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陰陽師

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幼い頃に一度だけ入った森、黒翔森。
あれ以来、兄弟子や師匠達から出入りを禁止されてしまっていた。
帝人はたとえ禁忌を犯してでも、どうしてももう一度会いたい存在がいた。
はやる心をそのままに、息を荒くしながら森の入り口に立ち止まる。
流れてくる妖気に帝人は幼い頃の記憶が、恐怖が呼び起こされたが、それでも、と脚を踏ん張らせた。

「大丈夫・・・いまの僕ならいけるはずっ・・・!」

帝人は意を決して、夜の黒翔森へと脚を向けた。
森に入ってみると更に濃くなった妖気に、吐き気を覚える。
帝人は袂で口元を覆いながら、幼い日の記憶を頼りに、森の中にあった泉へと向かった。

(帰り道は・・・たしか・・・そうそう・・・ここを通ったはず・・・)

行きは死ぬ思いで必死にかけずり回っていたため、
あまりどこを走ったのかは覚えていなかったが、
帰り道はあの人と一緒だったため若干覚えている。

(あっ!あそこ・・・!)

しばらく歩いていると、森の先に開けた入り口のような箇所を見つけた。
帝人は木の根っこに足を取られないよう、走り出す。
そして、草と枝をかき分けて、その場所に帝人は脚を踏み入れた。

「つ、ついたぁ・・・」

ぜぇはぁ、と息を荒くしながら帝人は胸がドクドクと、
走ってきただけではない鼓動の早さに苦笑する。
目の前には大きな泉。静かすぎるほど、静寂に守られている泉。
そして不思議なことに、この場所からは妖気が全く感じられなかった。

「やっぱりここって神聖な場所なんだなぁ・・・」

改めてこの泉が彼の人が大切にしている場所かを実感する。

「そうでもないよ。ただここが静かで、居心地が良かっただけ」

そんな帝人の独り言に、記憶と寸分違わぬ間延びした声が返事をした。
帝人は勢いよくその声のした方に顔を、身体を向けた。
帝人の瑠璃色の瞳が、漆黒の姿を映し出す。

「やぁ、こんばんは帝人くん。どうして君がここにいるのかな?」

漆黒の青年はあの日と変わらない姿で、変わらない笑顔を浮かべながら帝人の方へと歩いてきた。
幼いときにも思ったが、今でも彼は帝人より背が高い。
少し見上げる形を取りながら、帝人はかすれる声で言葉を紡ぐ。

「あ、貴方の姿が見えたから・・・」

「俺の?」

青年の問いかけに、帝人は首を縦に振る。
へぇ、と囁いた青年はにこりと笑うと、帝人の手を引いてどこかへ向かった。

「あ、あの・・・」

「俺の姿を見たって、もしかしなくとも龍の姿、だよね?」

「・・・はい」

やはり見てはいけないものだったのか、と帝人は沈みそうになる。
必然的に顔を俯かせていくと、青年が止まったことに気がつかず、
その背中に頭をぶつけてしまった。

「おっと」

「っ!ごめんなさい!」

「あぁ、いいのいいの。俺が勝手に止まったのがわるいし。
ねぇ帝人くん。今やっぱり見ちゃいけないものだったんだって思った?」

青年の問いかけに、帝人は息を詰めた。そんな帝人に青年は苦笑を漏らした。
そして、幼いときと同様に青年は帝人の頭を一撫でする。

「違うよ。そういうわけじゃない。あの龍の姿を見られる人間は滅多に、早々いない。
一応、龍は神だからね。どんなに修行を積んだ者でも見ることが叶わないはずなんだ」

青年の言葉に帝人は数度瞬きを繰り返す。

「俺の正体を知って、それでも俺に会いに来てくれたんだろう?」

「っ!」

「嬉しいかった。ありがとう帝人」

青年の笑みに帝人は自分の顔がきっと真っ赤に熟れているであろうと思った。
今度は違う意味で帝人は顔を伏せてしまう。
そんな帝人の態度に気分を害するわけでもなく、
青年はまた帝人の腕を引いてどこかへ向かった。

「でもね、やっぱりこの森、夜は危ないから出口までおくってあげる」

「す、すみません・・・」

やはりこの青年が向かっている先は森の出口なのか、と帝人はとても申し訳ない気持ちになる。
子供の頃は抱きかかえてもらったが、流石に今の帝人を抱きかかえられるわけがない。

(ずっとこのまま・・・出口なんて見えなければ・・・)

繋がれた手を嬉しく思いながら、出口に着かなければいいと考えている自分に帝人は驚く。

(っ!今僕何を・・・!)

どうしてそんな事を思ったのか分からない。
初めての感覚に帝人は青年の後ろで1人あたふたと焦ったり恥ずかしがったりと、
百面相をしていた。


作品名:陰陽師 作家名:霜月(しー)