君のいる、世界は09
「その、前に、フラガ教官は知ってたんですか?」
未だその勢いの名残か、唸るように搾り出された質問に何処までかはわからないけれど「トーゼンでしょ」と返したら、カイは知ってたんなら教えといてくださいよ、と微かに逆切れした。
「元気そうで安心したよ。」
キラの執務室に置いてあるソファは、クッションが硬めだ。その上で金色の髪を揺らして微笑った少女は、少し見ない間にずいぶんと大人びていた。
「…うん。カガリも相変わらずだね。」
マーナさん困ってたじゃん、と言ったらカガリはただ笑うだけだ。
「いいんだ。キラに会いたくなったから来た、それで文句言われる筋合いはないさ。」
仕事片付けてきたし、と付け足す彼女は若干十九歳ながら国家を代表する立場にある。けれど彼女が主張する「片付ける」の意味をなんとなく悟ってしまって苦笑した。
戦争が終わってからカガリはオーブに戻り、程なくして父親の跡を継いだ。望まれたのもあるし、彼女が自ら願ったことだ。にも拘らずキラがカレッジにいる間、どこをどうしたらそんな時間が取れるのかと思えるほど頻繁に顔を合わせていた。やはり血の繋がった存在というものは、自分たちが思うより大きいのかもしれない。
そうやって過ごしていた時間が、いつの間にかひどく遠ざかっていた。自分が軍に戻ることを決めて、ここに配属になったときから、あまり外の世界とは関わっていない。カガリどころか両親や、共に戦った仲間たちとすらほとんど連絡を取っていないような状態で。唯一、繋がりを持ちたいと思う人はすぐそばにいるから、それだけで充分だと思っていた。
「…あ、今すごく暗いかも、と思った…」
ぐるぐると回り始めた自分の思考に零した感想に、カガリはからからと笑った。今頃気付いたのか、と言って。
「大体、キラは遠慮しすぎだし考えすぎなんだよ。」
さてと、と続けて勢い良くソファから腰を浮かせた。
「せっかくだから見学者、やろう、キラ。」
見学者?
不可思議な言葉に首を傾げる。言葉自体はそんなに不思議ではなく、彼女がそう言ったから不思議なわけで。
「…視察、じゃなくて?」
若干の違いがありこそすれ、そう言われたほうがまだ納得できる。その質問にカガリは違うよ、と首を振った。
「聞いてないのか?今日夕方までしか時間取れなかったから、とりあえず見学していいって校長が。」
つまり、言葉の通り「入学希望者のための学校見学」の意味だ。本当に、あの老人の考えていることはよく解らない。しかも、自分はこれっぽっちも聞いてはいない。そもそも急に現れたくせにそんなに根回しと言うか、すぐに許可が下りるわけもないし、たとえ身元がしっかりしていたって、いやむしろその身元のせいでここに来ること自体本当はものすごく大変なんじゃないかとか、でもだったら何で突然来るんだろう見学者ってことは事前申し込み必要なのにとか、つまり今まで知ってて黙ってやがったのかあの年寄りとか、ほんの数秒で駆け巡ったことにいささかぐったりしながらも明後日を向いて乾いた笑を浮かべて、キラは溜息を吐いた。
「…うん、解った。」
もう、どうにでもなれ。
「双子ぉ?!」
思いも寄らず面白い声が出たな、とフラガはこっそり笑った。完全にひっくり返ったそれは、その衝撃の大きさを物語る。
「そう、双子。色々事情があってそれぞれ別の家族がいるけど、生まれは間違いなくな。」
キラの出自は少々特殊だ。自分だって戦争が終わるほんの少し前に知った。それを聞いてしまえば、平和の国と謳われるオーブでぬくぬくと育っていられたのが不思議なくらいの紆余曲折を経て現在に至る。
子供は親を選べず、生まれてくる場所も、時間も、世界も選べない。
だからこそ、キラは今此処にいるのかもしれない。
「じゃあなんであの人ここで教官なんかやってるんです?」
こめかみを親指で揉みながら溜息混じりに訊き返すカイに、そりゃあ当然、と言って笑みを浮かべる。
「俺がいるから、でしょうが?」
そういう頭の悪い答えが聞きたいんじゃありませんよ、と良く考えれば恐ろしく失礼な言葉を吐いた。しばし傍観者に徹していたフラがの副官は堪え切れないと言ったようにそこで吹き出して、あなたにも解っているんでしょう、と口を挟む。
「それもあるんでしょうけど、少し見ていればどれほど優秀なのかはすぐに判る筈よ。特に技術部にとっては、かしらね?」
エンジニアに引っ張りだこなのはアークエンジェルに乗っていたときからそうだった。それでなくとも、未完成のモビルスーツ制御プログラムを、専攻していたとはいえ一介の学生が書き換え、あまつさえそれ以上の完成度を見せたと言う揺るがない事実もあったりするのだから。
「ま、適材適所、かねぇ。本人の希望もあるし。」
プログラムどころかパイロットとしての技術も恐らくこの基地内で適う者はいない。パイロットとしての能力が突出している筈のフラガでさえ、「勝てない」とはっきり認識しているくらいなのだ。
よく考えればその能力だけでも充分目立つ。その上コーディネイター特有の、整ったあの容姿。目立つな、と言う注文自体がそもそも無理だ。それに加えて、そこそこ世界で認識されている国家の現トップが血縁だなんてオプションが付く。何も事情を知らない一般の学生や隣の基地にいる兵士たちは、気付いたら大騒ぎするに違いない。
「…あ、マズイ」
唐突に思い当たる。
「お前さっき、お嬢ちゃんは見学に来たとか言ったよな?」
ここに駆け込んできたとき、カイはつっかえながら「オーブの代表首長が見学に来た」と口走った。その案内にキラが指名されたのならば彼にとっても特に問題はなかったのだろうけれど、そこでキラの口から「久し振り」とかいう単語と「席外して下さい」と言う命令が、そもそもこんなに彼を混乱させる事態を引き起こしたのだ。
「…あ、はい。校長が先に立ってこられて、話によると最初からキ…ヤマト教官に来客だと言って。」
おやおや、と微かに片眉を上げる。ほとんど無意識だったけれど、それに気付いたのか自分の副官は小さく笑った。それを軽く流して、あーあ、と溜息をひとつ。
「…あのな、カイ。」
もう遅いかもしれないけど、と前置きしてから。
「物凄いことになる、かも知れないぞ…?」
一人ずつでも強烈なのだ。それが、二人揃ったらほとんど怖いもの無しで。やたらマイペースな姉弟にほんの少し振り回された過去を持つフラガは、とても実感の篭もった呟きとともに固まったカイの肩を叩いた。
「……頑張れ。」
作品名:君のいる、世界は09 作家名:綾沙かへる