な雰囲気にとうとう帝人は声を張り上げた。
途端にだまる2人。
そしてそんな2人から感じる視線に晒されながら帝人は己より背が高い男達を睨み付けた。
「僕よりも長く生きているはずの2人が底能なことで争わないで!
それに・・・2人とも僕にとって大切な存在なんですから・・・。
お願いだから仲良くして下さいよ」
言っている帝人本人もだんだんと恥ずかしくなり、最後の方は尻つぼみになる。
そんな帝人の言葉にいち早く動いたのは漆黒の青年だった。
「ごめんね帝人くん。まさか君を悲しませるとは思っていなかったんだ。
ごめん。だから許して?ね?」
青年の言葉に静雄ははっ、と身体を揺らし俺も!と声を上げた。
「俺もすまねぇ!帝人がこんな奴を大事に思っているとは思わなかったんだ!
ほんっとすまねぇ!」
「ねぇ、どうして君って一言多いのかな?」
「あぁ?てめぇには関係ねぇだろ」
「はぁ。だから頭がスッカラカンなのは嫌なんだ」
「あぁ!?」
「いい加減になさい!」
また不穏な空気を漂わせ始めた2人の間に帝人は身体を滑りこませる。
「2人とも僕がさっき言った言葉忘れましたか!?」
帝人の鬼気迫る顔に静雄と青年はまだだまると、お互いが顔を背けた。
「「2人仲良く・・・」」
見事にハモった台詞に、静雄と青年は苦虫を噛み潰したような顔をする。
帝人はその場で軽いめまいを感じる。この2人の犬猿っぷりに呆れるしかなかった。
「・・・本当に仲悪いんですね・・・」
帝人は肩をがっくしと落としながら初対面のはずなのに、と心の中で呟く。
「そうだねー。今ものすごくこの莫迦犬の死を願った程には嫌いだよ」
「気が合うなぁ!俺もお前がこの世から消えて無くなれば良いと思ったぜ」
「はぁ?君となんて気が合いたくもない。
それに俺の名前はお前じゃなくて、臨也だ莫迦犬」
「莫迦犬じゃねぇ!俺にだって名前があるんだよ!」
初めて青年お名前を聞いた感激が今の帝人にあるわけもなく、
そろそろ本当に危なくなってきた2人と止めようとする。
なにせ黒龍と犬神。
玉帝に仕える神属と言われる神と、地を治める役割をもつと言われる神。
その力の大きさなど計り知れない。
ここで力をふるわれては、陰陽師達に気がつかれることは必須。
もし気がつかれれば帝人は都から追い出され、路頭に迷うことになる。
先ほどまでは臨也のためになら、と思ってはいたが、
流石にこの2人の低俗な口論の末に追い出されては敵わない。
なので、必死になって声を上げる帝人だった。
「静かにしなさぁぁぁい!」