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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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銀のスプーン

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 それはそうなのだけれど。

 添えられた白いカードには、なかなか小洒落た事が書いてある。
「幸せを掬って下さい、か…」
 ふうん、と呟いたフラガはなんとなく楽しそうだった。用意された飲み薬がそのまま残っている事を思えば、それらは綺麗に意識の外に飛んでいるのだろう。
「…上手い事いいますねぇ。」
 敢えてそのことには触れず、相槌を打つ。
 そう言えば冷蔵庫に入れたままのゼリーはどうしようか、と余計な事まで考えていると、タイミング良くなに買って来たんだ今日は、と聞いて来た。
「ゼリー、ですけど…」
 食べますか、と聞いたら首を振る。今はな、と続けて苦笑を零し、そこで漸く白い錠剤を摘んだ。
「…そうですね。」
 食欲がない事は、先ほどの食事量から窺える。生ケーキと言えども他のものよりは多少日保ちする事を考えて、翌日のデザートにまわす事にした。
 フラガがとても嫌そうな顔で薬を飲む所を監視しながら、手許の小さなスプーンを眺める。小ぶりのそれは、本当に子供の口には丁度良いくらいのサイズしかなく、これで掬える幸せなんて本当に少ないな、と思った。
 でもそれくらいが、もしかしたら。
 ふと思い浮かんだ言葉に、小さく微笑う。嫌々ながら薬を飲み終えたフラガが不思議そうにどうした、と言うのに、別にと応える。
「少佐、もう休んだ方が良いですよ。」
 緩やかに笑みを浮かべてそう言うと、珍しくそうだなあ、とぼやきながらも素直にテーブルから離れた。寝室に向かう広い背中のあとを追いながら、多分こんな些細な事くらいだろうな、と思う。
 小さな銀色のスプーンで掬えるくらい、と言うのは。
 くすくすと零れた笑みに、フラガは訳が分からない、と言う顔をして毛布に潜り込んだ。
 例えば、大切な人にお休み、と言うとか。
 その人の寝顔を見て、髪に触れて、それが心地良かったり、とか。
 嫌いな薬を我慢して飲む所を見たり、とか。
 そんな小さな物を拾う為のもの。それくらいの幸せを拾うもの。
 けれどいつかそれを繰り返して行ったら、とてもたくさん集まるのかも知れない。
 そう考えると、小さな銀色のスプーンは宝物になった。
 薄暗い寝室で、いつもより少し赤い顔をしたその人の寝顔に向かって静かに呟く。

「だって、それくらいが丁度良いじゃないですか。」
 これからの僕達には。


終り
作品名:銀のスプーン 作家名:綾沙かへる