君のいる、世界は04
キラが意図的にモビルスーツ訓練の時間を避けている事は、当然フラガは知っている。精神的に深い傷を負った少年が、その原因を作る事になったモビルスーツに進んで関わる筈がない。更に、現在は戦時中ではなく、その必要がない。恐らく、深い事情を知らない職員が、便宜上大まかに作ったキラの経歴でも見て勝手に組んだ予定なのだろう。
「…どうにも、参ったね…」
呟いて視線を上げると、やはり憂鬱な顔をしたキラがおはようございます、と静かに言った。
「大丈夫ですよ、多分。」
そう言ってキラは笑みを浮かべた。
それは多少無理をしているけれど、嘘ではない。隣にフラガがいてくれれば、大抵の事は乗り切れると思っている。それに、是非ともコックピットに入らなくてもいいはず。
「…戦場に出るわけじゃないんですから。」
並んで廊下を歩きながら、しかめっ面をしたままのフラガに、お願いしますね、と言って微笑む。
久し振りに袖を通すパイロットスーツ。成り行きとはいえ、パイロットだった事は事実で。窮屈で仕方ないと思っていた筈のそれが、何時の間にか馴染んでしまっていた。
元々GATシリーズの専用運用艦だったアークエンジェル、そこに用意されていたパイロットスーツはそれ専用で、一般の連合軍兵士の物とは最初から異なっていた。ブルーを基調としたものは、現在キラ以外に着る者はいない。
これまた久し振りに見る、フラガのパイロットスーツ姿も相変わらずで。けれどサイズが違わないフラガに対して、キラのものは明らかに以前よりは大きいサイズのものになっている。
「…成長したんだなぁ…」
感慨深そうに呟くフラガに苦笑して、キラはロッカーの扉を閉めた。
「そりゃ、しますよ。どのくらい時間が経っていると思ってるんですか。」
現在のキラの身長は、フラガの顎よりも少し高い所。出会った当初に比べると、あの状況で良くもこれだけ、と言うほど伸びている。
練習用の機体が置いてある格納庫に移動すると、オレンジを基調としたパイロットスーツの群れが既に集まっていた。フラガのあとに続いて来たキラの姿を見て、そこかしこで囁きが交わされる。
「…コラ、静かに。今日はこいつが担当だ。」
そう言ってフラガは候補生達を見まわす。そうして、この中にブルーのパイロットスーツの持つ意味を知っている人間がいないかどうかを、気付かれないように確認する。
「…少佐。」
それに気付いたのか、キラは苦笑して小さく囁いた。
「…だから、大丈夫ですって。」
それがあまり信用出来ないからな、と言ってフラガは溜息をついた。
なんだか不思議な感覚だな、と言うのが久し振りにそれを見た感想。
格納庫の一番奥で、それは確かな存在感をもっていた。
あの頃と変わらない姿で。キラが最後にそれを見たのは、大破する直前だったから。
「…本当に、ここに在ったんですね。」
そう呟くと、フラガは苦笑する。
「ま、一応俺のだから。異動と共に付いて来るさ、もれなくね。お前さんのも一緒でしょ。」
進んで格納庫に来る事のないキラは、戦争中に慣れ親しんだ空気を思い出す。忙しく立ちまわる整備士達や、あの頃はたった一機しかなかった機体の事や、それらけして遠くない記憶を。
「…もれなくって…」
仕方がない、と言うのが事実で、キラと共にフリーダムがここに配属になっている事は一応機密事項だ。充分な配慮が成されている為か、今の所極秘に運び込まれた機体とキラを結び付けて考える輩は殆どいない。
練習用にナンバリングされた機体は、戦争終盤に地球軍が開発した機体。同じ名を冠してはいるけれど、そのスペックは元になった機体と比べるとかなり劣る。もっとも、テロリストの鎮圧に使う程度ならばそれでも充分で、オリジナルに比べると操作も比較的簡単だった。
「…少佐は、アレですか?」
量産機を見渡すように立っているストライクを見上げて、キラは尋ねた。
「…うーん、いや、アレじゃあ指導にならんでしょうが。同じの使うって。」
そう言いながら、候補生達に練習機の起動キーを配っていたフラガは、そのうちのひとつをキラに向かって投げる。
「ま、技術は進歩するってね。一応、それ使わないと動かないようになってる。」
言われて受け取ったキーを見つめる。番号札と、並んだ機体とを見比べながら、キラは自分が担当する機体の前で軽く溜息を吐いた。
「…そんじゃま、始めますか。」
無理はするなよといつもの調子で軽く言うと、候補生達に向かってフラガは号令をかける。
「…なんとか、するしかないんでしょう?」
その背中に苦笑を返して、キラは自分が担当する候補生達に向き直る。目の前の教え子達は、まるで値踏みするかのように視線を返して来た。諦めよう、とキラは内心でまた溜息をつく。
「…それじゃあ、こちらも始めます。」
その言葉に、候補生達は敬礼する。
まさか、この時は本当にあの時と同じような状況になるなんて思わなかった。
戦場に出るわけではないから、と言って引き受けたのは確かにキラだ。けれど、なるべくなら自分がコックピットには入らなくて済むように、と進めて来たつもりだと言うのに。
それは休憩時間に、候補生の一人が不容易に放った言葉。
「…失礼ですが、ヤマト教官はモビルスーツに乗れるんですか?」
目を丸くして、キラは固まってしまう。どれくらいの経歴が彼らに公表されているのかは分からないけれど、一応、キラは元パイロットの扱いだ。
ストライクダガーと言う名の機体は、元々キラがストライクで行った戦闘データを元に作られたものの筈だった。試作機でもあるストライクの現パイロットはフラガで、キラがそれを操っていた、と言う経歴も確かに伏せられている。「元パイロット」が、必ずしもモビルスーツに乗っていたと言う確証はなく、キラ自身も殆ど外からの指示のみに徹している為、彼らが疑問に思う事も頷けるのだけれど。
「…まあ、一応…」
面と向かって訊かれるとは思っていなかったため、キラは曖昧に返事をして苦笑を浮かべる。
ここで学ぶ候補生達の多くは、戦後入隊した者が殆どで、モビルスーツのパイロットになる事を夢見ている。
実戦でいきなりそれを強要されたキラにとってはなんとも言えないけれど、彼らがそれを目指している事は紛れもない事実。だから、候補生達から見て殆ど歳の変わらないキラが、本当にモビルスーツに乗れるかどうか、自分達が師事するに値するかどうか試してやろうと言う目的があるのかも知れない。
困ったなあ、とキラは溜息を吐いた。視線を投げたフラガは模擬戦の相手をしているから、助力は期待出来そうにない。
自分が、他の教官達に比べて歳も若く、あまり尊敬に値すると思われていないと言うのも確かに事実だし自覚もある。フラガとは違う意味で気さくに学生達と会話し、講義は殆ど室内の物理や電子戦などの情報処理。
作品名:君のいる、世界は04 作家名:綾沙かへる