君のいる、世界は06
過ちを犯した
それはどんなに取り繕っても消えない
けれど必要な時もある
その力が
閉じた記憶の扉を開ける
そのために必要な鍵はここに在る
躊躇わずに
ゆっくりと扉を開いて行く
君と共に
その機体は、そこに運ばれた時から主を待っていた。二度と訪れる事がなくとも、待っている事しか出来なかった。
その機体に命を吹き込む事が出来るのは、たった一人しかいないのだから。
正式に出撃命令を受けて、再び格納庫に戻る。
緊急出動のサイレンが鳴り響いてから、整備士達は忙しく動き回っていた。モビルスーツが出るという連絡が、既に来ているのだろう。久しく実戦に出る事のなかった機体を、そのパイロットの命を守る為に、彼らは常に全力を傾けているのだから。
先ほどまでここで訓練を受けていた候補生達は、既に全員が講堂に移動し、実戦の状況説明を受けている。彼らにとっては、初めてにも近い実際のモビルスーツの出動だからだ。講堂に設置された巨大なモニタを、食い入るように見つめているに違いない。
そして、彼らは「伝説」を目の当たりにする。
けれど、その本人はそんなことは知らない。
「…キラ、本当にいいのか？」
フラガは最後まで心配そうだった。それに笑みを浮かべてキラは大丈夫ですよ、と答える。
ストライクの前で見送るキラを、フラガは何度も振り返っていた。あまりにももたついていたために、彼の副官が痺れを切らせて早くして下さい、と無理やりコックピットに押し込んだほどだ。
隣りの格納庫から、練習機ではない、実戦配備されている機体が動き始める。陸上輸送用のトレーラーに積み込まれて行く機体は、フラガが選んだパイロットが搭乗する五機。少ないような気もしたけれど、相手がコーディネイターならば無駄に犠牲を出すだけだ、とフラガは言った。こと、先の戦争経験者はコーディネイターのパイロットの腕を嫌と言うほど知っている。特にフラガは実戦で、何度も戦って来たのだから。
フラガの選んだパイロットは、戦争終盤でモビルスーツに乗っていた経験者を中心に小隊を組ませていた。フラガとキラは単独行動で、とにかく相手の動きを止める役目。それ以降の行動は、彼らが担当する。
占拠された市庁舎には、そこに勤める職員と、市長他主だった市議会議員が閉じ込められている、と言う情報があった。恐らく、議会開催中を狙った確信犯だろう。外で暴れているモビルスーツよりも、中に立て篭っている生身の連中の方がよほど厄介だった。それを鎮圧する為の部隊は既に現場に向かっている。
「…ヤマト大尉、こちらへ。」
フラガをストライクに押し込んだ彼の副官は、キラの先に立って格納庫の奥へと足を運んだ。その先には、エレベーターの扉。
「フリーダムは、地下格納庫に。…私が、管理責任者、と言う事になっていますので。」
苦笑混じりに彼女は言ってロックされているパネルの蓋を外し、普段は滅多に人の近寄ることの出来ない地下へのボタンを押した。
エレベーターを降りると、冷えた空気が頬を撫でて行く。上の喧騒を考えると、ダクトのファンが回る音すら響いている静寂が不思議だった。
「お待ちしていました。」
並んでいた数人の整備士達が一斉に敬礼する。それに彼女と共にキラも敬礼を返す。
彼らも、フリーダムを管理してはいるがパイロットであるキラを見るのは初めてなのだろう、一様に驚いた表情で目を見開いていた。
「…ヤマト大尉、ＩＤカードを。」
言われるままに、示された扉の横に設置されたリーダーにカードを流し込むと、重い音を立てて扉が開く。
その先の、薄暗い室内にたった一機鎮座する機影。
忘れる事の出来なかった、そのフォルム。
かつて、漆黒の宇宙でラクスから託され、その意思の元、理想の元、共に戦ったかけがえのない戦友の姿。
「…久し振り。」
苦い笑みを浮かべて、キラは呟く。
どうしたって、記憶は甦る。練習機とはいえ、コックピットに入り、モビルスーツを動かしてしまった後だから、尚更鮮明に。
「…また、力を貸してくれるかい？」
答えはなくとも。
「システムの調整は先ほど完了しています。」
モニタの向こうで、整備士はそう言った。了解、と返事をして、メインシステムに電源を入れる。球状の、独特のシステムに明かりが灯った。メインカメラがゆっくりと目を醒ます。機体の、鮮やかなカラーリングが淡い光と共に甦る。再び、命が与えられた瞬間。
キラが直したシステムも、全てあの頃のまま。なにひとつ、変わらずにこの機体は主を待っていた。
「…薄情でごめんね。」
言いながら、キラはグリップの感触を確かめるようにゆっくりと握り締める。
感覚が、甦る。
苦い記憶と共に。
