祈りの日
多分、似合うだろうな。
そんな些細な理由で、見かけたそれを迷わず購入した。
喜ぶ顔が見たいと思ったから。
それを受け取ったのは、補習講義を終えたある日の夕方。
「ヤマト教官、お荷物が届いていますよ。」
受付け嬢がわざわざキラの執務室まで届けてくれたそれは、大きな箱だった。お礼を言って受け取った箱は、見た目に反して意外に軽くて少しだけ拍子抜けした。これなら彼女が抱えて来れたのも頷ける。
「…なんだろ。」
差出人は、よく知った人の名前。近所に住んでいる癖にわざわざ送って寄越したのかと苦笑すると、送り状に記載された取り扱い店を見て納得した。ここからは随分と距離がある地名。
「…そう言えば先週から本部に行ってるんだっけ…」
その出張が終れば休暇に入れると言って、幾分疲れたような顔をしたフラガを空港で見送ってから、早くも1週間が過ぎている。
クリスマスに一緒にいられなくてごめんな、としきりに言うフラガに苦笑を返して。
「…小さな子供じゃないんですから。」
そう言って送り出した。
寂しくないわけではないけれど、戦争をしていた頃と違って今はこれが一生の別れになるわけではないのだから、大人しく帰りを待てばいい。
携帯端末に表示されたカレンダーの日付は、24日。フラガの帰宅予定は26日の夕方。
「…あと2日、か…」
長いようでもあり、短いようでもある。我侭を言って困らせたくはない。
「…なんです、それ。」
携帯端末を持ったままぼんやりしていると、何時の間にか自分の執務室から出て来ていた副官が呆れたように呟いた。その視線は解いていない荷物を指している。
「あ、うん、今届いたんだ。」
ともかく、応接セットのテーブルを占領している箱を開けてみないことには意味が解らず、厳重に貼られたテープを剥がし始める。
大量のクッション材と共に出てきたのは、綺麗にラッピングされた箱。しかも、可愛らしいピンク色のリボン付き。
疑問符を大量に思い浮かべながらそれを取り出すと、カードが挟んである事に気付く。畳まれていたそれを開くと、金色の文字で「Merry X‘mas」とだけ箔が押されていた。
「…マメだなあ…」
苦笑と共に文字を目で追って呟くと、キラよりも少しだけ背の高い副官は後ろからカードを覗くなりああやっぱり、と呟く。
「フラガ教官って、絶対にイベント事は忘れないタイプですよね。しかも、普段は欠片も覚えてないようなフリしてて。」
キラが着任してすぐにひと悶着あったこの副官は、キラとフラガの関係を正確に知っている。そうして、それを当然と言えば当然だったが余り快くは思っていないらしい。フラガの教え子だと言うのに。
「…そう…かな…?」
それに関して否定が出来ないキラは、曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「びっくりした?」
電話の向こうで騒音に混じって聞こえた声は楽しそうだった。
「…しましたよ。」
大人しく宿泊先に戻るわけがないと思って携帯を鳴らすと、思った通りパーティーの真っ最中だったらしい。それに苦笑しながら答えると、フラガはしてやったりと言う声で続ける。
「この間、コートダメにしただろ。いいの見付けたからさ。」
似合うと思って、と言う声に、キラの口許にも笑みが浮かぶ。
「どうでしょうね。でも、有り難うございます。」
キラが応えた所で、電話の向こうから聴き慣れた声がする。そう思ったら、その人はフラガから携帯を奪い取ったようだった。
「…キラ君?」
柔らかく響くその声は、キラが復帰する時に世話になった人のもの。彼女は本部に勤務しているから、そこにいても不思議はない。
「はい、お久し振りです艦長。」
キラの言葉にマリューは笑って、もう艦長じゃないでしょと訂正を自分で入れた。
「ごめんねキラ君、こんな日にフラガ中佐借りちゃってて。…それで、ごめんねついでにもうひとつ頼まれてくれないかしら。」
そう言って、マリューは明日の夕方は空いているかしらと続ける。
「…あ、はい、大丈夫ですけど…?」
補習講義の予定を頭の中で確認しながらキラが応えると、マリューは不思議な事を言った。
「私もキラ君にプレゼント送ったの。だけどね、間違えてフラガ中佐の自宅にしちゃったのよ、届け先。時間指定してあるから、受け取ってもらえないかしら。」
12月25日、晴れ。
冬の刺すような北風に首を竦めると、キラは足早にお気に入りの洋菓子店に向かう。
今日ばかりは、街の人達もゆっくりと休日を過ごしていて、通りには家族連れや恋人達が溢れていた。人混みを摺り抜けるようにして目的の店に着くと、馴染みの店員が目聡くキラを見付けて声を掛ける。
