二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

作る喜び、食べる幸せ。

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
じゃがいもを取りにおいで、と言う連絡が入った。
 薄く積った雪が残る窓の外を見て、首を傾げる。じゃがいもの収穫期は夏の終わり。季節が合わない。
「…今頃?」
 年中様々な野菜が旬を無視してスーパーに並ぶ昨今、別に不思議な事ではないのかも知れない。元々じゃがいもは長期保存の利く野菜だ。自分で購入して来ても、何週間かはキッチンの隅に転がっている。
 連絡をくれたのは、郊外に広い農場を持つ老人。夏に訪れてから、頻繁に世話になっていた。
 寒いのは苦手だと豪語して憚らないフラガは、ソファの上から動こうとしなかった。恐らく、農場に行く、なんて言ったら根が生えたどころか強力な接着剤かコンクリートで固めてあるかのように動かなくなるのだろう。
「少佐、今から出かけますけど。」
 それでも一応、声を掛けてみる。気の抜けた返事をして首だけを動かすフラガは、どこ行くんだ、と続ける。
「…別に。」
 とてもやる気のない顔を見ていたら、無理に引っ張って行かなくてもいいか、と思い直した。
「農場ですけど。…行って来ます。」

 人手が要るとは聞いていなかったし、とキラは一人で車を走らせる。市街地を抜けてしまえば、制限速度があってないような広いアスファルトが、畑の真ん中を突っ切っていた。灰色の空の下をのんびりと走る車を追い抜きながら、すっかり通い慣れてしまった道を辿る。時間にして三十分ほど、見慣れた赤い屋根の小屋が見えると、側道にハンドルを切った。
 先日舞った雪が、市街地よりもたくさん残っている。平地とは言え、多少は気候に違いがあるのかも知れない。舗装されていない道は、雪が溶けて泥水が所々に溜まっている。それをなるべく避けながらキラにしては随分ゆっくり進んで行くと、農場の入り口に当る簡素な木戸に突き当たった。開いた木戸の向こうで、着膨れた小柄な老人が牛に餌をやっている。
「…こんにちは。」
 どのみち吐き出す排気音がうるさい車の存在に気付いていない筈がない。窓を開けてそう言うと、老人は牛の背を叩きながら頷いた。

 土が付いたまま段ボール箱に詰め込まれたじゃがいも。そろそろなくなる頃かと思っての、と老人は笑う。
 普通、常温で保管していると芽が伸びて来る。ソラニンと言う毒素があって、なにより蓄えた筈の栄養素を吸い取ってしまうから余計に保存に注意を払う。その分、旨みが減ってしまう事が単純に悔しいのだ。ソラニンは熱を加えれば分解され、無害になるのだけれど。
 芽が出てくるのを防ぐ為に収穫の時期に掘り起こした状態のまま、巨大な冷蔵庫で保管すると半年以上収穫した状態で保つ事が出来る、と老人は言った。地下にあった所為か、湿り気を帯びた土はまっ黒で独特の香りがする。
 土の匂いが、キラはとても好きだ。ここに通って来るようになってそうなった。
 何よりも、老人が丹精を篭めて実らせた野菜達がとても好きで。収穫を手伝う内に、全く母なる大地とは良く言ったものだと感心した。
「有り難うございます。」
 代金は毎月決まった額が口座から引かれるため、ほとんど手ぶらでここに来る。じゃがいもの詰まった箱を抱えて車に運んでいると、老人は蜂蜜とジンジャーがたっぷり入った紅茶を勧めてくれた。
「シチューにするとええのぅ。」
 そう続けてカップを受け取って両手が塞がったキラを他所に、同じように保存されていた人参、自家製のチーズと生クリーム、バターなどを小さな箱に詰め込んだ。先の箱だけでも代金以上の物を貰っているのに。
「あの兄ちゃんは寒がりじゃろなぁ。」
 皺を深くして笑いながら老人は言う。あったかいもんが必要じゃろ、と続けて。
 冬になる前はたしかにフラガと一緒にここに来ていた。それだけの情報でそんなことまで考えてくれたのかと思うと、感心すると同時に深く感謝する。
 たしかに、茹でたじゃがいもだけでも温かそうだ、と思うから。

 何を作ろう、とハンドルを握って考える。
 振動でミルクの瓶が小さな音を立てた。
 やっぱり老人の言う通り、帰ったらシチューを作ろうかな、と思った。
 寒がりで、良く食べる人だから。
 美味しい、と言って食べてくれる人がいるから、作ろうと思う。
 そう言ってくれる大切な人がいるから。

 そんな日常の些細な事が、とても嬉しかったり、する。






 食は生き物の基本だ。
 だからやっぱり、美味しい物を食べている時は幸せだと思う。
 誰かと一緒なら、尚更。

 灰色の空から、白い欠片が舞い降りて来た。暖冬だ異常気象だと騒いでいる癖に、人間の事情などお構いなしに気まぐれな自然はこうして手の届かない所から全てを支配している。
 ぼんやりと窓の外を眺めて、何度目か分からないコーヒーを淹れにキッチンに立った。キラが出掛けて行った時間と農場の老人の事を考えると、そろそろ戻ってくる頃だと当りをつけて残っていた濃いコーヒーを流して新しい物をセットする。
 寒いのが嫌いで、だから外に出たくない。非常に、分かり易い理由だ。それに仕方がないですね、と呟いて食料調達に出掛けて行ったキラを迎える為に、お茶の用意くらいはしておかなければ。
 寒さが苦手なフラガに対して、キラは暑さに弱い。苦手だとか、そう言うレベルの問題じゃないくらいに。全く色々対称的だ、と思うと面白い。だからこそ、上手く行っているのかも知れないけれど。
 セットしたビーカーにコーヒーがいっぱいになる頃、聞き慣れた排気音がマンションの下から響いて来た。優秀なコーディネイターの中でもトップクラスに位置する二人組に玩具にされたそれは、恐らく普通の人間では乗りこなせない。と言うか、乗りたくない、と正直にフラガは思っている。
 これだけ距離があっても響き渡る排気音は、いつもキラが玄関を開ける頃にターボタイマーのお陰で自動的に切れるようになっているから、そろそろ上がって来るかな、と思ってコーヒーカップを出していると、インターフォンが鳴った。
「…どうした?」
 この場合は、勝手に入ってくるのが普通だ。わざわざインターフォンを使ったのが不思議でそう訊ねると、両手が塞がってます、と言う返事が聞こえた。そう言えば受け取って来ると行っていたのはじゃがいもだったな、と思い出しながら作業を中断して玄関を開けると、段ボール箱がふたつ、いた。正確には持った箱に阻まれてキラが見えなくなっていただけだったが。
「もー限界。」
 おぼつかない足許で玄関先に箱を下ろして肩で息をするキラにお疲れさん、と言って笑う。ぺたりと座り込んだキラを他所に、たった今下ろされた箱を二つ軽い動作で持ち上げる。
「…お、何かオマケ付き?」
 蓋が開いたままの小さな箱の中を覗いてそう言うと、キラはなんとなく複雑そうな顔をして頷く。多分、悔しいのだろう。それに小さく笑ってから抱えた箱をキッチンに運ぶ。
「コーヒー入ってるぞ。」
 フードストッカーの横に箱を下ろすと、重い腰を上げたキラが先にカップにコーヒーを注いでいた。
「有り難うございます。」
 どことなく不機嫌さが残る声が聞こえた。カップを二つ持ったままのキラはそれでも笑顔だから怖い。
「…どういたしまして。」