ひとりじめ
もう少佐じゃないんだけど?
まるで知恵のついた悪ガキのような、楽しそうな笑みを浮かべてその人は言った。
「…そうですね。」
何を言いたいのかは大体読める。けれど、誰か他の人の前でその言葉を口にするのは恥ずかしくて、とてもじゃないけど無理だ。
「…キラって結構意地っ張り?」
心底がっかりしたような表情でそう言った。
「今ごろ気付いたんですか?」
そう言って笑みを返すと、酷く情けない顔で溜息をつかれた。
この艦に戻って来てしばらくすると、そっくり地球連合から抜けてしまった。人員がどうなったのかはよく聞いていないけれど、見なれない顔や良く知った人達がいない事で、アラスカで何かあった事は理解出来た。
ただ、戻っても居場所があるとは思っていなかっただけに、変わらずに迎えてくれた事が嬉しかった。
そして、あの人がただ、黙って抱き締めてくれた事も。
お帰り、と言ってキスしてくれた事も。
自分がまだ、こんなにも世界に愛されている事を実感して、それを護ろうと強く誓った。
「…で、今まで何処にいたの、お前。」
相変わらず忙しない格納庫の片隅で、そう訊かれた。
「…何から…いえ、何処から話せば納得してもらえます?」
目の前に静かに建つ白い機体。それを大切な何かを見出すように見つめながら、そう呟いて苦笑する。
「…話たくないならいいけど。」
少し不機嫌そうにそう言って、手にしたファイルを捲りながらフラガはキラの隣に並んでそれを見上げる。
ストライクと、似て異なる白い機体。この世界の中でたった二機、核融合炉エンジンを搭載している機体のうちの一機。核融合を停止させる、Nジャマーが落とされてから、地上はおろか、かなり広範囲に渡る宇宙空間でも核融合は行えない。それにより地上では深刻なエネルギー不足に陥っているのだから、この機体に何が積んであるのかは興味津々と言った所だろう。
「これを…受けとって、僕にも出来る事がまだあるんだって思ったから。…そうでなければ…戻ってきませんよ。」
ぽかんと機体を見上げるフラガの様子に苦笑しながらそう言った。
頭部メインカメラの上に刻印された文字。遠目には良く解らないが、真剣にそのアルファベットを拾っていたらしいフラガは小さく、自由か、と呟いた。
「…なるほどね。」
何に納得したのかは解らないけれど、軽く頷いてそれじゃあ行くか、と不意に言った。
「…行くって…どこにです?」
不審そうに訊き返すと、ゆっくり話の出来るとこ、と言って背を向けた。
「キラ、少しでいいから話してくれないか。…結構心配したんだぞ。」
これでもな、と続けて肩を竦める。振り返ったその顔は確かに笑顔だったけれど、微かに憤りが混じっているようだった。
「…はい。」
俯いて、そう言うのが精一杯だった。
あの時、誰もが絶望した。
あれほどまでに強固だった機体が粉々になって、辺り一面に残骸を曝していて。
穏やかに打ち寄せる波と、白い砂浜に無残な爪痕を残して。
その島は確かに楽園のように見えた。
無機質な金属の固まり。その、所々溶けて交じり合った金属の欠片。無残に焼け爛れた、いくつもの。
夕闇に浮かぶその光景は、これこそ自分にとっては楽園のようだと、自嘲するように微かに笑みを浮かべた。
戦争が終れば、何処もかしこも、こうなる。
艦の中から見た光景はそれほどまでに衝撃だった。厚いガラスに突いた手を知らず、固く握り締めて。
「…っかやろ…」
呟きは、誰の耳にも止まる事なく。
次の約束は、しません。
不意に浮かんだ言葉。それはこうなる事を予測していたのか、一般的な軍人としての常識から出た言葉なのか。
後者は、否だ。キラは正規の軍人ではない。
オーブの港を出てすぐに、第二戦闘配備になった。それはキラの言葉から生じた状況。パイロットスーツを着込んで、ストライクの前に立っていたキラ。何処か遠い所を見るような表情でそれを見上げていた。
消えてしまいそうなその姿に、思わず手を伸ばす。ゆっくりと振り返って、キラは微笑んだ。
「…少佐。」
そう呟いたキラを軽く抱き寄せて、落ちるなよと囁いた。
その言葉にゆっくりと目を見開いて。そうして驚くほど落ち着いた声でそう言った。穏やかな笑みさえ浮かべて。
「…次の約束は、しませんよ。」
あの時、引きとめておけば良かったと。
これほど、後悔した事はない。
焼け爛れたパイロットシート。
こつぜんと姿を消したパイロット。
そこに誰かがいたと言う痕跡すら何ひとつ残さず、それが微かな希望に繋がって。
生きていてくれと。
これほど戦場にそぐわない祈りもない。
けれど、そう願わずにいられないほど。
ガラスに映る自分の姿が、酷く滑稽に見えた。
