君のいる、世界は03
夏の終りに
意識して遠ざかっていた大地は
それでも温かく迎えてくれる
ほんの僅かな荷物を持って、人工ではない重力に支えられて大地に立つ。
世間一般では夏季休暇中と言う状況も手伝って、空港は結構な混雑だった。その中で、薄く色の付いたメガネを押し上げて、ポケットから出したメモに視線を走らせる。高い天井からぶら下がった案内板と交互に比べながら、キラは目的の出口に向かって歩き始めた。
最初に、なんて言おうか。
知らず、唇に笑みが浮かぶ。
ずっと考えていて、それでもやっぱり諦める事なんて出来なくて。辛い記憶が大部分を占める戦争の中で、どれほどその人の存在が大きかったのか、確認しただけで。
「…やっぱ、ただいま、かな…」
空港を出ると、強い陽射しと、抜けるような青空。
適温だった機内に慣れていた肌を焼くような熱気に少しだけ辟易して、目的地に向かうバスの列に並ぶ。不意に空気を裂くような、聴き慣れた音がして空を仰いだ。
太陽の下で、眩しさに目を細めると、微かに反射して光る独特の機影。
「…まだ飛んでるんですよね。」
この空と同じ色をした瞳を思い出して、笑みを浮かべた。
気持ちに整理が着いたら、帰ってきますよ。
そう言って、何処か感情が欠落した瞳をしたまま微笑んだ子供と別れてから、随分時間が経っていた。その間に自分は地球へと降りて、少年は療養のために医療施設に入って、その後カレッジに復学したと聞いた。短いメールのやりとりだけが続いていて、半年前に送られて来た写真で今は元気にやっていると言う事を知った。
鍵の掛かった引き出しの中に、写真と、別れた時に預かった物が入っている。
戻ってきますから、その時まで。
その言葉と共に手渡されたのは、まだ新しい認識票。
連合軍兵士全員が持つそれは、キラが正式に志願した後支給されたまま、殆ど持っている事すら忘れていたもの。当然、自分も持っていたもの。
現在も持つそれは、当時の物と多少デザインや記載事項が違うとはいえ、似たような形状をしていて、フラガの首から下がっていた。それが視界に入る度に、その時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
1週間ほど前に、カレッジを卒業した旨を知らせるメールが届いて以来、音沙汰がない。自分もそうマメな方ではなくて、返信したのもつい先日。卒業したとは書いてあったものの、その後の進路についてはなにも触れていなかった。だから、期待していいのかどうかすらも解らない。
相変わらず晴れ渡った窓の外を眺めて、ひとり溜息をつく。室内に自分一人なのだから遠慮する事もないけれど、それでも微かに。
「…待つってのは、苦手なんだよな。」
そう呟いて苦笑した。
時間に煩いけれど優秀な副官でもある女性兵士が校長がお呼びですよ、と顔を出した。
連合軍基地の広大な敷地の片隅に、結構なはばを利かせて陣取っている建物。連合軍兵士に限らず、広い意味でのパイロットを養成するための学校。もちろん民間人と正規の兵士達は分けられていても、実際の講義にその隔たりはなく、外から通う者も少なくなかった。今の時期は短いながらも夏季休暇中で、他にも訓練や任務のある士官達を除いてはこの建物の中にいる人間は少なく、静かだった。
時期的に、また教官やら職員やらの移動の連絡かな、と思いながら頷いて椅子にかけてあった上着を掴んで部屋を出る。他の施設はどうだか知らないけれど、この施設を預かる校長は気のいい初老の士官で、フラガも彼の事は嫌いではない。目的の部屋は扉が全開で、不思議に思いつつも失礼します、と声をかけると、校長は彼の趣味の産物である沢山の鉢植えの手入れをしていた。窓も全開で、空調の意味がないほど熱気が感じられる。
夏はこうでなくては、と言って豪快に笑うとフラガに向かって手招きをする。副官らしき青年が素早く氷の浮いた飲み物をふたつ、応接セットのテーブルに用意していく。
「…はあ…」
気の抜けた返事をしながら、結局いつものお茶の時間か、と納得して柔らかなソファに勧められるまま腰を下ろした。
「今日から新人が来るから。」
冷えたグラスを傾けながら、唐突に彼は言った。
「新人と言っても、この間空いた席に収まるんだがね。」
夏季休暇に入る前、教官のひとりだった女性士官が寿退職した。学生に対して教官の手が足りない中、空席を目の当たりにして同僚達はしばらく呆然としていたから、補充が来るならそれに越した事はない。
「…そうですか。それにしても急ですね。」
その呟きに、本部で言うんだから仕方ない、と笑って彼は続ける。
