君のいる、世界は04
記憶、と言って良いのか
感覚、と言って良いのか
随分と久し振りに再会した戦友は
変わらずに自分を主と認めてくれた
「おかえりなさい」
皮肉を込めて
久しく耳にする事のなかったその音は、あの頃の不安定な気持ちを呼び醒ます。
冬の朝。
目覚ましを止めて、ベッドに起き上がったキラは軽く身体を伸ばした。十分な血液が巡っていないのか、意識はイマイチはっきりしない。それでも冷えた空気のお陰で、次第に目は覚めて来る。
「…さむ…」
そう呟いて、朝日の零れるカーテンを勢いよく開ける。目の前に広がった空は、所々に青さを覗かせるものの、雲が多い。
窓を開けて、夜の間に篭って乾いた空気を入れ替えていると、端末が呼び出しを告げる。
「…こんな、早くに…?」
不思議に思いながらも、音声のみで告げられた事は、本日の予定変更について。キラの担当講義は午後からの予定だった筈なのに、子供が熱を出して休暇を取った教官の代わりに朝から出て欲しい、と言う連絡だった。更にそれは、今まで半年近く意図的に避けていたモビルスーツの操縦訓練。
知らず、眉間に皺が寄っていた。苦手、と言うよりあの戦争の記憶が鮮明に呼び起こされてしまう為、出来れば二度とそんなことがないように、と良く頼んであった筈だと言うのに。
「…よりにもよって…」
溜息と共に零れた呟き。
それでも命じられたからには断る事も出来ず、緩慢な動作で予定表を引っ張り出した。指先で辿った予定表には、以外なことが記載されている。
「…フラガ少佐…?」
午前中いっぱいの訓練予定、その担当者はキラの良く知る人で。向こうも事情は良く理解しているから、乗らなくても済むかも知れないと思って少しだけ安堵する。
「…却って、思い出しちゃうのかな。」
苦笑と共に予定表をしまって、クローゼットに収まった制服を眺めて目を細める。
それは、遠い記憶の中に。
フリーダム、と呼ばれる機体がある。
それは最重要機密の一つとして、半年前に赴任した教官と共にこの基地に配属された事になっているらしい。不確定なのは、その機影を誰も見たことがないからだ。けれど、整備士達の間に流れる噂では、厳重なセキュリティのかかった、ある一箇所の格納庫の奥にそれは存在するらしい。そのセキュリティを通れるのは、ごく僅かな人間だけで、その中に歳若い教官の姿を見たものは現在の所いない。
今は過去となった戦争中、泥沼化した終盤に突如として現われた白い機体。
当時、その姿を見た者はただ呆然とその姿に見惚れるしかなかったと言う。一種伝説のように語られるその姿を、この基地で学ぶ多くの候補生達は誰も見たことがない。
そして、そのパイロットが誰なのか。
それは戦争中に実際に機体を目の当たりにした兵士達はおろか、戦後就任した軍上層部の者達の中でも、ごく一部の者しか知らない。
未だに情勢が不安定な地域もあると言うのに、大きな危機感もなく過ぎて行く毎日の中で、年若い学生や候補生達はその「伝説」に夢中になる。モビルスーツは、正式な士官候補生達しか触る事は出来ないけれど、机を並べる仲間達の中では頻繁に交わされる話題。例え、自身の手で触れる事はなくとも、思い描く勇姿に憧れを感じているのだろう、と思う。
ぼんやりと考える。モビルスーツ訓練がある日だからだ。最低でも、週に一度の割合でこの時間は回って来る。少佐以上の階級者のみが担当する講義。一般の学生は参加出来ない為、普段はバラバラに分けられている軍属の候補生達がいっぺんに集まって来るのだから気が重い。この講義よりも、一般学生対象の飛行訓練の方がはるかに性に合っている、とフラガはいつも思う。
「…朝早いのは苦手だッつーの…」
元気よく挨拶をして自分を追いぬいて行く学生達に、欠伸混じりの返事をした。金色の髪を乱暴に掻き回して、方手に持っていた制服の上着を軽く振る。
「はい、おはようさん。」
笑みを浮かべて、誰に言うともなく呟きながらフラガは食堂に入り、馴染みの職員と挨拶を交わした。
モビルスーツなど、そろそろ必要ないのではないかと思う。実際にいわゆる非武装論者達はしきりにその放棄を求めているし、実戦に使うでもないために、皮肉を込めて高価な人形だと揶揄されることもある。
宇宙空間ならいざ知らず、確かに現在の地球上では殆ど必要ないと言われても仕方がない。けれど、戦争に使わなくなった代わりに、別の問題が持ちあがった。
いわゆる過激派と呼ばれているテロリストの組織が、戦争中に至る所で被弾し、放棄されたモビルスーツを回収し、修理改造を重ねてその活動に用いるようになってしまった。更に、把握し切れないほどの闇業者が、軍縮でスクラップになる予定の機体を無傷で買いとり、転売していると言う情報もある。