「あら、いらっしゃい。ご予約のもの?」
綺麗にカットケーキが並んだショーケースの向こうから店員はそう言って、キラの予約した小さなケーキの入った箱を差し出した。幾つも並んでいたそれは、元々家族向けの商品を気に入ったキラが、どうしてもと言って小さなサイズで作ってもらった特注品。
「すみません、無理を言って。」
店員に礼を言って箱を受け取ると、隣近所に並ぶ他の店を回って必要な物を購入してから、マリューとの約束通りにフラガの部屋へ向かう。
短い日照時間も終りに差し掛かっていて、マンションに隣接する広場にも子供達の姿はなく、代わりにそれぞれの部屋から暖かな笑い声が聞こえた。ほんの少しだけ、それに寂寥感を覚えながらエレベーターに慣れた手付きでパネルを操作する。
「…こんな日に、か。」
溜息混じりに呟いて、目的の部屋のロックをカードキーで解除すると、数日間篭ったままだった室内の澱んだ空気が押し寄せる。
「…1回くらい様子見に来れば良かった…」
空調のパネルを操作して荷物をカウンターに置くと、キラは換気のために閉め切ったままだったカーテンと窓を開ける。冷たい風が入り込んで、澱んで湿っていた空気を追いたてるように室内を駆け回った。
条件反射のように冷蔵庫を確認して、暖房で温まらないようにケーキと飲料を納める。
散らかった新聞やら雑誌やらを纏めて、部屋に上がる前に覗いたメールボックスの中身をその上に重ねていると、インターフォンが鳴った。時計を見ると、約束の時間より少し早い。
「…?」
近所の誰かが、フラガが帰ってきたと思ったのだろうか。疑問に感じながらも他に誰もいないので、キラはインターフォンに向かってはい、と答える。
「…お届ものです。」
予想通りと言うか、ありきたりな返事にキラは玄関に向かう。
本当は、部屋の主がいなくてもここで過ごそうと思っていた。この部屋には、暖かくて柔らかな想いが詰まっているから。
勝手知ったるなんとやらで、ケーキや飲み物を用意して来たのもそのためだった。一人は寂しいけれど、それについても少しだけ思う所がキラにはあるから。
フラガがクリスマスに不在だと知った学生や同僚はしきりにキラを遊びに行こうと誘ってくれたが、年末に休暇を取ってあるために仕事が山積み、と言ってやんわりと断った。
一人で過ごすための、忘れかけていた心構えを引っ張り出していた所だと言うのに。
そんな些細な理由で、見かけたそれを迷わず購入した。
喜ぶ顔が見たいと思ったから。
それを受け取ったのは、補習講義を終えたある日の夕方。
「ヤマト教官、お荷物が届いていますよ。」
受付け嬢がわざわざキラの執務室まで届けてくれたそれは、大きな箱だった。お礼を言って受け取った箱は、見た目に反して意外に軽くて少しだけ拍子抜けした。これなら彼女が抱えて来れたのも頷ける。
「…なんだろ。」
差出人は、よく知った人の名前。近所に住んでいる癖にわざわざ送って寄越したのかと苦笑すると、送り状に記載された取り扱い店を見て納得した。ここからは随分と距離がある地名。
「…そう言えば先週から本部に行ってるんだっけ…」
その出張が終れば休暇に入れると言って、幾分疲れたような顔をしたフラガを空港で見送ってから、早くも1週間が過ぎている。
クリスマスに一緒にいられなくてごめんな、としきりに言うフラガに苦笑を返して。
「…小さな子供じゃないんですから。」
そう言って送り出した。
寂しくないわけではないけれど、戦争をしていた頃と違って今はこれが一生の別れになるわけではないのだから、大人しく帰りを待てばいい。
携帯端末に表示されたカレンダーの日付は、24日。フラガの帰宅予定は26日の夕方。
「…あと2日、か…」
長いようでもあり、短いようでもある。我侭を言って困らせたくはない。
「…なんです、それ。」
携帯端末を持ったままぼんやりしていると、何時の間にか自分の執務室から出て来ていた副官が呆れたように呟いた。その視線は解いていない荷物を指している。
「あ、うん、今届いたんだ。」
ともかく、応接セットのテーブルを占領している箱を開けてみないことには意味が解らず、厳重に貼られたテープを剥がし始める。
大量のクッション材と共に出てきたのは、綺麗にラッピングされた箱。しかも、可愛らしいピンク色のリボン付き。
疑問符を大量に思い浮かべながらそれを取り出すと、カードが挟んである事に気付く。畳まれていたそれを開くと、金色の文字で「Merry X‘mas」とだけ箔が押されていた。
「…マメだなあ…」
苦笑と共に文字を目で追って呟くと、キラよりも少しだけ背の高い副官は後ろからカードを覗くなりああやっぱり、と呟く。
