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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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いただきますの、その前に。

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手放したくないもの。
幸せで、暖かければなお。

それでも、朝日は必ず世界を照らす。



 例えば、体格だとか、体力だとか、身長だとか。どうしたって追い越せないものだってある。
 きっといつかは追いつけるかも知れないけれど、今の所自分がまだこの人の背中を追っているのだと言う自覚を促しただけだった。
 秋も深まったある日の朝、暖かな腕の中で目を覚ます。心なしか重たく感じられる腕を持ちあげて、ベッドサイドに置かれた目覚まし時計を引き寄せた。
 「…あー…マズイ、かも…」
 ぼんやりと呟いて、キラは身体を起こす。そろそろ起き出さなければ、朝食を採る時間も無く遅刻だ。
 「…少佐、朝ですよ。」
 隣りで憎たらしいくらいに睡眠を貪っている人の肩を揺すって、無駄だと知りつつも声をかける。フラガはとても朝に弱い。キラだって寝起きが良い訳ではなかったけれど、この人と過ごす内にだいぶそれは改善されたように思える。こんな状態で、良く一人で起きていたものだ、と感心したやら呆れるやら。
 付き合いきれない、と軽く溜息を吐いて寝癖のついた髪を掻き回しながらベッドを抜け出すと、止まっていた目覚まし時計をセットし直した。
 大丈夫かなあ、と苦笑混じりに零して、バスルームに向かう。目覚ましが鳴るまでに、やることはたくさんあるから。


 湿り気を帯びた髪。首から下がったままのタオルで時折雫を拭いながら、控え目の音量で流れるニュースに耳を傾ける。半分ほど開けた窓から、少し冷たい風ガ流れ込んで来て、、ぼんやりした頭を覚醒させる。
 時報を聞きながらソファから立ち上がって、キッチンカウンターの上に畳んであったエプロンを広げた。
 ピンクのチェックが基調のそれは、およそ独身男性の部屋には似合わない。それがあるとすればシチュエーション的に、恋人と呼べる女性がいる場合、だろうとキラは思う。突然置いてあればとてつもなく修羅場になっただろうけれど、これはフラガがある日唐突に持って帰ってきたものだ。
 キラが自分で持ち込んだエプロンは、フラガが洗濯に失敗してダメにしてしまった。正確にはなぜか洗濯の後にアイロンを掛けようとして焦がしてしまったのだけれど。
 普通、エプロンにアイロンは掛けないんじゃないだろうか、と呆れ混じりに言ったキラに、その人は笑って「たまには良いのかなと思って」と呟いた。普段はほとんどアイロンなんか使わない癖に、と口には出さずに悪態を吐いて、お気に入りだったエプロンのなれの果てはリサイクルにまわした。さすがに、エプロンをつけたまま外に出る訳ではないとは言え、とても目立つ所にアイロンの形がくっきり残っているのは少しみっともない。
 そんな事件の数日後、唐突にフラガが買って来たのがこのメルヘンなエプロン。
 暫くまじまじと渡されたそれを見て、コレをこの人が選んで、レジに並んだのかと思うととても可笑しくて、目の前で爆笑してしまった。少しだけ心外な、と言う顔をして見せた後に、フラガは意地の悪い笑みを浮かべて。
 「…気に入っていただけたようでなにより、だ。」
 そう呟くから、キラだって使わないわけにはいかなくなってしまった。今思えば、確信犯だったに違いない。
 そんな諸々の事情で、大変不本意だけれどとりあえずこのメルヘンなエプロンを手に、キッチンの片隅に置かれた冷蔵庫の中を覗く。
 卵とチーズ、ベーコン。野菜室の中から、トマトとレタス、キュウリにタマネギ。フードストックからツナ缶を引っ張り出して、キラはメニューを組み立てる。
 「…オムレツ…とトーストで良いかなあ…?」
 タマネギはみじん切り、チーズも細かなサイコロ切りにする。ベーコンは半分を短冊切りにして、残りは三センチ幅に切り分ける。細かい方はオムレツに、残りはかりっと焼いてサラダ用だ。
 冷凍庫から氷を出して、ボウルに水を張る。冷たい水にレタスを千切って放し、キュウリを斜めにスライスする。水分が出るからトマトは最後にまわして、まな板の上の水気を拭き取った。
 ブレッドケースから出した食パンの固まりから、少し厚めに切り分けたパンに包丁を入れて、ホイップバターを薄く塗る。暖めたオーブンにそれを入れて、表面が少しきつね色になるまで温める。焼きすぎないように注意しながら、パリっとしたレタスを笊に上げて水を切る。その中の一枚を千切りにして避けておく。
 ツナ缶の余分な油をペーパータオルの上に広げて吸わせて、みじん切りにしたタマネギとほんの少しのマスタードとマヨネーズで和える。軽く焼いたトーストにトマトピューレを塗って、ツナを乗せて再びオーブンに戻す。焦げないように温度を調節してから、ボウルに卵を割り解して、刻んであったタマネギとベーコンを軽く炒める。タマネギが透き通って来たら一度フライパンから上げて、残っていたベーコンにしっかりと火を通す。
 流れていたニュースが、そこで時報を告げた。同時に、聞き慣れた電子音が響き始める。
 「…あ、そろそろ起こさなきゃ。」
 ベーコンを焼いたフライパンを一度洗ってから、キラはエプロンを外した。コレをしたまま起こしに行くのはなんとなく癪だ。タダでさえ寝汚いフラガは、一度や二度で起きる筈がない上に、目を覚ました時にメルヘンエプロン装備のキラを見たらまたとても下らない事を口走るに決まっている。ある意味、これは戦いだ。ただし、酷く下らないけれど。
 溜息をつきながら、半開きになったドアに手を掛けたとき、とてもイヤな音がした。ゴン、の次にガチャン、だ。ああまた、と思いながらもそっと部屋の中を覗き込むと、広いベッドの真中で恐らく目覚ましを払いのけた格好のまま惰眠を貪る人が、居た。
 だらしなくベッドから垂れ下がった指先から視線を動かすと、転がった目覚ましが目に入る。壁際にひっくり返ったまま沈黙しているそれに無言で歩み寄って拾い上げると、針は外れているわ、皹は入っているわ。何代目かの果敢な挑戦者は、無残にも何度目かの敗北の末についに壊されてしまった。
 「…また…」
 目覚ましを買い直さないと、と溜息を吐いて、無駄かなと思いつつもベッドの上のその人の肩をかなり強引に揺すった。
 「少佐、起きて下さいってば。遅刻ですよー?」
 声を掛けても、うつ伏せのままあーとか、うーとか意味不明の寝言もどきを繰り返すばかりで。
 何度目かの溜息を吐いた時に、キッチンからオーブンが動作終了を告げた。暖かい朝食を採る為には、どうしてもここで起こさなければならない。壊れた目覚ましを元の位置に置いてからキッチンに戻ったキラは、とても古典的だけれど効果も絶大な方法を取るべく、まだ濡れたフライパンを手に取った。軽く水滴を拭ってから、引き出しを開けて、銀色に光るステンレス製のおたまを握ると、開いたままの部屋の向こうを睨んだ。
 「…今日こそ、容赦しませんからね。」
 目を細めて宣言すると、未だ夢の中のフラガに向かってふわりと笑った。
 ここに来れば、必ず繰り広げられる光景。
 恐らく、こんな事に共感出来るのは世の母親達だけだろう、と思う。大多数の人は乾いた笑いを零すくらいしか対処のしようがない、下らないことなのだ。