ひとたび、それらが持ち出されてしまえば一般警察では手に負えない。現在の法律では、当然と言えば当然だったがモビルスーツの操縦資格は軍属にあり、訓練を積んだ者に限られているからだ。
残念ながら、現在のところ生身でモビルスーツに対応する術がなく、どうしてもそれらの事件には軍が出ざるを得ない。そして、必然的に鎮圧するには正規軍のモビルスーツに乗れなければならず、パイロット候補生達にとっては必須の講義でもある。
フラガは、モビルスーツ乗りではなかった。パイロットではあったけれど、モビルアーマーが専門だった。それが、戦争中に異動になった先で、モルゲンレーテから極秘に連絡を受けて受け取ったのがストライクだ。
偶然が重なって立ち寄ったオーブの代表企業。連合軍のモビルアーマーのみならず、当時乗艦していた戦艦アークエンジェルや、ストライクを始め奪われた四機も全てモルゲンレーテ製だった。いわゆる、軍需産業の代表に名を連ねる企業で、コーディネイターを拒否しないと言う国に本社を置いていたためか、その技術力は現在でも群を抜いている。
キラが行方不明になったあと、乗り手がいないまま修復され、ナチュラル用のオペレーションシステムを積んだ状態で技術主任が送って寄越した。当時の上層部には隠し通して、殆ど実戦に出る事はなかったが、フラガ自身はそれで訓練を積んでいた。行方不明だったキラ本人から、フラガに託された機体だったからだ。
そうしてそれは今でもこの基地の格納庫に収容されている。フラガ以外のパイロットが乗る事はない。元々の能力がナチュラルにしては高かった為に、他のパイロットが操る事が出来ないからだ。それを操る事が出来るとすれば、たった一人。
けれどその本人は、何処からか更に化け物じみた機体を伴って戻って来た。それが、候補生や現役パイロット達の間で囁かれる噂のモビルスーツ、フリーダム。
GATシリーズを元に、ザフトが開発した機体で、全部で三機あったと言う。そのうち二機は戦争中に失われ、最後に残った一機。たった二年ほどの間に、それの強さは伝説と化している。
朝食を終えてコーヒーを飲みながら、クリップボードに止まった予定表を眺める。出勤してすぐに渡されたそれに記載された名前が、気分を重くさせている原因のひとつでもある。
どうして、自分の隣りにキラの名前があるのだろう。
感覚、と言って良いのか
随分と久し振りに再会した戦友は
変わらずに自分を主と認めてくれた
「おかえりなさい」
皮肉を込めて
久しく耳にする事のなかったその音は、あの頃の不安定な気持ちを呼び醒ます。
冬の朝。
目覚ましを止めて、ベッドに起き上がったキラは軽く身体を伸ばした。十分な血液が巡っていないのか、意識はイマイチはっきりしない。それでも冷えた空気のお陰で、次第に目は覚めて来る。
「…さむ…」
そう呟いて、朝日の零れるカーテンを勢いよく開ける。目の前に広がった空は、所々に青さを覗かせるものの、雲が多い。
窓を開けて、夜の間に篭って乾いた空気を入れ替えていると、端末が呼び出しを告げる。
「…こんな、早くに…?」
不思議に思いながらも、音声のみで告げられた事は、本日の予定変更について。キラの担当講義は午後からの予定だった筈なのに、子供が熱を出して休暇を取った教官の代わりに朝から出て欲しい、と言う連絡だった。更にそれは、今まで半年近く意図的に避けていたモビルスーツの操縦訓練。
知らず、眉間に皺が寄っていた。苦手、と言うよりあの戦争の記憶が鮮明に呼び起こされてしまう為、出来れば二度とそんなことがないように、と良く頼んであった筈だと言うのに。
「…よりにもよって…」
溜息と共に零れた呟き。
それでも命じられたからには断る事も出来ず、緩慢な動作で予定表を引っ張り出した。指先で辿った予定表には、以外なことが記載されている。
「…フラガ少佐…?」
午前中いっぱいの訓練予定、その担当者はキラの良く知る人で。向こうも事情は良く理解しているから、乗らなくても済むかも知れないと思って少しだけ安堵する。
「…却って、思い出しちゃうのかな。」
苦笑と共に予定表をしまって、クローゼットに収まった制服を眺めて目を細める。
それは、遠い記憶の中に。
フリーダム、と呼ばれる機体がある。
それは最重要機密の一つとして、半年前に赴任した教官と共にこの基地に配属された事になっているらしい。不確定なのは、その機影を誰も見たことがないからだ。けれど、整備士達の間に流れる噂では、厳重なセキュリティのかかった、ある一箇所の格納庫の奥にそれは存在するらしい。そのセキュリティを通れるのは、ごく僅かな人間だけで、その中に歳若い教官の姿を見たものは現在の所いない。
