銀のスプーン
それはそうなのだけれど。
添えられた白いカードには、なかなか小洒落た事が書いてある。
「幸せを掬って下さい、か…」
ふうん、と呟いたフラガはなんとなく楽しそうだった。用意された飲み薬がそのまま残っている事を思えば、それらは綺麗に意識の外に飛んでいるのだろう。
「…上手い事いいますねぇ。」
敢えてそのことには触れず、相槌を打つ。
そう言えば冷蔵庫に入れたままのゼリーはどうしようか、と余計な事まで考えていると、タイミング良くなに買って来たんだ今日は、と聞いて来た。
「ゼリー、ですけど…」
食べますか、と聞いたら首を振る。今はな、と続けて苦笑を零し、そこで漸く白い錠剤を摘んだ。
「…そうですね。」
食欲がない事は、先ほどの食事量から窺える。生ケーキと言えども他のものよりは多少日保ちする事を考えて、翌日のデザートにまわす事にした。
フラガがとても嫌そうな顔で薬を飲む所を監視しながら、手許の小さなスプーンを眺める。小ぶりのそれは、本当に子供の口には丁度良いくらいのサイズしかなく、これで掬える幸せなんて本当に少ないな、と思った。
でもそれくらいが、もしかしたら。
ふと思い浮かんだ言葉に、小さく微笑う。嫌々ながら薬を飲み終えたフラガが不思議そうにどうした、と言うのに、別にと応える。
「少佐、もう休んだ方が良いですよ。」
緩やかに笑みを浮かべてそう言うと、珍しくそうだなあ、とぼやきながらも素直にテーブルから離れた。寝室に向かう広い背中のあとを追いながら、多分こんな些細な事くらいだろうな、と思う。
小さな銀色のスプーンで掬えるくらい、と言うのは。
くすくすと零れた笑みに、フラガは訳が分からない、と言う顔をして毛布に潜り込んだ。
例えば、大切な人にお休み、と言うとか。
その人の寝顔を見て、髪に触れて、それが心地良かったり、とか。
嫌いな薬を我慢して飲む所を見たり、とか。
そんな小さな物を拾う為のもの。それくらいの幸せを拾うもの。
けれどいつかそれを繰り返して行ったら、とてもたくさん集まるのかも知れない。
そう考えると、小さな銀色のスプーンは宝物になった。
薄暗い寝室で、いつもより少し赤い顔をしたその人の寝顔に向かって静かに呟く。
「だって、それくらいが丁度良いじゃないですか。」
これからの僕達には。
終り