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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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こんな休日もいいかもしれない

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たまにはこんな休日を過ごしたっていい
柔らかくて大切な
大事な人と過ごす時間

 ある晴れた休日の昼下がり。石畳の敷かれた歩道の落ち葉を踏みながら歩く。片手には買い物袋を持って、もう片方の手に暖かい缶コーヒーを持って。晩秋の空は薄く靄がかかったように霞んで見えて、そろそろ冬支度を考え始める季節。
 向かう先はこの先にぽつんと立っているマンションの一室。
 部屋の主は休日出勤中で、不在だと言うことは承知している。折角の休日に、基地内の部屋でぼんやりしていても仕方がないので、先日学生から貰った雑誌を捲っていた時に思い付いた計画を実行してみることにした。
 元々キーは預かっているし、すっかり通い慣れてしまった道のりを散歩でもするように歩く。一応、免許は取ったけれど、車で行くほどの距離でもなく、訪ねる先に駐車スペースがない。
 全く反対の方向にあるショッピングセンターに寄ってから、木枯らしと言ってもいいほどの冷たい風の中を歩いて、マンションのエントランスに辿り付いた頃にはすっかり手も耳も冷たくなっていた。
 エレベーターに乗って向かった先の扉をカードキーで開けて中に入ると、幾分マシ、と言う気分になる。玄関先の壁に設置されている空調が反応して、動き始める。パネルに表示された設定温度に少しだけ眉を寄せて、ボタンを操作した。
 「…ちょっと、温度高過ぎですよ。」
 すっかりひとり暮しの節約癖が付いているのか、呟いた言葉は主婦のようだった。
 適当に上がり込んで、すっかり温くなった缶コーヒーをキッチンの片隅に置くと、買って来たものを冷蔵庫に入れる物と今使う物に分け始める。
 普段の食事は基地内の食堂で済ませることが多いのか、冷蔵庫の中身は殆どがビールだとかチーズだとか、それ以外は調味料だけで、思わず苦笑した。自分がひとりで生活していた時でも、もう少しマトモな物が入っていたような気がする。
 さんざん、いつ辞めようとかぼやいている癖に、こんな状態ではあの威勢のいい女性が仕切る食堂から自立するのは無理だな、と思いながら取り敢えず日保ちする食材を手早く庫内に納めた。
 郊外に立つ大型ショッピングセンターとはいえ、実際に出店しているのは開発にあたって移った地元商店が多い。小さな店が沢山軒を連ねるそこが好きで、自炊する必要が殆どないというのに週末ごとにキラは通い詰めだった。
 その暇潰しのような行動の所為か、顔馴染みの店員も増え、今日も焼き立てのデニッシュをおまけしてもらった。まだほんのりと暖かいそれを厚切りにして、食器棚を探して引っ張り出した耐熱ボウルに並べる。
 カウンタの上に出してあった卵をボウルに割り解して、粉砂糖を少しずつ加えて溶かす。手早く室温に戻すため、温めの湯煎にかけて温めた牛乳を加えて、泡立てないように混ぜ合わせる。笊に布巾を敷いて卵液を丁寧に漉して、バニラエッセンスを落とす。ふわりと漂った甘い香りに目を細めて、パンを敷き詰めたボウルに静かに流し込む。
 「…よし。」
 卵液がパンに染み込むまでに、オーブンを暖める。それからフライパンに水を張って沸かして、棚の中から出した蒸篭を軽く洗って絞った布巾を敷いた。
 なぜこの家に蒸篭が存在するのかと言うと、先週恐ろしいほど冷え込んだ日にフラガが突然肉まんが食べたいと言い始めた所為だった。コンビニに行けば年中取り扱っているというのに、わざわざ自宅で蒸した物が食べたいと言い張って、仕方なく買いに出掛けた。
 キラ本人も自炊していたから、人並みの調理は出来るし、調理道具の使い方も知っている。だから、どうせなら他の事にも使えるようにと少し大きめの物を購入してもらった。それでもその時、少しだけ自分の生活用品を処分したことを後悔した。
 余っていた卵を器に盛り分けて、蒸篭に並べて布巾をかけて蓋をする。そのまま細かい気泡が浮き始めたフライパンの上に乗せて蒸し始める。
 そこまでやって、オーブンが適温を告げた。
 パンの状態を確かめてから、グラニュー糖を乗せてボウルをオーブンに入れた。天板にはポットから熱湯を張って、湯煎焼きにする。タイマーをセットして、蒸している方の火力を調節して、小さいミルクパンを取り出して火に掛ける。大量の砂糖とほんの少しの水、ラム酒とオレンジキュラソーを加えて煮詰めていく。焦げた色が付き始めたところで火から外して濡れた布巾の上に置き、水を加えて薄めると、香ばしい香り漂うカラメルソースになる。
 キッチンタイマーが最初の時間を告げて、蒸していた方の蓋を取って竹串を刺し、状態を確かめる。竹串に何も付いて来ない事を確認して火を止め、蒸篭ごと濡れた布巾の上に下ろして粗熱を取る。
 オーブンの中を確認して、焦げ目が付き過ぎないようアルミ箔を被せて調節してから、薬缶を火に掛けた。お湯を沸かしている間にシンクに溜まった洗い物を片付けて、茶器を揃えた。時計を見ると、約束した時間が近い。
 「えーと、この間買ったお茶どうしたかな…」
 呟きながら扉を開けたり閉めたりしている内に、二度目のタイマーが鳴って慌ててオーブンを開けた。
 「…うーん、ちょっと失敗気味かな…」
 どうも、気泡が多すぎる気がした。おやつに食感まで求めないだろう、と勝手に納得して保温するためにアルミ箔を被せたまま布巾を掛けた。
 薬缶が沸騰を主張すると、タイミングよくドアが開いて部屋の主が帰宅する。
 「…寒くないか?」
 お疲れ様です、とキッチンの奥から声を掛けると、フラガは眉を止せてそう言った。そう言われても、キッチンで火を使っているキラには暑いくらいで、そうですかと首を傾げる事しか出来ない。
 「少佐が寒がりなんでしょう?」
 苦笑混じりにそう言うと、納得行かないと言う表情のまま上着を脱いでソファに放り投げる。
 相変わらず公式の場所以外では少佐のまま。本人は少しだけ不満そうな顔をするけれど、特に訂正される事もない所為で三ヶ月以上経った今もそのままだった。勤務先では「教官」と呼んではいるけれど、キラ本人もそう呼ばれる立場になっている為、紛らわしい事この上ない。それでも今の所マイペースに、それだけはあの頃と同じ感覚で。
 「…お茶にしましょう。着替えて来てください。」
 そう言って薬缶からティーポットに沸騰した湯を注いで、ついでにカップを暖める。
 比較的コーヒー派のフラガに今日は我慢してもらって、気に入って買った紅茶を淹れた。
 ダイニングのテーブルに保温しておいたパンプディングと取り皿を運んで、紅茶をカップに注いでいるとセーターに袖を通しながらフラガが戻って来た。
 「…やけに甘い匂いがすると思った。」
 苦笑しながらテーブルの上に並んだデザートを一通り眺めて、フラガは言う。甘い物に関して、フラガは人並みだけれどキラはかなりの甘党だ。任せてもらっているのだから、たまには自分の好きなものでも文句は言わせない。
 「本に載ってて。作ってみたかったんですよ。」
 これでも甘さは控え目です、と言ってボウルから小皿に取り分けたそれに、カラメルソースを添えてフラガの目の前に置いた。
 微妙な顔をしながらスプーンで掬った黄色い塊を口に運ぶ様子を観察しながら、キラは紅茶を啜った。