今は過去となった戦争中、泥沼化した終盤に突如として現われた白い機体。
当時、その姿を見た者はただ呆然とその姿に見惚れるしかなかったと言う。一種伝説のように語られるその姿を、この基地で学ぶ多くの候補生達は誰も見たことがない。
そして、そのパイロットが誰なのか。
それは戦争中に実際に機体を目の当たりにした兵士達はおろか、戦後就任した軍上層部の者達の中でも、ごく一部の者しか知らない。
未だに情勢が不安定な地域もあると言うのに、大きな危機感もなく過ぎて行く毎日の中で、年若い学生や候補生達はその「伝説」に夢中になる。モビルスーツは、正式な士官候補生達しか触る事は出来ないけれど、机を並べる仲間達の中では頻繁に交わされる話題。例え、自身の手で触れる事はなくとも、思い描く勇姿に憧れを感じているのだろう、と思う。
ぼんやりと考える。モビルスーツ訓練がある日だからだ。最低でも、週に一度の割合でこの時間は回って来る。少佐以上の階級者のみが担当する講義。一般の学生は参加出来ない為、普段はバラバラに分けられている軍属の候補生達がいっぺんに集まって来るのだから気が重い。この講義よりも、一般学生対象の飛行訓練の方がはるかに性に合っている、とフラガはいつも思う。
「…朝早いのは苦手だッつーの…」
元気よく挨拶をして自分を追いぬいて行く学生達に、欠伸混じりの返事をした。金色の髪を乱暴に掻き回して、方手に持っていた制服の上着を軽く振る。
「はい、おはようさん。」
笑みを浮かべて、誰に言うともなく呟きながらフラガは食堂に入り、馴染みの職員と挨拶を交わした。
モビルスーツなど、そろそろ必要ないのではないかと思う。実際にいわゆる非武装論者達はしきりにその放棄を求めているし、実戦に使うでもないために、皮肉を込めて高価な人形だと揶揄されることもある。
宇宙空間ならいざ知らず、確かに現在の地球上では殆ど必要ないと言われても仕方がない。けれど、戦争に使わなくなった代わりに、別の問題が持ちあがった。
いわゆる過激派と呼ばれているテロリストの組織が、戦争中に至る所で被弾し、放棄されたモビルスーツを回収し、修理改造を重ねてその活動に用いるようになってしまった。更に、把握し切れないほどの闇業者が、軍縮でスクラップになる予定の機体を無傷で買いとり、転売していると言う情報もある。
ひとたび、それらが持ち出されてしまえば一般警察では手に負えない。現在の法律では、当然と言えば当然だったがモビルスーツの操縦資格は軍属にあり、訓練を積んだ者に限られているからだ。
残念ながら、現在のところ生身でモビルスーツに対応する術がなく、どうしてもそれらの事件には軍が出ざるを得ない。そして、必然的に鎮圧するには正規軍のモビルスーツに乗れなければならず、パイロット候補生達にとっては必須の講義でもある。
フラガは、モビルスーツ乗りではなかった。パイロットではあったけれど、モビルアーマーが専門だった。それが、戦争中に異動になった先で、モルゲンレーテから極秘に連絡を受けて受け取ったのがストライクだ。
偶然が重なって立ち寄ったオーブの代表企業。連合軍のモビルアーマーのみならず、当時乗艦していた戦艦アークエンジェルや、ストライクを始め奪われた四機も全てモルゲンレーテ製だった。いわゆる、軍需産業の代表に名を連ねる企業で、コーディネイターを拒否しないと言う国に本社を置いていたためか、その技術力は現在でも群を抜いている。
キラが行方不明になったあと、乗り手がいないまま修復され、ナチュラル用のオペレーションシステムを積んだ状態で技術主任が送って寄越した。当時の上層部には隠し通して、殆ど実戦に出る事はなかったが、フラガ自身はそれで訓練を積んでいた。行方不明だったキラ本人から、フラガに託された機体だったからだ。
そうしてそれは今でもこの基地の格納庫に収容されている。フラガ以外のパイロットが乗る事はない。元々の能力がナチュラルにしては高かった為に、他のパイロットが操る事が出来ないからだ。それを操る事が出来るとすれば、たった一人。
けれどその本人は、何処からか更に化け物じみた機体を伴って戻って来た。それが、候補生や現役パイロット達の間で囁かれる噂のモビルスーツ、フリーダム。
GATシリーズを元に、ザフトが開発した機体で、全部で三機あったと言う。そのうち二機は戦争中に失われ、最後に残った一機。たった二年ほどの間に、それの強さは伝説と化している。
朝食を終えてコーヒーを飲みながら、クリップボードに止まった予定表を眺める。出勤してすぐに渡されたそれに記載された名前が、気分を重くさせている原因のひとつでもある。
どうして、自分の隣りにキラの名前があるのだろう。
作品名:君のいる、世界は04 作家名:綾沙かへる