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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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銀のスプーン

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何気なくつけたテレビのニュースで、いつも見掛ける中年のキャスターではなく若い女性アナウンサーが座っていて、しきりに今年は性質の悪い風邪が流行っていますと繰り返していた。その時はなんとなくそうなのかな、と思っただけだった。
 いつものように宿舎を出て執務室に入ると、珍しく青い顔をした副官がぼんやりと自分のデスクに座っていて、おはようございますと声を掛けると幽霊みたいな声で今日は帰らせて下さい、と言った。
「…風邪ですか?」
 ほんの数十分前に仕入れた情報からそう訊ねると、とてもゆっくりした動作で頷いて。
「感染源になる前になんとかしようかと…」
 本当に幽霊みたいだ、と本人に言ったら大概失礼な感想を持ちながらも、キラはお大事に、と言って苦笑を返す。ゆらゆらと危なっかしい足取りで出て行く副官の後ろ姿を見送りながら、ふとあの人平気かなあ、と薄く雲の掛かった空を見上げて呟いた。


 最初におかしい、と感じたのは、モニタに映った文字がぼんやり霞んで見えた事だった。
 年末の短い休暇の前に、担当している結構な数の学生達に成績をつけなくてはならない。その作業が元々デスクワークが嫌いなフラガは中々進まず、今頃になっても端末と睨めっこしている状態だった。
 慣れないモニタを見詰めすぎて目が霞んでいるくらいなら引き出しに入っている目薬を使ってなんとかなる筈だった。ところがそれを実行しても改善が見られない。それ所か気を抜くとすぐにぼんやりとして、作業が止まってしまう。
「…なんでアヒルが並ぶんだよ…」
 そんなわけないだろ、と自己完結しながらも少し休憩を取る事にしてデスクから立ち上がる。
 目聡くその意図を読み取った副官が何も言わずにコーヒーを淹れ、ほとんどフラガの仮眠かサボリ用として利用されている応接セットのテーブルに用意していく。それを目で追いながらもただ突っ立ったままのフラガを不思議に思ったのか、彼女はどうかしましたか、と言って軽く肩を叩いた。その途端、世界が廻る。
「…うっわ…びっくりした…」
 大きく態勢を崩したものの、軍人として訓練された副官にしがみついてひっくり返ると言う情けない事態は回避出来た。けれど彼女は言葉もないほど驚いたらしく、まじまじと観察しておもむろにフラガの額を叩くように手のひらを押し付けた。
「…フラガ教官、熱があるようですよ。」
 常に冷静で、適度に洒落の通じる彼女も、今回ばかりはあまりにも珍しい事態に声が上ずっている。
「…熱ぅ?」
 言われたほうも珍しくて思わず間抜けにも反芻してしまった。
 とにかくそこに横になって下さい、と言う彼女に半ば引き摺られるようにソファに沈むと、発熱を意識した所為か唐突に頭の奥で鐘が鳴るような鈍い痛みが広がる。
 珍しいなぁ、と呟いて苦笑を零すと、副官が呆れたように普通自分では言いませんよ、と溜息を吐いて。執務室に備え付けられたメディカルボックスからシートタイプの冷却材を取り出して無造作にフラガの額に貼りつける。隣りの教材やらなにやらが詰まっている部屋から仮眠用の毛布を持ち出して被せたあと、彼女はフラガのデスクにある通信端末を取って当たり前のように講義中の筈の相手を呼び出した。
「ヤマト教官を呼んでちょうだい。」

 ここは軍事施設で、自分は一応軍人だから、緊急呼び出しが掛かることくらい想定している。呼び出された先が一応上官に当る人の執務室だったら、大抵は何かしでかしたか、軍事行動があるかのどちらかだ。たまにお茶汲みに呼ばれた、とか言う話も聞かない訳ではないけれど、あの人に限ってそんな馬鹿げた事でいちいち呼ぶ訳がない、と思いたい。
 そんな事を考えながら、講義を途中で交代して各教官の執務室が並ぶ廊下を通り抜け、階段を上がる。その階級に見合って、フラガの執務室は最上階にある。
 なんとかは高い所が好きって本当ですねと呟いたらその人は笑い転げていたけれど、呼ばれる方はここまで来ること事体面倒だと思っている人間が大半を占めているのだから仕方がない。
 そんな諸々の思考をふっとばすような現実が扉の向こうで待っていた。
「………珍しい、ですね…」
 ほらやっぱり、と言って気の抜けた笑みを浮かべたフラガは、ソファの上で芋虫のように丸くなっていた。
「…風邪ですか…」
 ニュースは正しいのかも知れない、と今更な感想を持ちながらも丸くなったフラガに訊ねると、その人はだと思う、なんて不確定な返事を寄越した。
「すみません、講義中に。」
 困ったような呆れたような微笑を浮かべるフラガの副官は、少ない荷物を纏めて差し出した。皺になった上着と、フラガにしては珍しい書類ケース。そう言えば成績を付けているとかなんとか零していた事を思い出した。
「不可抗力、でしょう?」
 緩やかに笑みを浮かべると、彼女は下に車を呼んであります、と言った。
「あとはお任せいたします。一応、これを。」
 そう続けた彼女の手のひらには、冷却シートと市販の風邪薬の箱が乗っていた。
 面倒だからこのまま、と言って毛布ごとふらふら立ち上がったフラガを慌てて横から支えると、なんとかは風邪ひかないとか言って笑ってなかったっけ、と恨みがましそうに呟く声がする。それに苦笑を返して訂正、と続けた。
「気付いたから。気付かない人の事指すんですよ、それ。」
 納得いかない、と唸り続けるフラガを促して室内を振り返ると、微笑ましいといわんばかりの女性が手を振って見送ってくれた。

 寒いんなら上着着ればいいのに、とも思ったけれど、取り敢えず毛布を引き剥がすのが可哀想になるくらい小刻みに震えていたから止めておいた。
 用意されていた車は普段構内を走っている軍用ジープではなくて、ごく普通のワンボックスカーだった。どこかで見た事のある顔の青年がのんびりと運転席に座っていて、今日は風邪ッぴきが多いですねぇ、と言って苦笑を零す。
「さっきあなたの副官、病院送りになりましたよ。」
 笑顔で吐く台詞じゃない、と思いながらも曖昧に笑みを浮かべる事しか出来ない。
「…色々すみません…」
 それだけ言って後部座席にフラガを押し込むと、真っ直ぐマンションに帰るべきか先に病院に行くべきか少し考える。どちらにしますか、と訊ねようとして隣りに視線を向けると、とても嫌そうな顔で部屋に帰る、とフラガは呟いた。
「少佐、病院行った方がいいですよ。滅多に風邪ひかない人は長引くんです。」
 いつもならこういう時に一番効力を発揮する筈の微笑付きでそう言ったら、その人は上官命令、と言う最終手段を以ってドライバーにマンションに帰るように告げた。
「…いいんだよ、寝てりゃ治る。」
 薬ならそこにあるし、と言って示された先には、キラが握ったままになっている風邪薬の箱が見える。歪んだ紙の箱をしばし見詰めて、溜息を吐いた。
「…全く、大きな子供ですね…」
 これで粉薬が飲めないとか言ったらどうしよう、と半ば本気で思案している内に見慣れたフラガのマンションの前で車は止まった。
作品名:銀のスプーン 作家名:綾沙かへる