君のいる、世界は06
朝、起きたらいつもと同じ風景が目に入ってきたり。
庭を掃除する老人が、おはようと言ってくれたり。
そんな些細な日常が繰り返されることが、平和だ、と言う事。
クローゼットを開けて、制服ではなく私服に着替える。先日の出撃の後、負傷したフラガと共にキラは一週間の休暇を与えられた。それは、押さえ込んでいた記憶の扉が開いて、精神的に大きなショックを受けたキラのために老人が配慮してくれた事。
さすがに、基地に戻ってからキラは自室に篭ってしまった。フラガが病院に運び込まれて、一人になった途端にそれは襲って来て。報告書を書く事も出来ずに、機体を格納庫に戻して、しばらくその中に篭って少しだけ泣いた。
未だ、その記憶はキラの中に大きく存在している。
理由はどうであれ、人を殺めた事は事実で。
それを戒めとして、二度とそんな事態は起こさないと固く誓って。
失ってしまった沢山の人を想って、泣いて。
たった一人の大切な人のために、笑みを浮かべる。
いつまでもフリーダムから出て来ないキラを心配して、副官が呼びに来るまでそうしていた。あとで聞いた話によれば、自分がそこに迎えに行くんだと言ってフラガが聞かなかったらしい。不機嫌そうに、けれど何処か羨むように告げた彼の言葉に、キラは笑った。
折角降って湧いた休日だから、毎日フラガの部屋でのんびり過ごしている。病院に通うフラガを送っていったり、二人でランチを採ったり、買い物に出掛けたり。時々、候補生達とお茶をしたり。
「…どうなんだ、あいつら。」
何日かぶりに顔を出したフラガは、すれ違う候補生達を見ながら呟く。
負傷した肩はギプスで固定されていて、片手を釣った状態のまま、普段よりも更にだらしなく制服を肩に掛けているだけで。報告書を置きに来るだけなら、別に問題ないだろと本人は笑っていたけれど、彼の副官は疲れたように溜息を吐いていた。
結局、キラとフリーダムの事は基地中に知れ渡ってしまった。そこにはもれなく、この学校も入っている。ところが、職員達は口を揃えて言った。
「そんなことだろうと思ってましたよ。」
さすがに驚きは隠せないけれど、と言って受付けの女性は笑っていた。
あの老人が校長を務めるだけの事はある、とフラガは唸っていた。けれど、キラにはその心が温かくて、嬉しかった。
キラを見下すように模擬戦に挑んで、見事に敗退した候補生達はそれ以来キラに熱心に付き纏っている。まるでアイドルの追っかけでも見ているようだ。
それでも、やっぱり変わらない日常。
相変わらずキラはモビルスーツの訓練は避けているし、職員達もなにも言わずにそれを受け入れている。キラの態度も以前と変わらず、終始柔らかく笑みを浮かべて、女子学生のお喋りに付き合わされていたりする。
「今日もお出かけですか?」
校門に併設されたゲートの守衛室で、顔見知りの兵士がそう言った。行き先が解っているのか、苦笑混じりだ。
「…折角貰ったお休みですから。」
そう答えて、キラは今日もフラガを迎えに行く。
壊れた鍵穴を修復して、もう少し閉じ込めておくための優しい時間。
明るく晴れた空の下で、キラは知らず、柔らかく微笑んだ。
作品名:君のいる、世界は06 作家名:綾沙かへる