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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君のいる、世界は06

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 本当に、味方になってくれるのは一人だけで良い。
 だから言ったのに、と言って苦笑するその人は、あの頃と変らずにキラの頭を撫でて、大丈夫だよ、と呟いた。砕けたコンクリートの破片が散らばるアスファルトを、ゆっくりと踏み締めて近付く。
 「…少佐。」
 見上げた視線の先で、柔らかく微笑うその人を確認して気が緩んだのか、キラの濃紫の瞳からひと雫の涙が零れる。腕を引かれて、ゆっくりと抱き締められた。
 「…バカだな、ほんと。」
 小さな子供をあやすように、何度も背中を撫でて。大丈夫だと繰り返し呟いて。
 溢れ出た記憶のなかでも、そうしてくれたように。柔らかくて、力強い声が、キラのひび割れていた心に染み渡るように広がって行く。
 それに、酷く安心していた事を思い出して。
 「…もう、終ったんだよ、キラ。」
 その言葉に、キラは落ち着きを取り戻した。濡れた目許を拭って微笑む。
 「…そう、ですね。」
 掠れた声でそう言うと、フラガは満足したように頷いた。

 事態は、鎮圧に向けて動いていた。
 慎重に突入した部隊が、人質に負傷者を出さずにテロリストを押さえて、事件は解決する筈だった。
 気が緩んでいた事は否定しない。キラがコーディネイターであると言う事を失念していた。現場に、長く留まっているべきではなかったのに。
 「…これで、バレちゃいましたね。」
 コーディネイターだって事、と何処か寂しそうにキラは呟いた。
 それを伏せていたのも軍だし、出撃を命じたのも軍だ。キラが負い目に感じる必要はない。
 戦争が終ってから、それを終らせたのがナチュラルとコーディネイターが混在する別の勢力だと言うことは、広く知れ渡っている。時間が流れて、地球に暮らすコーディネイターも増え始めた。逆に、プラントに進出して行くナチュラルも増えている。当然、主に技官を中心に地球軍にもコーディネイターは存在する。
 恐らく、今更それを問題にする輩はいないし、そんなことはあの老人が許さないだろう。
 けれど、この場にいる人間の中に、必ずしもコーディネイターに敵意を持つ者がいないとは限らなかった。
 裏切り者、と鋭い罵声が響く。
 視線を向けた先で、鈍く光る銃口。その先は、キラに向けられていて。
 考えるより先に、フラガは隣にいたキラを突き飛ばした。
 乾いた銃声と、肩に生じた衝撃。何処からか悲鳴が上がり、一瞬で混乱が広がる。
 肩の骨の一部を砕いて、銃弾は通り抜けて行く。痛みよりも、強い衝撃と、驚くほどの熱さ。
 「…ムウさんッ!」
 悲鳴に近い声を上げて、キラが駆け寄って来る。それを視界に捕らえて、来るな、と叫んだけれど遅い。
 キラに向けて鉛弾を放ったのは、難を逃れたテロリストの一人らしかった。すぐさま、近くにいた兵士と警官に取り押さえられる。アスファルトに押しつけられながらも、なおも意味の分からない言葉を喚き散らす男に、フラガは険しい視線を向けた。
 「大丈夫ですか?!」
 駆け寄ったキラに支えられて、ゆっくりと膝を突く。緩く溜息を吐いて頷くと、蒼白になったキラの顔を見て笑みを零した。
 「…ま、なんとかね。お前は?」
 自分の肩に当たった、と言うことは、キラの頭を正確に狙っていたと言うこと。反応が少しでも遅れていたら、と思うとフラガは背筋が凍る。失うのは、もう沢山だ。
 「…僕は、平気です。」
 震える声で、キラは答える。ああ、また泣くかな、とのんびりと思ったけれど、隣にいるキラが無傷な事を確認出来たからそれでもいいと思った。
 「…こら、泣き虫。…ちょっと肩貸してくれよ?」
 俯いたキラの頭を軽く叩いて言いながら、負傷していた腕を動かしてしまってフラガは顔を顰めた。
 「あ、はい…ええと、救護班、いますよね?」
 慌てたように目許を拭ったキラは、幾分落ち着いた声でそう言って無事な方の腕を取った。キラのどちらかと言えば華奢な身体に、フラガの大柄な身体は少し辛いかな、と思ったけれど、その手を借りて立ち上がる。
 すぐ横にあるキラの耳元で、小さくフラガは溜息を零して呟いた。
 「…お前、あそこであれは反則だぞ。」
 普段は滅多に呼んでくれない名前。とっさの事態につい出てしまったのか、次は一体いつそう呼んでくれるのだろう、と思うと。
 フラガの言葉に、キラは一瞬で顔を赤くする。
 「…忘れて下さい…」
 俯いて、耳まで赤く染めたまま、キラは小さく言った。その姿が可笑しくて、フラガは苦笑を零した。

