雪の華
こんな穏やかな時間が
ずっと続くようにと
夜空に願う
それは一通の電子メールから始まった。
「…なあ、アスラン。キラって今地球?」
食事時に久し振りに顔を合わせた同僚はそう言って、アスランのトレイにさりげなく視線を走らせる。
「…そうだけど、それがどうかしたのか。」
相変わらず和洋折衷だねぇと呟くディアッカに少しだけ苛つきながら答える。
キラが地球に降りてから、四ヶ月近くが経過していた。ごく近しい友人や両親、姉弟のみにその近況を自分で知らせてはいたようだったから、当然目の前に座る同僚もそのことは知っている筈だった。
「…あのさあ、地球ッつっても広いだろ。どこら辺?」
どう見ても東洋系には見えない同僚が器用に箸を使いながら訊ねる。さて、と言ってアスランは首を傾げた。
「確か、旧アメリカ大陸の方じゃないのか。俺はあんまり詳しく聞いてないけど…あの人がいるから。」
自分でもかなり不機嫌さが滲み出ている事は自覚している。それを面白そうに聞きながら、ディアッカは隣りの椅子を占拠していたノートパソコンを突然広げて、メールアドレス、と呟く。
「…は?」
あまりにも突然変わった話題に、一瞬思考が付いていけずに聞き返すと、メールソフトを起ち上げていたディアッカは、だからメールアドレスだよ、と言って画面アスランに向けた。
「キラの。…復帰したんだろあいつ。一般アドレスじゃなくて、軍用の。お前なら知ってると思ってさ。」
ちょっと急ぐんだよな、と言って送信先が空の画面を押しつけられる。そのメールには、添付で何かのファイルが付いていた。
「…知ってる…けど、添付はコードが特殊だから保障しないぞ。メール見ろって先に送ってから個人アドレスに送り直した方がいいんじゃないのか?」
その答えに、ああそうか、と呟いて取り敢えず用件だけ打ちこんで口頭で教えたアドレスにメールを送る。
「…なんなんだよ、それ。」
添付されたものについて訊ねると、ディアッカは楽しそうに笑う。
「いや、ちょっと遅れたけど復帰祝い。師匠から貰ったんだけど、プラントにいるんじゃあ行かれないし。」
ちょうど二人分、と言って控えらしいファイルを開く。
「…お、んせん…?」
ディアッカが師匠と言えば、古典芸能の師匠しか思い当たらない。確か、東の端の島国の出身。
「師匠今里帰りしててさ。どうせなら彼女でも連れて遊びに来いって事なんだろうけど、生憎そんなのいないし。しかも遠いし?どうせなら近くにいるやつらに行ってもらった方が無駄がないだろ。」
しばらく呆然としていて、フォークの先からパスタが落ちている事にも気付かずに。
確かに、行けばいいと言ったのは自分だ。悔しいけれど、キラにはあの人が必要だ。少なくとも、今は。けれど、幼馴染が離れて行くのは当然寂しくて、悔しくて。距離的な問題は仕方なくても、心は変わらずにいると思いたいのに。
「…ディアッカ。」
うめくように絞り出した声に、名前を呼ばれた相手は一瞬引く。
「月末、休暇、とるから。」
付き合えよ、と言った気迫に押されたのか、この時うっかり頷いてしまった事をディアッカは激しく後悔した。
けじめを、つけに行く。
「なあ、今度の休みどっか行くか?」
暇そうに欠伸を噛み殺して呟く人は、当然のようにキラの執務室にいた。来客用のソファに陣取って、学生の誰かから借りたらしい携帯ゲームに夢中になっている。遊ぶ大人を目前に、キラは黙々と試験の回答にチェックを入れていた。そんな中、唐突にフラガがそう言って、顔を上げる。
「…はあ…?」
仕事に関して、と言うより生活全般にこの人は興味のある事以外はとことんどうでもいいらしい。今現在も、キラが仕事をしているのに対して、フラガはサボっている。昼過ぎにふらりと入って来て、もう三時間ほどが経過していると言うのに。そろそろ戻した方がいいかも、と思っていた矢先。
なんの脈絡もないその言葉に、キラは間の抜けた返事を返す。
「…だから、今度の休み。試験も終ったし、長期休暇あるだろ。どっか行こうかってさ。」
ゲームオーバーになったのか、小さく悪態をついてゲームの電源を落としてフラガはそう言った。
「…どこかって、どこに…?」
勤務先が休みである以上、他に仕事がなければまとまった休暇を取る事は出来る。クリスマスが目前に迫った時期だけに、世間は既に休暇気分だった。
「だから、ちょっと遠出しようかと思ってさ。」
部屋の片隅に置かれたコーヒーメーカーを勝手にいじって、二人分のコーヒーを淹れながら、フラガは楽しそうに言った。
「キラが帰って来て最初の長期休暇だし。折角だからな。」
