祈りの日
なんの前触れもなく、その人はドアの向こうに立っていた。
「…なんで…」
誰かの、手の込んだ冗談かなと間抜けな事を考えて、現実に存在する事を確かめるために手を伸ばす。冷えたコートに触れた指先が、それでもしっかりとその存在を主張していた。
「ただいま。」
そう言って柔らかく笑うその人は、紛れもなく。
「…フラガ少佐…」
呟いて呆然としていると、不意にフラガはキラの頬を軽くつねった。
「て…って、何するんですか!」
抗議しつつも、その軽い痛みで我に返った。摘まれた頬をさすりながら睨むと、フラガは楽しそうに笑う。
「何って、夢かと思われたら哀しいから手っ取り早く確認を。入れてくれないの?俺の家なのに?」
それは普通、自分に自分でする物です、と心の中でキラは溜息を吐いた。
「…でも、日程早くないですか?帰るの、明日だって…」
荷物を抱えて廊下を歩くフラガの背中に向かって尋ねると、フラガは笑ってコレがプレゼントだってさ、と答える。
「ラミアス中佐からの。気の利いた事してくれるよなあ、いきなり予定繰り上げて。お陰で昨日は殆ど寝てない…余計な事ばっかで肩凝った。」
苦笑混じりに呟いて、フラガは寝室に鞄を放り込んでコートを脱いだ。
「…で、嬉しくないの?」
からかうようにキラの瞳を覗き込んで、そう続ける。
「…嬉しいに決まってるじゃないですか。」
キラの答えなんて決まっているのに、余裕を持ってそう聞いてくる大人が酷く恨めしく思った。そうして少しだけ反撃を試みる。
「…浮気してないですよね…?」
一人きりのつもりだったから、と前置いてからキラは冷蔵庫にあったケーキとサンドイッチのパックを出して、ありあわせの物で簡単なオードヴルを作って。
「…随分奮発したなあ…」
出されたシャンパンのラベルを見たフラガの感想に笑みを浮かべて。
「いいんですよ、このくらい。」
一人で過ごした時期はけして長くはないけれど。
「…一人で過ごさなくてもいい事に、感謝してるんですから。」
そう言ったキラはどんな顔をしていたのか、フラガは壊れものでも扱うようにそっとその小柄な身体を抱き締める。
「…もうずっと、一人じゃないさ。」
額をくっつけて囁く。それが嬉しかったのか可笑しかったのか、キラは軽く微笑った。
「…有り難うございます。」
間接照明だけを灯した、薄暗い部屋の中でキラは静かに言葉を紡いで、目を閉じる。
まるで、祈るように。