君のいる、世界は07
まあ座ってろ、と言って自動販売機に向かったフラガの背中に、恐る恐る声を掛けると、参ったなあ、とその人は呟いた。
「…ま、一応内緒な。あいつが嫌がるから。」
苦笑してそう言うと、目の前のテーブルに紙コップを二つ置く。
「さて、どこら辺から聞いてたのかな?」
知らず、背筋が伸びた。口調は軽くても、目が真剣で。威圧されたように言い澱んでいると、フラガは不意に苦笑した。
「…って、まあそんなに硬くならなくてもいいさ。半分はプライベートな問題だから。」
さらりとそう言って、フラガは紙コップに入ったコーヒーを啜る。
「…会話自体は、殆ど聞こえてません。でもあの、その、キス…してるのは…」
しどろもどろとした答えに、フラガはまた笑う。
「そうか…よりにも寄って現場か。言い逃れ出来ないなあ…まあ、するつもりもないけど。」
キラの副官なんだし、とフラガは続ける。
「いずれバレるって俺は言ってたけど。とにかくそう言う関係な訳だ。」
自分の見た現場よりも、本人にあっさりと肯定された方が衝撃は大きい。そうして、その人はもっと大きな事実を告げる。
「キラのこと、どう思う?」
突然話題が逸れたから、カイは首を傾げた。
「…良く、分かりません。」
好きとか嫌いとか、そう言う感情以前に本当に良く分からないひとだ、と思った。そもそもいつもはぐらかされているから、良いひとかな、ぐらいの感情しか持っていない。それを素直に伝えると、フラガは頷く。
「そう、あいつほんとに良くわかんないんだよな…まあ、付合いが長くなれば分かって来るからそれはいいさ。カイ、おまえキラに自分がハーフだって言ったんだって?」
その事実は当然フラガは知っている。自分でそう言った記憶がまだ新しいから、カイも頷く。
「はい。それは事実ですから、問題ないと思いますけど。」
ナチュラルにしては高い能力。黙っていてもいずれ疑惑は持ち上がるから、先に自分で事実を告げて来た。受け入れてもらえることは少なかったけれど。
「…昼間、俺にキラのこと聞いただろ。ひとつ、答えられることがある。」
信用して話すんだ、と打って変わって真剣な表情でフラガは言った。
「あいつは、コーディネイターだ。」
ほんの少し、間を置いてフラガは続けた。
現在の地球軍の中にもコーディネイターはたくさんいるし、別に珍しいことじゃない。言っている事の意味が判らずに黙っていると、フラガは覚えがないか、と少し柔らかな口調で言う。
「おまえも、ここでさ。特に、ここは地球軍だ。キラは生まれからしてコーディネイターなんだ、ちょっとばかり事情の特殊な。」
人間は、毛色の違う者を排除する傾向が強い。時間が解決してくれる事もあるけれど、そこから更に特殊な事情がつくとなると、恐らく難しいのだろう。
「キラは、俺が戦争に巻き込んだんだ。ヘリオポリスの件は聞いてるな?」
件のコロニーが崩壊した事件の一部始終は、有名な話だ。地球軍、ザフト、お互いに責任をなすりつけ合った挙句、その後戦争が泥沼化する原因の一端を作った。
「…知っています、ニュースで観てました。」
カイの答えに、フラガは少し目を細める。
「その時、キラはあそこにいた。…俺が、無神経な事を言ったばかりに、親友を敵にまわして地球軍初のモビルスーツのパイロットになった。地球軍の艦で、たった一人のコーディネイターだ。」
同朋からは裏切りものと言われ、味方の筈のクルーからは距離を置かれ。
そんな状況は、自分には耐えられないだろうとカイは思う。
「…たくさん泣いて、傷ついて、それでもあいつは強かったんだ。」
強いと言う言葉は、純粋に能力の事なのかそれとも人間としての意味なのか。
いつしか、キラは戦争の向こう側の世界を見ていたのだとフラガは言う。
「終戦の真実を、正確に知ってる人間の内の一人だよ。」
ヒントはお終い、と言ってフラガは困ったように笑う。
「…いずれ、キラが話してくれるさ。だから、もうすこし辛抱しててくれ。」
そうしてフラガは軽くカイの肩を叩き、休憩室から出て行った。
「ああ、そうだ、あいつキレると恐いから、気をつけてな。」
少しだけ振りかえって、そう言い残して。
作品名:君のいる、世界は07 作家名:綾沙かへる