「君のところで、この間卒業した士官がいるだろう、トップの。彼を副官につけたいと思うんだがどうかね。」
そう言われて思い出した生意気そうな顔に苦笑して、相手にもよりますねと言った。
「どんな人が来るんです?」
その問い掛けに、老人はさあて、と首を傾げて。
「優秀な、もとパイロットだそうだ。」
言外に、よく知らんから自分で確かめろと言って、窓の外に視線を向ける。
「…そろそろ着くんじゃないのか、本人が。」
目的の場所でバスを降りると、滑走路が広がっていた。幾つかの機影も、遠くの方に見える。
「…広い…」
半ば呆然と呟きながら、閉ざされた巨大な門扉に併設する、守衛室へと向かう。
軍にいたと言っても、殆ど宇宙の、しかも戦艦の中だけで、こういう風に外から訪れる時はどうしたらいいのか解らない。迷いながらも、取り敢えず守衛室とおぼしき窓ガラスを控え目にノックして、すみませんと声を掛けた。
「…あの、今日からこの基地に勤務になるんですけど…」
中でカードゲームに興じていたらしい兵士は、明らかに面倒臭そうな表情を隠しもせずに、IDチェックするから、と言ってキラの差し出したカードをリーダーに流し込む。
「…えーと…キラ・ヤマト…大尉…?」
モニタに打ち出される文字と、目の前の顔を交互に見比べながら変わっていく顔色を、面白いなあ、と思ってぼんやりと観察していた。細かい階級章の区別はまだつかないから、この兵士の階級は解らない。しかも、自分は制服ではなく、当然階級章も着けてはいない。
そのギャップから受けた衝撃からようやく立ち直ったらしい兵士は、失礼しました、と言ってカードを差し出した。
「…確認致しました。ですが少々距離がありますので、車で。」
そう言って建物の横にあるドアからキーを片手に出て来て、裏に止めてあったらしい車に乗って来た。
どうぞ、と言われたので素直に開かれたドアから車に乗り込む。
面白いくらい固くなっている、明らかに年上の兵士に苦笑して、大丈夫ですよ、と声を掛ける。
「あの、慣れてなくてすみません。僕になんか、そんなに気を使わなくてもいいですよ。」
その言葉に少しだけ安堵したような顔をして、規則ですから、とだけ呟いた。
広い滑走路の片隅をひたすら進むと、灰色の建物が段々近付くにつれ、その規模に少しだけ驚いた。
意識して遠ざかっていた大地は
それでも温かく迎えてくれる
ほんの僅かな荷物を持って、人工ではない重力に支えられて大地に立つ。
世間一般では夏季休暇中と言う状況も手伝って、空港は結構な混雑だった。その中で、薄く色の付いたメガネを押し上げて、ポケットから出したメモに視線を走らせる。高い天井からぶら下がった案内板と交互に比べながら、キラは目的の出口に向かって歩き始めた。
最初に、なんて言おうか。
知らず、唇に笑みが浮かぶ。
ずっと考えていて、それでもやっぱり諦める事なんて出来なくて。辛い記憶が大部分を占める戦争の中で、どれほどその人の存在が大きかったのか、確認しただけで。
「…やっぱ、ただいま、かな…」
空港を出ると、強い陽射しと、抜けるような青空。
適温だった機内に慣れていた肌を焼くような熱気に少しだけ辟易して、目的地に向かうバスの列に並ぶ。不意に空気を裂くような、聴き慣れた音がして空を仰いだ。
太陽の下で、眩しさに目を細めると、微かに反射して光る独特の機影。
「…まだ飛んでるんですよね。」
この空と同じ色をした瞳を思い出して、笑みを浮かべた。
気持ちに整理が着いたら、帰ってきますよ。
そう言って、何処か感情が欠落した瞳をしたまま微笑んだ子供と別れてから、随分時間が経っていた。その間に自分は地球へと降りて、少年は療養のために医療施設に入って、その後カレッジに復学したと聞いた。短いメールのやりとりだけが続いていて、半年前に送られて来た写真で今は元気にやっていると言う事を知った。
鍵の掛かった引き出しの中に、写真と、別れた時に預かった物が入っている。
戻ってきますから、その時まで。
その言葉と共に手渡されたのは、まだ新しい認識票。
連合軍兵士全員が持つそれは、キラが正式に志願した後支給されたまま、殆ど持っている事すら忘れていたもの。当然、自分も持っていたもの。
現在も持つそれは、当時の物と多少デザインや記載事項が違うとはいえ、似たような形状をしていて、フラガの首から下がっていた。それが視界に入る度に、その時の記憶が鮮明に呼び起こされる。