その嬉しそうな言葉を聞いて、キラは苦笑する。自分だって楽しみではないはずがない。溜まっている仕事は休み前に片付くだろうし、多分両親のところには帰らないだろうとも思っていた。カガリに位は顔を見せに行った方がいいのかもしれないけれど、彼女は彼女でこの時期は多忙だろうとも思う。年末年始はイベントが目白押しだろうから。
「今から予定立てるんですか?どこも一杯ですよ。」
キラにとってはどこだって良かった。ただ、この人と一緒に過ごす時間が多ければそれでいい。
「…うーん、どこかゆっくり出来るところがいいよなあ。」
そんな心中を知ってか知らずか、フラガは一応持参していたノートパソコンを開いて何事か調べ始めた。
「…それは後でもいいでしょう、先に採点した方がいいんじゃないですか?」
少し呆れ気味に呟いた時、画面の端にメールの着信を知らせるアイコンが点滅した。キラに直通の、軍用メール。送信元のコードは、プラントになっている。
「…アスラン…?」
幼馴染以外に、このアドレスは知らせていない。一瞬何かあったのかと思ってそのメールを開くと、差出人の名前に軽く目を見開く。あまりにも意外な名前で、たった一言キラが個人で使用しているメールを今すぐチェックしろとだけ書いてあった。
「…なんなんだよもう…」
現在使用中のソフトを終了させて、回線を外部接続にまわす。パスワードを打ち込んでメールボックスを開くと、簡単な言葉で復帰おめでとう、と書かれたメールが入っていた。少しだけ皮肉を込めて見えるのは、彼の性格だろうか。苦笑しながら添付されて来た物を見て、今度は驚いて目を見開く。
「…少佐。」
親友ならともかく、殆ど音信不通と言ってもいいほどの彼から、宿泊施設の招待チケットが届くなんて。
「どうした?」
声を掛けたまま黙っていると、フラガがパソコンを放り出してキラの目の前にあるモニタを覗き込む。
「…休暇の行き先、決まりましたよ…」
幾分落ちつくと、随分と距離があるけれどそこに行ってみたいという興味が湧く。何処に、と言ったフラガの顔を見上げて笑みを浮かべた。
灰色の雲の合い間から、青い空が時折覗く。乾いた冷たい風が頬を撫でていって、思わず首を竦めた。
飛行機を乗り継いで約一日、目的地である島国の大地に立っている。目の前のに広がるのは、雑然とした街並み。何処か懐かしく感じる、一種独特の田舎の風景。
「…さみー…」
ずっと続くようにと
夜空に願う
それは一通の電子メールから始まった。
「…なあ、アスラン。キラって今地球?」
食事時に久し振りに顔を合わせた同僚はそう言って、アスランのトレイにさりげなく視線を走らせる。
「…そうだけど、それがどうかしたのか。」
相変わらず和洋折衷だねぇと呟くディアッカに少しだけ苛つきながら答える。
キラが地球に降りてから、四ヶ月近くが経過していた。ごく近しい友人や両親、姉弟のみにその近況を自分で知らせてはいたようだったから、当然目の前に座る同僚もそのことは知っている筈だった。
「…あのさあ、地球ッつっても広いだろ。どこら辺?」
どう見ても東洋系には見えない同僚が器用に箸を使いながら訊ねる。さて、と言ってアスランは首を傾げた。
「確か、旧アメリカ大陸の方じゃないのか。俺はあんまり詳しく聞いてないけど…あの人がいるから。」
自分でもかなり不機嫌さが滲み出ている事は自覚している。それを面白そうに聞きながら、ディアッカは隣りの椅子を占拠していたノートパソコンを突然広げて、メールアドレス、と呟く。
「…は?」
あまりにも突然変わった話題に、一瞬思考が付いていけずに聞き返すと、メールソフトを起ち上げていたディアッカは、だからメールアドレスだよ、と言って画面アスランに向けた。
「キラの。…復帰したんだろあいつ。一般アドレスじゃなくて、軍用の。お前なら知ってると思ってさ。」
ちょっと急ぐんだよな、と言って送信先が空の画面を押しつけられる。そのメールには、添付で何かのファイルが付いていた。
「…知ってる…けど、添付はコードが特殊だから保障しないぞ。メール見ろって先に送ってから個人アドレスに送り直した方がいいんじゃないのか?」
その答えに、ああそうか、と呟いて取り敢えず用件だけ打ちこんで口頭で教えたアドレスにメールを送る。
「…なんなんだよ、それ。」
添付されたものについて訊ねると、ディアッカは楽しそうに笑う。
「いや、ちょっと遅れたけど復帰祝い。師匠から貰ったんだけど、プラントにいるんじゃあ行かれないし。」
ちょうど二人分、と言って控えらしいファイルを開く。
「…お、んせん…?」
ディアッカが師匠と言えば、古典芸能の師匠しか思い当たらない。確か、東の端の島国の出身。