全てを護ろうだなんて思ってはいけない。
ただ己の力で出来る事のみを。
一番、大切な事だけを。
「…何、呆けてるんだよ。」
見かねたと言った表情で掛けられた声に振り向くと、朱色のジャケットを着た親友が立っていた。その片手に、無造作に重ねられた制服。
いくら独立勢力とはいえ、基本的な人員構成はナチュラルが多数を占める中、その真紅の制服は目立って仕方がないらしい。
事情を察して小さく笑うと、途端に不機嫌そうに眉を寄せる。
「…あのな、キラ。物思いに耽るのもいいけど、通路の真中ってのはどうかと思うぞ。」
ただでさえボケっとしてるんだから、と溜息混じりに並べられて、込み上げるおかしさをなんとか堪えてごめん、と返した。
「別に物思いに耽ってたわけじゃないよ。…ちょっと、疲れてるのかも。」
アスランに声を掛けられるまで、どのくらいの間そうしていたのか思い出せなかった。ただ、目の前にある扉の中に入るか入らないかで考え込んでしまって、そのまま。
「…用でもあるのか、この部屋?」
視線に気付いて、アスランは首を傾げる。
「…うん。」
用事があるのは思い出した。
自分が一方的に腹を立てて、逃げて来てしまったのだから。
「…まあ、あんまり苛めるなよ?」
その、独特の表情を見たアスランは苦笑混じりに言った。付合いが長い分、キラの感情がどう言う方向に向かっていくのかを良く知っている。
感情に任せて我を忘れたキラには、この外見からは想像もつかないほどの毒舌と屁理屈で散々な目に遭わされて来たのだから。
「大げさだよ、アスラン。」
緩やかに笑みを浮かべて答えている事も、親友が微かに頬を引き攣らせる原因になっている事に気付かない。
「…あ、アスランとキラ!」
通路の向こうで威勢のいい声がしたかと思うと、折角正装した上着を振り回しながら走って来る少女。
ぶつかるくらいの勢いで急ブレーキをかけたカガリは、心底不思議そうに何やってんだよ、と訊いた。
それになんでもないよ、と答えてアスランは笑みを浮かべる。
巻き込んだら気の毒だ。
「カガリこそ、どうしたのさそんなに急いで。なにかあったの?」
第三者の登場に、比較的和らいだ表情でキラが尋ねると、そうだ、とひとつ頷いてカガリは言う。
「暇ならさ、ちょっと付き合えよ。見てもらいたいものがあるんだ。」
まるで知恵のついた悪ガキのような、楽しそうな笑みを浮かべてその人は言った。
「…そうですね。」
何を言いたいのかは大体読める。けれど、誰か他の人の前でその言葉を口にするのは恥ずかしくて、とてもじゃないけど無理だ。
「…キラって結構意地っ張り?」
心底がっかりしたような表情でそう言った。
「今ごろ気付いたんですか?」
そう言って笑みを返すと、酷く情けない顔で溜息をつかれた。
この艦に戻って来てしばらくすると、そっくり地球連合から抜けてしまった。人員がどうなったのかはよく聞いていないけれど、見なれない顔や良く知った人達がいない事で、アラスカで何かあった事は理解出来た。
ただ、戻っても居場所があるとは思っていなかっただけに、変わらずに迎えてくれた事が嬉しかった。
そして、あの人がただ、黙って抱き締めてくれた事も。
お帰り、と言ってキスしてくれた事も。
自分がまだ、こんなにも世界に愛されている事を実感して、それを護ろうと強く誓った。
「…で、今まで何処にいたの、お前。」
相変わらず忙しない格納庫の片隅で、そう訊かれた。
「…何から…いえ、何処から話せば納得してもらえます?」
目の前に静かに建つ白い機体。それを大切な何かを見出すように見つめながら、そう呟いて苦笑する。
「…話たくないならいいけど。」
少し不機嫌そうにそう言って、手にしたファイルを捲りながらフラガはキラの隣に並んでそれを見上げる。
ストライクと、似て異なる白い機体。この世界の中でたった二機、核融合炉エンジンを搭載している機体のうちの一機。核融合を停止させる、Nジャマーが落とされてから、地上はおろか、かなり広範囲に渡る宇宙空間でも核融合は行えない。それにより地上では深刻なエネルギー不足に陥っているのだから、この機体に何が積んであるのかは興味津々と言った所だろう。
「これを…受けとって、僕にも出来る事がまだあるんだって思ったから。…そうでなければ…戻ってきませんよ。」
ぽかんと機体を見上げるフラガの様子に苦笑しながらそう言った。
頭部メインカメラの上に刻印された文字。遠目には良く解らないが、真剣にそのアルファベットを拾っていたらしいフラガは小さく、自由か、と呟いた。
「…なるほどね。」
何に納得したのかは解らないけれど、軽く頷いてそれじゃあ行くか、と不意に言った。