1週間ほど前に、カレッジを卒業した旨を知らせるメールが届いて以来、音沙汰がない。自分もそうマメな方ではなくて、返信したのもつい先日。卒業したとは書いてあったものの、その後の進路についてはなにも触れていなかった。だから、期待していいのかどうかすらも解らない。
相変わらず晴れ渡った窓の外を眺めて、ひとり溜息をつく。室内に自分一人なのだから遠慮する事もないけれど、それでも微かに。
「…待つってのは、苦手なんだよな。」
そう呟いて苦笑した。
時間に煩いけれど優秀な副官でもある女性兵士が校長がお呼びですよ、と顔を出した。
連合軍基地の広大な敷地の片隅に、結構なはばを利かせて陣取っている建物。連合軍兵士に限らず、広い意味でのパイロットを養成するための学校。もちろん民間人と正規の兵士達は分けられていても、実際の講義にその隔たりはなく、外から通う者も少なくなかった。今の時期は短いながらも夏季休暇中で、他にも訓練や任務のある士官達を除いてはこの建物の中にいる人間は少なく、静かだった。
時期的に、また教官やら職員やらの移動の連絡かな、と思いながら頷いて椅子にかけてあった上着を掴んで部屋を出る。他の施設はどうだか知らないけれど、この施設を預かる校長は気のいい初老の士官で、フラガも彼の事は嫌いではない。目的の部屋は扉が全開で、不思議に思いつつも失礼します、と声をかけると、校長は彼の趣味の産物である沢山の鉢植えの手入れをしていた。窓も全開で、空調の意味がないほど熱気が感じられる。
夏はこうでなくては、と言って豪快に笑うとフラガに向かって手招きをする。副官らしき青年が素早く氷の浮いた飲み物をふたつ、応接セットのテーブルに用意していく。
「…はあ…」
気の抜けた返事をしながら、結局いつものお茶の時間か、と納得して柔らかなソファに勧められるまま腰を下ろした。
「今日から新人が来るから。」
冷えたグラスを傾けながら、唐突に彼は言った。
「新人と言っても、この間空いた席に収まるんだがね。」
夏季休暇に入る前、教官のひとりだった女性士官が寿退職した。学生に対して教官の手が足りない中、空席を目の当たりにして同僚達はしばらく呆然としていたから、補充が来るならそれに越した事はない。
「…そうですか。それにしても急ですね。」
その呟きに、本部で言うんだから仕方ない、と笑って彼は続ける。
「君のところで、この間卒業した士官がいるだろう、トップの。彼を副官につけたいと思うんだがどうかね。」
そう言われて思い出した生意気そうな顔に苦笑して、相手にもよりますねと言った。
「どんな人が来るんです?」
その問い掛けに、老人はさあて、と首を傾げて。
「優秀な、もとパイロットだそうだ。」
言外に、よく知らんから自分で確かめろと言って、窓の外に視線を向ける。
「…そろそろ着くんじゃないのか、本人が。」
目的の場所でバスを降りると、滑走路が広がっていた。幾つかの機影も、遠くの方に見える。
「…広い…」
半ば呆然と呟きながら、閉ざされた巨大な門扉に併設する、守衛室へと向かう。
軍にいたと言っても、殆ど宇宙の、しかも戦艦の中だけで、こういう風に外から訪れる時はどうしたらいいのか解らない。迷いながらも、取り敢えず守衛室とおぼしき窓ガラスを控え目にノックして、すみませんと声を掛けた。
「…あの、今日からこの基地に勤務になるんですけど…」
中でカードゲームに興じていたらしい兵士は、明らかに面倒臭そうな表情を隠しもせずに、IDチェックするから、と言ってキラの差し出したカードをリーダーに流し込む。
「…えーと…キラ・ヤマト…大尉…?」
モニタに打ち出される文字と、目の前の顔を交互に見比べながら変わっていく顔色を、面白いなあ、と思ってぼんやりと観察していた。細かい階級章の区別はまだつかないから、この兵士の階級は解らない。しかも、自分は制服ではなく、当然階級章も着けてはいない。
そのギャップから受けた衝撃からようやく立ち直ったらしい兵士は、失礼しました、と言ってカードを差し出した。
「…確認致しました。ですが少々距離がありますので、車で。」
そう言って建物の横にあるドアからキーを片手に出て来て、裏に止めてあったらしい車に乗って来た。
どうぞ、と言われたので素直に開かれたドアから車に乗り込む。
面白いくらい固くなっている、明らかに年上の兵士に苦笑して、大丈夫ですよ、と声を掛ける。
「あの、慣れてなくてすみません。僕になんか、そんなに気を使わなくてもいいですよ。」
その言葉に少しだけ安堵したような顔をして、規則ですから、とだけ呟いた。
広い滑走路の片隅をひたすら進むと、灰色の建物が段々近付くにつれ、その規模に少しだけ驚いた。
作品名:君のいる、世界は03 作家名:綾沙かへる