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綾沙かへる
綾沙かへる
novelistID. 27304
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君のいる、世界は10

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 異動が避けられない決定事項だとすると、次に起こる大問題はたったひとつだ。
「…キラに、なんて言えっつーんでしょ」
 ね、と諦めたような笑みを浮かべると、マリューはあからさまに視線を逸らした。
 異動する自分にストライクが付いてくるように、キラにはもれなくフリーダムが付いてくる。量産機も配備されているストライクは行き先に困らないけれど、現在フリーダムの収容設備が整っているのはカリフォルニアだけだ。つまり、キラはそこから動くことがない、というより出来ない。
 それを置いて付いてきてくれるかとほんの少し考えて、軽く首を振った。あれは預かり物だと自分も知っている。返すならともかく、無責任に置き去りにするようなことは彼が絶対にしないだろう。そもそもキラの性格上、異動するから付いて来いなんて言ったところで聞くわけがない。とても頑固なことをよく知っている。
「…俺、大人だよな…?」
 ポツリと零した呟きに、マリューは黙ってコーヒーを差し出した。


「だって、ねえ、あんまり可哀想な顔するんですもの」
 さすがに罪悪感だわと言いながら苦笑を浮かべると、モニタの向こう側で微かに目を細めた彼女はそうですか、と静かに頷いた。
「だから体裁を整えたいの。…お願いできるかしら」
 フラガの異動を聞いたときから密かに準備していたことだ。フリーダムの収容設備を秘密裏に作り上げたのも自分だというのに、それを失念していたのがなんとなく悔しい。
 ともかく、キラがあの場所を動くための名目を作っておかなければ、相変わらず人手不足の指導員に大きな穴が開いてしまうかもしれない。
「…そうですわね。あの方がいらっしゃらない場所に、キラが残るとは思いませんもの」
 小さく笑ったラクスは、構いませんわと続ける。
「私がアレの所有者であるという形を整えればよろしいのですね」
 戦争中にやむを得ず強奪した形になっているフリーダムを、ラクスの個人資産であるという証拠を作って欲しいというメールを送ったのは、フラガに辞令が下りる前の話だ。一個人の所有物を地球連合軍が借りているという形を取れば、少なくとも移動させることはできるようになる。後はその専属パイロットであるキラが、軍籍から離れればいい。戦争が終わってだいぶ時間が流れ、そろそろ警戒していた他の上層部の気も緩んだようだし、と思いついた計画を即座に実行することにした。
 いまやプラントのみならず、地球でも知名度の高い歌姫の「高価な買い物」は、束の間話題を提供してくれるだろうけれど、戦争を終結に導いた英雄である彼女と、それに従ったフリーダムの関係を怪しむ人間はそういないだろう。そもそもかなりギリギリのラインで実行する計画だから、その事実自体伏せておけばいい。
「…無理を言ってごめんなさいね」
 その言葉に彼女はいいえ、と笑って「権力は使うためにあるんですのよ」と珍しく冗談交じりに続けた。
「では私はこちらとの交渉を始めますわ。準備が出来ましたらまたご連絡いたしますので」
 分刻みで動くラクスがちらりと時計を見てそう告げると、モニタは沈黙する。
「…そうね、せっかくだから権力は使わなくちゃ」
 ヘリオポリスの最初の襲撃で死んでいたかもしれないのだ。まず間違いなく、キラに助けられた最初の人間は自分だろう。そうして、最後まで助けてもらったのだから。
 ほんの少しでも、恩返しが出来ればそれでいい。


 様子がおかしい、と言うのが戻ってきて最初の感想だった。
 先日本部まで行って帰ってきたフラガは、なんとなく落ち着かないというか、挙動不審だと思う。
「…ていうより…なんか、隠してる、かな…」
 開いた窓から湿気を含んだ風が緩やかに室内に流れ込んでくる。季節は春から夏に移ろうとする頃、早いものでここに来てもうじき三年目だ。それこそ周り中から「やっとかよ」とツッコミが入るくらいの時間をかけて、ようやく基地内の宿舎を出て郊外のマンションに引っ越した。フラガの暮らす部屋にまるっきり居候というのも気が引けるので、一応生活にかかる経費は出すことにしている。それがたとえ「恋人同士の同棲」であっても、互いに仕事を持っているのだからそんなの当然、と微妙な顔をするフラガに押し通した。
 二年近く週末だけ通っていたときにはなんとも思わなかったけれど、毎日宿舎ではなくて誰かのいる場所へ帰る、それが妙に恥ずかしかった。お嫁に行くってこんな感じかなあ、とぼんやり思ったりもしていたけれど、やっと慣れてきたような気がする。
 慣れてきたと思ったら、今度は同居人が挙動不審だ。時々ぼんやり宙を見詰めては溜息を吐いたり、俯いたと思ったら急に立ち上がったり、大真面目に頭のネジでも飛んでしまったのかと疑ったくらいだ。ネジの緩むような季節はとっくに終わっている。
 いくら鈍感な自覚がある自分でも視線が物言いたそうだ、と言うことくらいは読み取れる。要するにキラに何か言いたいことがあるのに切り出せないのだろう。
「…近いところにいると思ったんだけどな」
 そこまで信用されていないのかと、諦めに似た呟きが空に消えるタイミングを計ったようにぞんざいなノックが響き、副官が顔を出した。
「…あー、参りました…苦情来てますよ主任から、卒業試験問題が厳しすぎるって」
 大げさに首を回しながら疲労を滲ませて、カイは自分のデスクに抱えていた書類を投げるように置く。反動で幾分崩れたけれど気にしないようだ。
「え、ああ、アレ…」
 自分で作成した試験問題を思い出して苦笑交じりに相槌を打つと、明後日を向いたカイは乾いた笑いを零した。
「えーえー、オレは自分の教官がキラでなくて心底良かったと思いましたよ、いつまで残る羽目になるやら」
 最初の頃に比べたら、随分砕けたものだ。大げさに溜息を吐いてそう言うと、カイは部屋の隅にある冷蔵庫からアイスティーをふたつ淹れる。ひとつをキラのデスクに置いて、自分はデスクから椅子だけを引っ張ってくるとデスクの横に陣取った。
「暑くなってきたからそろそろいいでしょう?」
 アイスティーなんていつの間に用意したのかときょとんとしていると、グラスを指してカイは笑った。
「うん、有難う」
 丸い氷が浮いたグラスはまだ少し冷たすぎるような気がした。行儀悪く椅子ごと後ろに下がって開いていた窓を大きく開け放つ。湿気を孕んだ風がカーテンを揺らした。空は青く晴れているけれど、雨が近いのだろうか。
「…で、主任が呼んでるのでそれ飲んだら行ってください」
 キラの講義はそう難しくはない。ただ答えは単純で簡単なことが多いわりに、そこに辿り着くまでが遠回りになっていることが多いだけだ。それくらいしなければ実践で使える人材を、と掲げられた目標には届かない。
「…要するに閃きの問題なんだけどね」
 難しいかなあ、と呟くとカイは「貴方の癖が解れば簡単だと思いますよ」と苦笑交じりに相槌を打った。
「なんか…僕の講義は受けたくないんじゃなかった…?」
 主席卒業は伊達じゃない、と言うことだろうか。カイは微かに笑って「ヤですよ」と頷く。
「ま、人間は成長するもんです…三年も毎日貴方の組んだプログラム見てれば癖くらい気付きますよ」
作品名:君のいる、世界は10 作家名:綾沙かへる