 突然突き飛ばされて、一瞬思考が止まった。アスファルトに叩きつけられる衝撃と、近距離から響いた銃声。
 「…なに…ッ」
 慌てて顔を上げると、飛び散った鮮血が視界に映った。自分を突き飛ばした人の肩を撃ち抜いた銃弾、それまでもがまるでスローモーションのように目の前を流れて行って。
 悲鳴混じりにキラはその名を叫んだ。
 ただ、その人の傍に行きたくて。無事である事を確かめたくて。
 フラガの肩から溢れた鮮血は、パイロットスーツを染めてアスファルトに滴り落ちる。険しい表情のその人の視線は銃弾を放った男に注がれた後、キラに向かって笑みを浮かべる。
 考えるより先に、走り出していた。
 泣き虫、と言って笑うその人は、確かに自分の隣にいる。手を伸ばして、触れることが出来る。
 厚い布越しに、その存在を確かめて、生きている事を確認して。涙が零れた。
 「…おまえ残して、死ぬわけないだろ。」
 見た目通りに大きな身体に肩を貸して、ゆっくりとその場を離れようとした時にフラガは呟いた。
 「…そうですね。」
 キラはその言葉と共に笑みを零す。
 「そんなこと、許しませんから。」
 僕が、あなたを護るから。大切な、大切な存在。
 裏切り者、と呼ばれた事を思い出す。視線を巡らせると、そう言い放った男は拘束され、護送車に乗せられる所だった。
 迎えに来た救護班の青年にフラガの事を頼むと、キラはゆっくりとそちらに向かって歩いて行く。キラに気付いた兵士達が、一斉に敬礼を取った。それらを視線だけで柔らかく押し留めて、キラはテロリストの男の前で立ち止まる。
 「…あなたは、コーディネイター、なんですね。」
 静かに、言葉を紡ぐ。
 この男は、恐らくフリーダムとそのパイロットの事を知っていたのだろう、とキラは思う。
 戦争を、終結に導いた機体の事を。そのパイロットが、コーディネイターである事を。
 睨みつける視線を、真っ直ぐに、柔らかく受けとめて。
 「…僕は、誰も裏切らない。これまでも、これからも、大切な人だけの味方だがら。大切な人を護るために、この力を使うから。」
 あなたにも、いつか見付けられるといいね。
 静かに、けれどはっきりとキラはそう言って、微笑った。それは、誰もが見蕩れるような、柔らかくて暖かい笑顔だった。


 日常が戻って来る。
 いつものように、キラは目覚ましを止めて自室のベッドで大きく身体を伸ばした。カーテンから零れる光は、今日も良い天気だと言う事を告げている。相変わらず、気温は低い。
 寒い、と呟きながら空調のスイッチを入れて、カーテンを開けた。鳥がさえずっている窓の外を眺めて、笑みを浮かべる。
 「…こういう事、だよね。」
作品名:君のいる、世界は06 作家名:綾沙かへる