「フラガ教官って、絶対にイベント事は忘れないタイプですよね。しかも、普段は欠片も覚えてないようなフリしてて。」
キラが着任してすぐにひと悶着あったこの副官は、キラとフラガの関係を正確に知っている。そうして、それを当然と言えば当然だったが余り快くは思っていないらしい。フラガの教え子だと言うのに。
「…そう…かな…?」
それに関して否定が出来ないキラは、曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「びっくりした?」
電話の向こうで騒音に混じって聞こえた声は楽しそうだった。
「…しましたよ。」
大人しく宿泊先に戻るわけがないと思って携帯を鳴らすと、思った通りパーティーの真っ最中だったらしい。それに苦笑しながら答えると、フラガはしてやったりと言う声で続ける。
「この間、コートダメにしただろ。いいの見付けたからさ。」
似合うと思って、と言う声に、キラの口許にも笑みが浮かぶ。
「どうでしょうね。でも、有り難うございます。」
キラが応えた所で、電話の向こうから聴き慣れた声がする。そう思ったら、その人はフラガから携帯を奪い取ったようだった。
「…キラ君?」
柔らかく響くその声は、キラが復帰する時に世話になった人のもの。彼女は本部に勤務しているから、そこにいても不思議はない。
「はい、お久し振りです艦長。」
キラの言葉にマリューは笑って、もう艦長じゃないでしょと訂正を自分で入れた。
「ごめんねキラ君、こんな日にフラガ中佐借りちゃってて。…それで、ごめんねついでにもうひとつ頼まれてくれないかしら。」
そう言って、マリューは明日の夕方は空いているかしらと続ける。
「…あ、はい、大丈夫ですけど…?」
補習講義の予定を頭の中で確認しながらキラが応えると、マリューは不思議な事を言った。
「私もキラ君にプレゼント送ったの。だけどね、間違えてフラガ中佐の自宅にしちゃったのよ、届け先。時間指定してあるから、受け取ってもらえないかしら。」
12月25日、晴れ。
冬の刺すような北風に首を竦めると、キラは足早にお気に入りの洋菓子店に向かう。
今日ばかりは、街の人達もゆっくりと休日を過ごしていて、通りには家族連れや恋人達が溢れていた。人混みを摺り抜けるようにして目的の店に着くと、馴染みの店員が目聡くキラを見付けて声を掛ける。
「あら、いらっしゃい。ご予約のもの?」
綺麗にカットケーキが並んだショーケースの向こうから店員はそう言って、キラの予約した小さなケーキの入った箱を差し出した。幾つも並んでいたそれは、元々家族向けの商品を気に入ったキラが、どうしてもと言って小さなサイズで作ってもらった特注品。
「すみません、無理を言って。」
店員に礼を言って箱を受け取ると、隣近所に並ぶ他の店を回って必要な物を購入してから、マリューとの約束通りにフラガの部屋へ向かう。
短い日照時間も終りに差し掛かっていて、マンションに隣接する広場にも子供達の姿はなく、代わりにそれぞれの部屋から暖かな笑い声が聞こえた。ほんの少しだけ、それに寂寥感を覚えながらエレベーターに慣れた手付きでパネルを操作する。
「…こんな日に、か。」
溜息混じりに呟いて、目的の部屋のロックをカードキーで解除すると、数日間篭ったままだった室内の澱んだ空気が押し寄せる。
「…1回くらい様子見に来れば良かった…」
空調のパネルを操作して荷物をカウンターに置くと、キラは換気のために閉め切ったままだったカーテンと窓を開ける。冷たい風が入り込んで、澱んで湿っていた空気を追いたてるように室内を駆け回った。
条件反射のように冷蔵庫を確認して、暖房で温まらないようにケーキと飲料を納める。
散らかった新聞やら雑誌やらを纏めて、部屋に上がる前に覗いたメールボックスの中身をその上に重ねていると、インターフォンが鳴った。時計を見ると、約束の時間より少し早い。
「…?」
近所の誰かが、フラガが帰ってきたと思ったのだろうか。疑問に感じながらも他に誰もいないので、キラはインターフォンに向かってはい、と答える。
「…お届ものです。」
予想通りと言うか、ありきたりな返事にキラは玄関に向かう。
本当は、部屋の主がいなくてもここで過ごそうと思っていた。この部屋には、暖かくて柔らかな想いが詰まっているから。
勝手知ったるなんとやらで、ケーキや飲み物を用意して来たのもそのためだった。一人は寂しいけれど、それについても少しだけ思う所がキラにはあるから。
フラガがクリスマスに不在だと知った学生や同僚はしきりにキラを遊びに行こうと誘ってくれたが、年末に休暇を取ってあるために仕事が山積み、と言ってやんわりと断った。
一人で過ごすための、忘れかけていた心構えを引っ張り出していた所だと言うのに。