2人の距離
「きみがそうやって、1人で何もかも抱え込んで1人で解決してしまうのは、癖なのか? それともわざと?」
正直、寂しく思う。
何度言っても頼ってくれないから。
他人にはあれほど親身に尽くすのに、何故己の事になると蔑にするのか解からない。
訴えるとタリズマンは意外そうな顔をした。
「そんなつもりはない」
「でも僕はそう感じる」
「そう、なのか?」
「きみはもう少し、他人の感情に気付くべきだよ」
それは己に向けられている好意に対して、だけどね。とシャムロックは続けた。
「本当に骨が折れるな、きみは」
「・・・何が?」
「鈍感すぎて困る」
何が。
タリズマンは本当に戸惑ったようにシャムロックを見ていた。見ろ、あの眉間の皺。本気だぞこれは、とシャムロックは頭痛すら覚えた。
「わかった。これからはちゃんと言葉で伝える」
「え? あ、ああ、」
「いいかい? 僕はきみが好きだ。大切だと思ってるよ」
その瞬間タリズマンは凍りついた。文字通り。
「いや、変な意味じゃない」
「当たり前だ」
「話の腰を折らないでくれ。僕は真剣なのに」
「・・・すまない」
コホン、と咳払いをしてシャムロックは続けた。
「きみがそうして傷ついているのを見ていると僕も辛い。きみが僕を支えてくれたように、僕もきみを支えたいんだ」
「俺は大丈夫」
「大丈夫じゃないからそんな顔してるんだろう? 頼むから隠さないでくれ」
「散々泣いたんだ。もう涙は出ない」
「1人で、だろう」
辛い時に1人でいるのは止めろ。
家族を失ったと知り苦しんでいた時、シャムロックにそう言って励まし続けたのは他でもないタリズマンだった。
その彼が、何故こんな真似を?
「頼り方を知らないって言うなら、僕が教えてあげるよ。散々きみに頼った実績がある」
ほら、良い見本が目の前にいるじゃないか。
真似してご覧。
手を広げてジェスチャーすると、きょとんとした顔になったタリズマンはまた吹き出して笑った。
「ハハ、本当にお前ってやつは。・・・シャムロックの家族が羨ましい。幸せだったんだろうな」
こういう言葉を言えるのもきっとタリズマンだけだろう。
他の連中なら遠慮して言えやしない。
「ああ、そうだ。・・・だが今はきみがいる」
僕は“独り”じゃない。
きみもそう思ってくれると嬉しいんだが。
そう呟くと、タリズマンは急に不愉快そうに頬杖をついた。
「・・・俺を見捨てて先に死のうとした癖に」
全てを諦めてしまおうとした癖に。
シャンデリア攻略の際、シャムロックが取った行動に全員が悲鳴を上げた。彼がもたらした情報が勝利へと導いたことに間違いはない。けれど、あれは正に玉砕行為だったのだ。
今もその事を言われると耳が痛い。
あの時は確かに全てを諦めようとしていた。だがベイルアウトの決断をさせたのは他ならぬタリズマンの声だったのだ。
「まさか・・・それをずっと怒ってたの?」
密やかに空けるタリズマンの“距離”。
まさかと思う。
その根本的原因はこれなのか、と。
タリズマンな何か言おうとしたようだったが、再び口を閉ざしてしまう。溜息を突きながら。
「シャムロックはやっと、信頼できると思った人間だった。だから失いたくなかった。もっと一緒に飛びたいと思った、から」
「だからあんなに励ましてくれたんだ」
「何嬉しそうに言ってる? 俺は怒ってるんだ」
「嬉しいね。やっと本心を話してくれた」
「見捨てられて喜ぶとでも?」
「見捨ててない」
僕はちゃんと帰ってきたじゃないか、きみの元へ。
「やっとわかったよ。何で最後の最後で近づけないのか。どうしてきみが距離をあけたがるのか」
「・・・わかってないと思うぞ」
「うん? そうかい? まだ何か?」
「ああ、もうわかった」
わかっただのわかってないだのと、訳の解からない会話をタリズマンは早々に打ち切ってしまった。
「大事な話をしているのに何で切るんだ」
「シャムロックが大切に思ってくれているってことは、わかった」
何せ“帰ってきた”ぐらいだしな。
それは受け入れる。
そう言って笑うタリズマンに、シャムロックは釈然としなかった。また何かを隠されてしまったようだと気付いて。
今まで彼とは色んな話をしてきた。
こうして彼の家に来た事も他の同僚たちでさえなかったことだろう。
タリズマンの内面も知った今も、まだ彼が隠すものは何だろうか?
「・・・僕も中々・・・踏み込みすぎるんだろうな」
これ程気になって仕方がない相手が見つかるなんて、思いもしなかったけれど。
「そうだな。どうしたらいいのか解からなくなる」
意外にもそこに相槌を打たれてしまった。
「どうして?」
「ほらこれだ」
「なんだい?」
「教えない」
これだけは。
「そんな風に言われると気になるな」
「俺も複雑な気分だ。本当に」
一体何の話をしているのか解からなかったが、タリズマンの雰囲気が随分と柔らかくなり楽しそうに笑う姿に、いつぞや感じた妙な感覚をシャムロックは思い出していた。
彼が笑うと嬉しい。
だがそれは共に勝利の喜びに沸いたような、あの感覚ともまた違う。強いて言うなら亡くなった妻に抱いていたような、そんな―――――馬鹿な事がある筈もないのに。
「今日はもう遅い。泊っていけばいい」
食事を終えて立ち上がったタリズマンに「そうだね、今夜は言葉に甘えるよ」と返事をしてシャムロックは先程の感情を初めて意識するようになった。
「・・・全く、どうかしてるよ」
アバランチに“今日はあいつが大事にしていた誕生日さ”と言われただけで、勝手に思い込んで、家を飛び出して、彼の自宅に押し掛けて、静かに過ごしていたタリズマンの邪魔をする羽目になった。
けれどいてもたってもいられず、傍にいたいと思ったのだ。彼の傍に。
空で感じていたそれとは違う。ガルーダ隊2番機であるという誇りだけじゃない。
そんなことを考えていると、不意に台所で食器を洗っていたタリズマンが声をかけてきた。
「シャワーならあっちの奥に。ああ、着替え・・・俺のしかない」
「ああ、いいよ。そこまで。一晩邪魔するだけだから」
その後ワンクッション置いてから「そうだったな」とタリズマンは返事をした。
ほんの僅かな言葉の揺らぎにシャムロックが気付く頃には、タリズマンはいつもの笑みを浮かべて「客間があるからそっちで休んでくれ、“お客さん”」と冗談めかして答えていた。
この距離。
2人の距離感。
まだ掴みきれずに、シャムロックは小さく息を吐いた。