「…行くって…どこにです?」
不審そうに訊き返すと、ゆっくり話の出来るとこ、と言って背を向けた。
「キラ、少しでいいから話してくれないか。…結構心配したんだぞ。」
これでもな、と続けて肩を竦める。振り返ったその顔は確かに笑顔だったけれど、微かに憤りが混じっているようだった。
「…はい。」
俯いて、そう言うのが精一杯だった。
あの時、誰もが絶望した。
あれほどまでに強固だった機体が粉々になって、辺り一面に残骸を曝していて。
穏やかに打ち寄せる波と、白い砂浜に無残な爪痕を残して。
その島は確かに楽園のように見えた。
無機質な金属の固まり。その、所々溶けて交じり合った金属の欠片。無残に焼け爛れた、いくつもの。
夕闇に浮かぶその光景は、これこそ自分にとっては楽園のようだと、自嘲するように微かに笑みを浮かべた。
戦争が終れば、何処もかしこも、こうなる。
艦の中から見た光景はそれほどまでに衝撃だった。厚いガラスに突いた手を知らず、固く握り締めて。
「…っかやろ…」
呟きは、誰の耳にも止まる事なく。
次の約束は、しません。
不意に浮かんだ言葉。それはこうなる事を予測していたのか、一般的な軍人としての常識から出た言葉なのか。
後者は、否だ。キラは正規の軍人ではない。
オーブの港を出てすぐに、第二戦闘配備になった。それはキラの言葉から生じた状況。パイロットスーツを着込んで、ストライクの前に立っていたキラ。何処か遠い所を見るような表情でそれを見上げていた。
消えてしまいそうなその姿に、思わず手を伸ばす。ゆっくりと振り返って、キラは微笑んだ。
「…少佐。」
そう呟いたキラを軽く抱き寄せて、落ちるなよと囁いた。
その言葉にゆっくりと目を見開いて。そうして驚くほど落ち着いた声でそう言った。穏やかな笑みさえ浮かべて。
「…次の約束は、しませんよ。」
あの時、引きとめておけば良かったと。
これほど、後悔した事はない。
焼け爛れたパイロットシート。
こつぜんと姿を消したパイロット。
そこに誰かがいたと言う痕跡すら何ひとつ残さず、それが微かな希望に繋がって。
生きていてくれと。
これほど戦場にそぐわない祈りもない。
けれど、そう願わずにいられないほど。
ガラスに映る自分の姿が、酷く滑稽に見えた。
全てを護ろうだなんて思ってはいけない。
ただ己の力で出来る事のみを。
一番、大切な事だけを。
「…何、呆けてるんだよ。」
見かねたと言った表情で掛けられた声に振り向くと、朱色のジャケットを着た親友が立っていた。その片手に、無造作に重ねられた制服。
いくら独立勢力とはいえ、基本的な人員構成はナチュラルが多数を占める中、その真紅の制服は目立って仕方がないらしい。
事情を察して小さく笑うと、途端に不機嫌そうに眉を寄せる。
「…あのな、キラ。物思いに耽るのもいいけど、通路の真中ってのはどうかと思うぞ。」
ただでさえボケっとしてるんだから、と溜息混じりに並べられて、込み上げるおかしさをなんとか堪えてごめん、と返した。
「別に物思いに耽ってたわけじゃないよ。…ちょっと、疲れてるのかも。」
アスランに声を掛けられるまで、どのくらいの間そうしていたのか思い出せなかった。ただ、目の前にある扉の中に入るか入らないかで考え込んでしまって、そのまま。
「…用でもあるのか、この部屋?」
視線に気付いて、アスランは首を傾げる。
「…うん。」
用事があるのは思い出した。
自分が一方的に腹を立てて、逃げて来てしまったのだから。
「…まあ、あんまり苛めるなよ?」
その、独特の表情を見たアスランは苦笑混じりに言った。付合いが長い分、キラの感情がどう言う方向に向かっていくのかを良く知っている。
感情に任せて我を忘れたキラには、この外見からは想像もつかないほどの毒舌と屁理屈で散々な目に遭わされて来たのだから。
「大げさだよ、アスラン。」
緩やかに笑みを浮かべて答えている事も、親友が微かに頬を引き攣らせる原因になっている事に気付かない。
「…あ、アスランとキラ!」
通路の向こうで威勢のいい声がしたかと思うと、折角正装した上着を振り回しながら走って来る少女。
ぶつかるくらいの勢いで急ブレーキをかけたカガリは、心底不思議そうに何やってんだよ、と訊いた。
それになんでもないよ、と答えてアスランは笑みを浮かべる。
巻き込んだら気の毒だ。
「カガリこそ、どうしたのさそんなに急いで。なにかあったの?」
第三者の登場に、比較的和らいだ表情でキラが尋ねると、そうだ、とひとつ頷いてカガリは言う。
「暇ならさ、ちょっと付き合えよ。見てもらいたいものがあるんだ。」