「師匠今里帰りしててさ。どうせなら彼女でも連れて遊びに来いって事なんだろうけど、生憎そんなのいないし。しかも遠いし?どうせなら近くにいるやつらに行ってもらった方が無駄がないだろ。」
しばらく呆然としていて、フォークの先からパスタが落ちている事にも気付かずに。
確かに、行けばいいと言ったのは自分だ。悔しいけれど、キラにはあの人が必要だ。少なくとも、今は。けれど、幼馴染が離れて行くのは当然寂しくて、悔しくて。距離的な問題は仕方なくても、心は変わらずにいると思いたいのに。
「…ディアッカ。」
うめくように絞り出した声に、名前を呼ばれた相手は一瞬引く。
「月末、休暇、とるから。」
付き合えよ、と言った気迫に押されたのか、この時うっかり頷いてしまった事をディアッカは激しく後悔した。
けじめを、つけに行く。
「なあ、今度の休みどっか行くか?」
暇そうに欠伸を噛み殺して呟く人は、当然のようにキラの執務室にいた。来客用のソファに陣取って、学生の誰かから借りたらしい携帯ゲームに夢中になっている。遊ぶ大人を目前に、キラは黙々と試験の回答にチェックを入れていた。そんな中、唐突にフラガがそう言って、顔を上げる。
「…はあ…?」
仕事に関して、と言うより生活全般にこの人は興味のある事以外はとことんどうでもいいらしい。今現在も、キラが仕事をしているのに対して、フラガはサボっている。昼過ぎにふらりと入って来て、もう三時間ほどが経過していると言うのに。そろそろ戻した方がいいかも、と思っていた矢先。
なんの脈絡もないその言葉に、キラは間の抜けた返事を返す。
「…だから、今度の休み。試験も終ったし、長期休暇あるだろ。どっか行こうかってさ。」
ゲームオーバーになったのか、小さく悪態をついてゲームの電源を落としてフラガはそう言った。
「…どこかって、どこに…?」
勤務先が休みである以上、他に仕事がなければまとまった休暇を取る事は出来る。クリスマスが目前に迫った時期だけに、世間は既に休暇気分だった。
「だから、ちょっと遠出しようかと思ってさ。」
部屋の片隅に置かれたコーヒーメーカーを勝手にいじって、二人分のコーヒーを淹れながら、フラガは楽しそうに言った。
「キラが帰って来て最初の長期休暇だし。折角だからな。」
その嬉しそうな言葉を聞いて、キラは苦笑する。自分だって楽しみではないはずがない。溜まっている仕事は休み前に片付くだろうし、多分両親のところには帰らないだろうとも思っていた。カガリに位は顔を見せに行った方がいいのかもしれないけれど、彼女は彼女でこの時期は多忙だろうとも思う。年末年始はイベントが目白押しだろうから。
「今から予定立てるんですか?どこも一杯ですよ。」
キラにとってはどこだって良かった。ただ、この人と一緒に過ごす時間が多ければそれでいい。
「…うーん、どこかゆっくり出来るところがいいよなあ。」
そんな心中を知ってか知らずか、フラガは一応持参していたノートパソコンを開いて何事か調べ始めた。
「…それは後でもいいでしょう、先に採点した方がいいんじゃないですか?」
少し呆れ気味に呟いた時、画面の端にメールの着信を知らせるアイコンが点滅した。キラに直通の、軍用メール。送信元のコードは、プラントになっている。
「…アスラン…?」
幼馴染以外に、このアドレスは知らせていない。一瞬何かあったのかと思ってそのメールを開くと、差出人の名前に軽く目を見開く。あまりにも意外な名前で、たった一言キラが個人で使用しているメールを今すぐチェックしろとだけ書いてあった。
「…なんなんだよもう…」
現在使用中のソフトを終了させて、回線を外部接続にまわす。パスワードを打ち込んでメールボックスを開くと、簡単な言葉で復帰おめでとう、と書かれたメールが入っていた。少しだけ皮肉を込めて見えるのは、彼の性格だろうか。苦笑しながら添付されて来た物を見て、今度は驚いて目を見開く。
「…少佐。」
親友ならともかく、殆ど音信不通と言ってもいいほどの彼から、宿泊施設の招待チケットが届くなんて。
「どうした?」
声を掛けたまま黙っていると、フラガがパソコンを放り出してキラの目の前にあるモニタを覗き込む。
「…休暇の行き先、決まりましたよ…」
幾分落ちつくと、随分と距離があるけれどそこに行ってみたいという興味が湧く。何処に、と言ったフラガの顔を見上げて笑みを浮かべた。
灰色の雲の合い間から、青い空が時折覗く。乾いた冷たい風が頬を撫でていって、思わず首を竦めた。
飛行機を乗り継いで約一日、目的地である島国の大地に立っている。目の前のに広がるのは、雑然とした街並み。何処か懐かしく感じる、一種独特の田舎の風景。
「…さみー…」