君のいる、世界は10
そんなもんです、とカイはグラスを傾けた。氷が涼しげな音を立てて、キラは自分のグラスの中身がグラデーションを作っていることに気付くと、小さく笑ってそれに口をつけた。
「だって卒業試験なんて難しくなくちゃ意味ないよね…」
それまで学んできたことの成果を見るのが卒業試験だ。その先に進む道がまったく関係なくとも、講義を受けた以上は自分の知識や技術として持って行って欲しいのに、そこまで考えるほうが珍しいのだろうか。
呼び出された先で今年度の卒業生を担当する主任教官の前で自分の問題をあっさり解いて見せたら、「…やってもいいけど採点基準考えろよ」と微妙な許可が下りた。答えは単純明快だから、それが示されてしまえば文句は出てこないらしい。最後の呟きは軽く厭味だ。
昼休みに入った廊下は人で溢れている。そういえばランチどうしよう、とぼんやり考えながら食堂の前庭に広がったテラスに出ると、「ヤマト教官っ」と言うかしましい声と共に自分が受け持つ学生に囲まれた。女の子ばかりの集団はやけに真剣な表情でじりじりと詰め寄ってきて、思わず後ずさる。
「…な、何、かな?」
訳もわからずかろうじて返事をすると、集団の中の一人が両隣と目配せをして顔を上げる。
「フラガ教官が、異動でパナマに行くってホントですか?」
作品名:君のいる、世界は10 作家名:綾沙かへる