二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

コーヒーブレイク

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 





          コーヒーブレイク






腕時計を見ると、それが始まってから10分は経っていた。
横倒しになった自動販売機からこぼれた缶コーヒーを拾い上げる。
吐き出されたのは1本だけだったので、倒れた衝撃ではなく、誰かの取りこぼしかもしれない。一応小銭を入れて、後払い。
ギャラリーはもう少し遠巻きだった。プルトップを開けながら歩道へ戻り、人の垣根よりも後ろへと下がる。斜めから来る日差しに手をかざして、涼しそうなビルとビルの谷間へと潜る。
まだかな、と呟く。今日の仕事はあらかた終わっているから、特に急いではいないけれど。
視線の先、人の形をしたしなやかな獣が、憤怒の形相で立ち回りをしている。
相手は新宿の情報屋で、こちらも器用に攻撃を避けて、時々手の中の光るものを振りかざしている。刃先の短いナイフだろうけれど、よほど動体視力がよくないと見えないだろう。
二人の殺し合いは、池袋では日常的なことだった。
日陰でコーヒーを傾けて、不要な甘味料が付随していたのに顔をしかめる。

と、控えめに名前を呼ばれた。
「田中さん」
暑いのに黒いスーツを着た男が近くに立っていて、路地を抜けた向こう、路肩に寄せた車を右手で指した。
「あちらへ」
変色フィルムで目隠しされた窓が下がり、遠目にも特徴のある顔の男が覗いた。
鼻白んで、不味いコーヒーを下品な音を立てて啜る。
声をかけた男、おそらく運転手は、困ったようにもう一度「田中さん」と呼ぶ。
ここよりは涼しいだろうしな、と言い訳を立ててみる。
ちらりと喧噪の中心に目をやる。
部下の姿は視界に捉え切れず、代わりにマンホールの蓋が円盤投げのようにびゅんと飛んで、消火栓の標識に食い込んだのを見る。
ああ、開いた穴に誰か、落ちなきゃいいけど。
もう一度促され、車へと向かう。

厭味ったらしい黒いリムジンベンツは、個人の所有物ではないだろう。そもそも、後部座席に座ったままこちらを呼び付けた男の趣味ではない。
「いらっしゃい」
「どうも」
にこにこと、好々爺のように相好を崩して、赤林が手招く。
広い車内に、ワインクーラーがあるのを見て、口笛を吹く。
「飲むかい?」
「いちお、まだ勤務時間内なんで」
「公務員みたいなこと言うね」
「コーヒー無いですか、ブラック」
「手に持ってるのは?」
「不味いんです」
気付けば、短い案内をした男は運転席に収まっていた。
「ただで貰っておいて、贅沢だね」
「払いましたよ、ちゃんと」
まあ、誰かにネコババされそうではあるが。
どうせ自販機もあとで補償しなければならないだろう、静雄の給料から。
「うーん、残念ながら、酒しかないね。あとオレンジジュース」
「何か、用ありましたか」
「別に?通りかかったら喧嘩してるの見えたから、じゃあトムが近くにいるかなぁ、と」
「何で今日は、こんなリムジンで?」
「うちの社長一家を空港まで送った帰り。ヤクザっぽいからお嬢は嫌がるんだけどね。防弾とスモーク入ってて人数乗れる車が今これしかないとかで」
「実際ヤクザでしょうが」
民間人は普通、防弾もスモークも必要としない。
赤林は気分を害した風もなく、笑っている。
座席は向かい合って座れるような配置になっていて、当然赤林と対面する方へと座ったが、何故かこのオヤジは横へ座って詰めてくる。エアコンが効いているから、暑くはないけれど。せっかくのゆったりくつろぎサイズを、どうして活用しない。
「密室で、二人っきりだね」
そして気持ち悪いことをにたぁっと笑って言う。
「運転手がいますよ」
「あ、この人紳士で優秀だから。表向き担当だから」
何がだからなのか。
「赤林さん、借り物のリムジンで何やらかすつもりですか」
「え?トムとスキンシップしたいだけだよ?」
「俺はしたくないです気持ち悪い」
「つれないなぁ。待ちぼうけ食らって寂しそうにしてたから誘ってあげたのに」
「俺はつかの間避暑を求めただけです。あ、もう喧嘩終わったっぽいし」
窓の外、路地を抜けた通り一本向こうでギャラリーが散り散りになっているのが見えた。
防音の行き届いた車内で、もとより喧噪は聞こえなかったが、静雄が我に返るのも時間の問題だろう。どうせ、今日も無事に逃げられました、だ。
「いくらでも涼んでいってくれて構わないよ。平和島の坊やにも、待ちぼうけを味あわせてやればいいさ」
「ちょ、体重かけないで下さい、重いし気持ち悪い」
「キモチワルイて2回目。傷つくなぁ」

作品名:コーヒーブレイク 作家名:かなや