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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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太陽の唄

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 動かないことを無言で表示したクルーたちは、キラとストライクがまだこの船に必要だということがよく解っている。押し問答を続けるうちに次第にいらついて来たのか、キラを押し出すとその頭に銃口を押し付けた。
「そこを退かないと、撃つぞ!」
 パイロットは死体でもいいんだからな、と言い募る男の声は、震えていた。実行するほどの度胸がないのは容易に知れるが、一瞬、クルーたちは怯んだ。
 険しい顔をして睨み合ったまま、奇妙な沈黙が流れる。視線をキラに動かしてみると、相変わらず無表情のままされるがままになっている。
 彼が、この程度の民間人に引けを取らないことはよく知っている。それなのに、無抵抗のまま。虚ろに開かれた瞳は、何も写してはいなかった。
「…何、諦めちまってんだよ…っ」
 知らず、奥歯をかみ締めた。
 マリューと、視線が合う。それは、やむをえない、と言っていた。キラを見捨てるか、言うとおりに道を開けるか。
 冗談じゃない、と呟いた。
 軍人として、あれは守らなければならない。けれど、今自分の中で最優先事項なのは、キラだ。逼迫した状況の中で、あの子だけが大切だと、痛感した。
 自分の後ろには、キラの友人と整備士達が身構えている。きっかけさえあれば、押さえることはたやすい。再びマリューに視線を動かしてそれを伝える。きっかけを、待っていると強く訴えた。
 頷いた彼女が、ようやく重い口を開きかけると、それを制して前に出る人影があった。
 失礼いたします、といったナタルは小声で囁く。
 私が、隙を作りますので。
 彼女のほうが適任だと判断したのか、マリューは軽く頷いてこちらを見た。背中の気配だけで、後ろにいる全員が了解したようだった。
 動揺を誘い、一気に押さえる。
 マニュアル通りだが、軍人は確実に実行できる。ナタルに了解の合図を送ると、彼女も軽く頷いた。
 目線だけを回りに送ると、彼女は毅然と言い放つ。
「あなた方は確かに民間人だが、ここがどこであるかお忘れのようだ。」
 ここは地球軍の軍艦の中だ。そして、周りは真空の宇宙。
 ゆっくりと集団の一人一人を威圧するように見回す。
「ここが軍艦である以上、民間人といえども我々の指示には従って頂く。拒否するようであれば…元の通りに、故障した救命ポッドでここから漂流して頂くことになるが、よろしいか。」
 そう言って、凄絶な笑みを浮かべる。
 その勢いに気圧されて、集団の最前列が怯んだ。
「…フラガ大尉!」
 小声で鋭く促されて、真っ直ぐにキラを捕らえている男に詰め寄り、銃を叩き落した。それを合図に、待機していたクルーたちが他の反乱者達に飛び掛っていく。遠巻きに事態を見守っていた人の群れが慌てて被害を避けるように引いていき、替わりに一番数の多いオレンジ色の作業服が通路に溢れた。
 拳銃を拾い上げてマリューがため息をつく。
「…安全装置も外していない…」
 その呟きに、開放されて通路に座り込んだキラを喧騒から庇いながら顔を上げる。
「…知らなかったのかねぇ。どちらにしろ、流血沙汰にならなくて良かったじゃないか。」
 キラに怪我がないのを確かめて、苦笑した。
「ここはちょっと落ち着かないな、立てるか?」
 俯いたままの少年が、微かに頷いたのを確認すると、悪い、と言って艦長に向き直る。
「だいぶ、ショックみたいだから。つれてく。後、頼むな。」
 抱えるように立たせると、まだ騒いでいる集団とは反対側に歩き出した。
「…お願い、しますね。」
 背中に受けた言葉に、笑みを返した。

 不意に、目の前に現れたのは金色の、背の高い人影だった。ぼんやりとした光景の中で、それだけがはっきりと見えた。
 フラガ大尉、と音のないまま無意識にその名を呼んだ。
 腕を捉まれていた感覚がなくなると、力の入らない足は重さを支えきれずにゆっくりと座り込む。眩暈がするほどの疲労感。
 強く肩を揺すられて、顔を上げる。驚くほど近い場所に、海の色の瞳があった。
「…フラガ、大尉…?」
 相変わらずまわりの音は遠くに聞こえて、目の前の人がしきりに何か言っているらしい事は解っても、何を言われているのかが解らない。
 それが伝わったのか、少し苦しそうな表情を見せた。耳元に顔を寄せて、大丈夫か、と言われた。ゆっくりと頷く。そうすると、心底安心したように、柔らかく微笑んだ。
 唐突に視界がはっきりとした。世界に、音が戻ってくる。
「…ッ…あ」
 それまで、呼吸すら忘れていたことに気付いた。軽く咳き込んでから、ようやく自分の置かれている状況を理解する。
 少し離れたところで、もみ合っている集団。自分を捕らえて、ザフトに突き出すと言っていた。
「…立てるか?」
 庇うように膝を突いていた人が、そう言った。立ち上がろうとしても、体中がようやく緊張から開放された反動でまったく言うことを聞かない。
 ゆっくりと首を振ると、抱えられるようにしてその場を離れる。
 視界の隅に捕らえた友人たちは、強く頷いて送り出してくれた。
 騒音と好奇の視線を避けるように、半ば引きずられるようにして通路を進んでいく。抱えられているような格好で、ただ、回された腕にしがみつくのが精一杯だった。足許ばかりを見ていて、どこに向かっているかも判らない。
 立ち止まった扉の前で、ようやく顔を上げることができた。自分の知らない場所。ほんのりと暖められた部屋に入って、ベッドに座らされた。
「…大丈夫か?」
 静かに問い掛けられた声に顔を上げると、青い瞳が同じ目線になるようにその人は膝をついていた。
「…はい。」
 ゆっくりと息を吐き出すように、頷いた。
 指先が体温を失って、驚くほど冷たい。微かに震える体に気付いて、苦笑した。
「…今ごろ、怖くなった、なんて…ッ」
 断片的に呼び戻される記憶。がたがたと震え始めた自分の肩に、軟らかな毛布をかけると、何か持ってくるからそこにいろよと言い残して、その人は部屋を出ていった。
 ひとり、残された部屋で自分自身を抱きしめる。治まらない震えは、命の危険を感じたからか、それとも別の何かか。
 緊張からくる疲れで、それ以上動くこともできない。ゆるく繰り返される呼吸の音だけが響く静寂の中で、ただその人が戻ってくるのを待っている。
 軽快な電子音が響いて、扉が開く音がした。近付いて来る足音のほうに視線を向けると、目の前に甘い香りのするカップが差し出された。
「何か、入れたほうがいいだろ。持てるか?」
 恐る恐る伸ばした指先は、震えが納まりかけていた。両手で包むように暖かなカップを持つと、そこから体温が戻ってくるような気がした。
「…ありがとう、ございます。」
 それに答えるように、その人は笑った。
 世界が、戻ってきた。

 青ざめた顔でカップに口をつける少年は、まるで感情が見られなかった。少しづつ、血の気を取り戻していく顔を見ながら、自分のほうこそ心底安堵していた。
 十分に時間を取ってから、口を開く。
「…何があったのか、話、出来るか?」
 その言葉に、少年は顔を歪める。
「…よく、解りません…」
作品名:太陽の唄 作家名:綾沙かへる