辛い記憶と共に。
「隔壁を開放、一番から七番。地上ゲートオープン。フリーダム、発進位置へ。」
かつて、友人が誘導してくれた声が脳裏に甦った。今は、キラの副官が担当する。
格納庫の床に走ったライトに誘導されて、ゆっくりと足を踏み出す。ただ、歩くと言う動作だけで、その振動が微かに身体を揺らすだけで。
「…大丈夫。」
いつまでも心配そうに見ていたフラガを思い出して、小さくキラは笑う。
左手が、タイミングを計って出力を上げて行く。その背に負った翼が、熱を帯びる。
格納庫の床に、風が渦巻いた。キラはスラスターの出力を更に上げて、機体を少しずつ沈み込ませて行く。
「整備員は、退避して下さい。」
発進シークエンスが進むにつれて、キラの中の感覚が研ぎ澄まされて行った。
あの頃の、必死だった自分の想い。
「システム、オールグリーン。フリーダム、どうぞ。」
その言葉に、キラはゆっくりと息を吐いた。目を閉じて、フットペダルに乗せた足に力を込める。
「…キラ・ヤマト、フリーダム、行きます。」
目を開けて、グリーンのランプを確認する。フットペダルを踏み込んで、スラスターの出力を全開まで上げる。閉じていた翼を広げ、遠く見える空を目指して、再び主を迎えた白い機体は飛び立って行く。
どれだけ時が流れても、忘れない想いのために。
忘れてはいけない、想いのために。
「…御武運を。」
そう呟いた副官に、笑みを返して。
なんだかな、と言うのが現場に着いたフラガの言葉だった。
あれほど、軍から退避するように勧告されていたと言うのに、遠巻きに目的地を囲んでいるのは市警察だった。後ろに並んだ機体に取り敢えず待機を命じて、本部に連絡を入れる。基地ではなく、現場指揮官に。
「どういうことだよ、潰されるぞ？」
呆れたようなフラガに、モニタの向こうの指揮官は溜息を吐いた。
「ま、向こうにもプライドやら面子やら、色々なものがあるんでしょう。一応、モビルスーツが相手ですし、こちらも出すことは伝えてあるんですがね。」
建物の中に突入する部隊も整っている。偵察に出した無人カメラからの情報によると、閉じ込められた人質は戦争中に使われた地下施設に押し込められていると言う事だった。立て篭もられてしまえば、厄介なことこの上ない。
「…ふうん、抜けるルートはあるのか？」
それはどんなに取り繕っても消えない
けれど必要な時もある
その力が
閉じた記憶の扉を開ける
そのために必要な鍵はここに在る
躊躇わずに
ゆっくりと扉を開いて行く
君と共に
その機体は、そこに運ばれた時から主を待っていた。二度と訪れる事がなくとも、待っている事しか出来なかった。
その機体に命を吹き込む事が出来るのは、たった一人しかいないのだから。
正式に出撃命令を受けて、再び格納庫に戻る。
緊急出動のサイレンが鳴り響いてから、整備士達は忙しく動き回っていた。モビルスーツが出るという連絡が、既に来ているのだろう。久しく実戦に出る事のなかった機体を、そのパイロットの命を守る為に、彼らは常に全力を傾けているのだから。
先ほどまでここで訓練を受けていた候補生達は、既に全員が講堂に移動し、実戦の状況説明を受けている。彼らにとっては、初めてにも近い実際のモビルスーツの出動だからだ。講堂に設置された巨大なモニタを、食い入るように見つめているに違いない。
そして、彼らは「伝説」を目の当たりにする。
けれど、その本人はそんなことは知らない。
「…キラ、本当にいいのか？」
フラガは最後まで心配そうだった。それに笑みを浮かべてキラは大丈夫ですよ、と答える。
ストライクの前で見送るキラを、フラガは何度も振り返っていた。あまりにももたついていたために、彼の副官が痺れを切らせて早くして下さい、と無理やりコックピットに押し込んだほどだ。
隣りの格納庫から、練習機ではない、実戦配備されている機体が動き始める。陸上輸送用のトレーラーに積み込まれて行く機体は、フラガが選んだパイロットが搭乗する五機。少ないような気もしたけれど、相手がコーディネイターならば無駄に犠牲を出すだけだ、とフラガは言った。こと、先の戦争経験者はコーディネイターのパイロットの腕を嫌と言うほど知っている。特にフラガは実戦で、何度も戦って来たのだから。
フラガの選んだパイロットは、戦争終盤でモビルスーツに乗っていた経験者を中心に小隊を組ませていた。フラガとキラは単独行動で、とにかく相手の動きを止める役目。それ以降の行動は、彼らが担当する。
占拠された市庁舎には、そこに勤める職員と、市長他主だった市議会議員が閉じ込められている、と言う情報があった。恐らく、議会開催中を狙った確信犯だろう。外で暴れているモビルスーツよりも、中に立て篭っている生身の連中の方がよほど厄介だった。それを鎮圧する為の部隊は既に現場に向かっている。
