太陽の唄
突然避難民の集団に囲まれて、気づいたら自分に抱えられていたという。それでも、多少のことは記憶にあるらしかった。ザフトに突き出す、と言われたことも。
本当は、と少年は続けた。
「…僕が、ザフトに行って、それでこの船が助かるならその方がいいって…思ったのも事実です。」
そう言って曖昧に微笑む。
それなら、彼のしてきたことは何だったのだろう。強制的に前線に押し出され、慣れない宇宙空間での戦闘を繰り返し、ただ、この船と、そこにいる人たちを守るために戦ってきたこと。何度も傷ついて、それでも立ち上がっていったこと。
それでも、と言った少年は、俯いたまま肩を震わせる。
「…こんなに、怖かったって、体が言ってるんです…」
泣きそうなのに、必死にそれを堪えている。その、華奢にも見える体を毛布ごと軽く抱き締めた。
「…言いたいことは言えって、言ってるだろ。怖かったなんて、当たり前だ。…あんなもの、押し付けられたら誰だって怖いさ。それに…俺が、お前をザフトになんかやらない。絶対だ。」
肩を抱く手に力を込める。
俺が、守るから。
そう、決めた。自分のすべてを犠牲にしても、この子だけは守ってやろうと。
味方の少ないこの船で、たった一人で耐えていた。精一杯強がって、悩んで、泣いて。その姿に惹かれたから。
「…大尉が、そんなこと言っていいんですか…?」
震える声でそう問われて、大丈夫さ、と軽く答えた。
「俺は悪運が強いから。それに、ストライクが落ちるってんなら、俺のほうが先に落とされてるって。」
微かに、笑ったような声が聞こえた。
「…じゃあ、頼りにしてます、よ。」
ようやく上げた顔は、いつもと同じように微笑んでいた。
守るさ。
そう呟いて、笑みを返す。
本当に抱きしめてもいい日まで。
自分を必要としてくれるまで。
まっすぐに、自分を見てくれるまで。
今はまだ、見守っていようと思う。
「今日からここが、おまえの部屋になったからな。」
そうして大まかにいきさつを聞いた。艦長に直談判した挙句、勝手に生活用品一式を持ち出してきたと聞いて少し呆れた。
隣にいるから、といって立ち上がる。
「…何かあったら、遠慮なく呼べよ。」
疲労で瞼の重くなったキラをベッドに押し込んで、テーブルの上に置いたカップを持った。
はい、と返事をしながらも、意識は薄れ始める。苦笑交じりにお休み、と言った相手にろくに返事もしないまま目を閉じた。
ただ、隣で肩を抱いていてもらっただけで、心地いい。
つい先ほど感じた暗闇の中から、一筋の光を見つけたように。
金色の、光。そこから世界がもう一度始まった。
「朝焼けの、最初の光みたいだな。」
こんなにも気が楽になったのは久しぶりで、気分も軽い。
「…おやすみなさい。」
届くことはなくても、隣の部屋にいるはずの人に向かって呟いた。
きっと今日は、真っ暗な夢は見ない。
扉を手動で開けて、様子を見に行った。
規則正しく寝息を立てる少年のに、安堵する。
「もう、大丈夫だよな。」
そう呟いて、部屋を出る。自室に戻ろうとすると、ふと、通路の端で何かが動いたような気がして視線を移した。
「…何してるんだ、おまえら…」
その声に、失敗したなあ、という顔をして出てきたのはキラの友人たちだった。ため息を吐き出して、手招きする。萎縮するように距離を置いて立ち止まった少年たちに向き直ると、大丈夫だよ、と言った。
「今、寝てるから。しばらく休ませてやってくれ。」
心配なのもわかるけどな、と続けて苦笑した。
「…よかったぁ…。」
安堵のため息をついて、少女は小さく呟いた。少年たちも、互いに頷き合う。
「キラの、あんな顔初めて見たから。…本当は、俺たちが助けなきゃいけなかったのに。」
ありがとうございました、といって彼らは頭を下げる。
「それから、これからもあいつのこと、お願いします。」
今の俺たちじゃ、何もできないから。そう続けて少し寂しそうに微笑む。
「…あいつには、大尉が必要なんだと思います。」
必要だと思ってるのは俺のほうだよ、と内心苦笑しながら頷いた。
「艦長とも約束してるから、任せとけって。ほら、おまえさん達ももう休んだほうがいいぞ。今日はいろいろあって疲れてるはずだしな。」
そう言いながら少年たちを見送った。
「…いいのかねぇ。」
部屋に戻ってベッドに転がる。
周りがいったいどう思っているのかは謎だけれど、そう簡単に言われてしまったら押さえが利かなくなってしまう。
冗談のつもりで触れた唇の感触が蘇るたびに、こんなにも余裕のない男になってしまう。
見守っていようと決めたその日に、すでにそれ自体が危ぶまれる。
「…結構堪え性がないんだな、俺って。」
程よく効いたスプリングの揺れに誘われて、自分でも思っていた以上にあっさりと睡魔が襲ってきた。
独り言に苦笑しながら、目を閉じる。
隣で眠っているはずの少年が、おやすみなさい、と言ったような気がした。