「…ヤマト大尉、こちらへ。」
フラガをストライクに押し込んだ彼の副官は、キラの先に立って格納庫の奥へと足を運んだ。その先には、エレベーターの扉。
「フリーダムは、地下格納庫に。…私が、管理責任者、と言う事になっていますので。」
苦笑混じりに彼女は言ってロックされているパネルの蓋を外し、普段は滅多に人の近寄ることの出来ない地下へのボタンを押した。
エレベーターを降りると、冷えた空気が頬を撫でて行く。上の喧騒を考えると、ダクトのファンが回る音すら響いている静寂が不思議だった。
「お待ちしていました。」
並んでいた数人の整備士達が一斉に敬礼する。それに彼女と共にキラも敬礼を返す。
彼らも、フリーダムを管理してはいるがパイロットであるキラを見るのは初めてなのだろう、一様に驚いた表情で目を見開いていた。
「…ヤマト大尉、ＩＤカードを。」
言われるままに、示された扉の横に設置されたリーダーにカードを流し込むと、重い音を立てて扉が開く。
その先の、薄暗い室内にたった一機鎮座する機影。
忘れる事の出来なかった、そのフォルム。
かつて、漆黒の宇宙でラクスから託され、その意思の元、理想の元、共に戦ったかけがえのない戦友の姿。
「…久し振り。」
苦い笑みを浮かべて、キラは呟く。
どうしたって、記憶は甦る。練習機とはいえ、コックピットに入り、モビルスーツを動かしてしまった後だから、尚更鮮明に。
「…また、力を貸してくれるかい？」
答えはなくとも。
「システムの調整は先ほど完了しています。」
モニタの向こうで、整備士はそう言った。了解、と返事をして、メインシステムに電源を入れる。球状の、独特のシステムに明かりが灯った。メインカメラがゆっくりと目を醒ます。機体の、鮮やかなカラーリングが淡い光と共に甦る。再び、命が与えられた瞬間。
キラが直したシステムも、全てあの頃のまま。なにひとつ、変わらずにこの機体は主を待っていた。
「…薄情でごめんね。」
言いながら、キラはグリップの感触を確かめるようにゆっくりと握り締める。
感覚が、甦る。
苦い記憶と共に。
辛い記憶と共に。
「隔壁を開放、一番から七番。地上ゲートオープン。フリーダム、発進位置へ。」
かつて、友人が誘導してくれた声が脳裏に甦った。今は、キラの副官が担当する。
格納庫の床に走ったライトに誘導されて、ゆっくりと足を踏み出す。ただ、歩くと言う動作だけで、その振動が微かに身体を揺らすだけで。
「…大丈夫。」
いつまでも心配そうに見ていたフラガを思い出して、小さくキラは笑う。
左手が、タイミングを計って出力を上げて行く。その背に負った翼が、熱を帯びる。
格納庫の床に、風が渦巻いた。キラはスラスターの出力を更に上げて、機体を少しずつ沈み込ませて行く。
「整備員は、退避して下さい。」
発進シークエンスが進むにつれて、キラの中の感覚が研ぎ澄まされて行った。
あの頃の、必死だった自分の想い。
「システム、オールグリーン。フリーダム、どうぞ。」
その言葉に、キラはゆっくりと息を吐いた。目を閉じて、フットペダルに乗せた足に力を込める。
「…キラ・ヤマト、フリーダム、行きます。」
目を開けて、グリーンのランプを確認する。フットペダルを踏み込んで、スラスターの出力を全開まで上げる。閉じていた翼を広げ、遠く見える空を目指して、再び主を迎えた白い機体は飛び立って行く。
どれだけ時が流れても、忘れない想いのために。
忘れてはいけない、想いのために。
「…御武運を。」
そう呟いた副官に、笑みを返して。
なんだかな、と言うのが現場に着いたフラガの言葉だった。
あれほど、軍から退避するように勧告されていたと言うのに、遠巻きに目的地を囲んでいるのは市警察だった。後ろに並んだ機体に取り敢えず待機を命じて、本部に連絡を入れる。基地ではなく、現場指揮官に。
「どういうことだよ、潰されるぞ？」
呆れたようなフラガに、モニタの向こうの指揮官は溜息を吐いた。
「ま、向こうにもプライドやら面子やら、色々なものがあるんでしょう。一応、モビルスーツが相手ですし、こちらも出すことは伝えてあるんですがね。」
建物の中に突入する部隊も整っている。偵察に出した無人カメラからの情報によると、閉じ込められた人質は戦争中に使われた地下施設に押し込められていると言う事だった。立て篭もられてしまえば、厄介なことこの上ない。
「…ふうん、抜けるルートはあるのか？」
作品名：君のいる、世界は06 作家名：綾沙かへる