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甘えん坊症候群[シンドローム]

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昼餉の支度をしていた女中に話しをし、出してもらった果物の中から小十郎は林檎を選んだ。

それと小皿を持ち、小走りに政宗の部屋へと戻る。


「政宗様。小十郎が戻りました」


音を極力立てないよう部屋へと入り、小十郎は屈み込み声をかけた。目を開けた政宗は、熱の性か少しぼんやりしている。数度目を瞬かせ、ゆっくりと小十郎へと視線を向けた。


「戻った、か」

「はい。林檎をお持ちしましたが、食べられますか?」

「ああ大丈夫だ…Thank you」

「では少しお待ちください」


一緒に持ってきた短刀を取り出し、実に当てる。林檎は見る見るうちに赤から白へと姿を変えていき、一口大の大きさに切り揃えられ皿へと並んだ。
政宗は上半身だけを起こし、その様子をじっと見ている。


「さ、どうぞ」


剥いた一切れに楊枝を刺し、皿を政宗へと手渡した。政宗は皿を受け取ったものの、刺した一切れを持ったまま口に運ぼうとしない。
疑問を覚えた小十郎に政宗が顔を上げ、言った。


「お前は、何か食べたのか?」

「私、ですか?」


問われるとは思わず、聞き返す小十郎。
その反応から否を感じたのか、政宗の眉が顰められる。


「朝からずっと俺に付きっきりだろ。お前も食えよ」

「政宗様が休まれてからいただきます」

「駄目だ」


ぴしゃりと遮り、小十郎をにらむように見る。


「お前の事だ、どうせ政務があるとかなんとかでそのまま部屋行って食わずとかザラだろ。そんなの許さないからな」

「それは…」


何か反論しようにも、そうならないとも言い切れない。否、現状ではそうなる可能性のほうが高かった。
どうしたものか、と押し黙った小十郎の前に、ずいと林檎が一切れ差し出される。
顔を上げれば、少しむくれた政宗がそれを突きつけてきていた。


「お前が食ったら俺も食う」


そうじゃなきゃ食わねぇ、と言い切りじっと小十郎を見てくる。
まるで、子供の我侭だ。
だが、小十郎はそれが微笑ましくも嬉しいと思う。こんな時でも自身を心配してくれている政宗に対して。
それが単なる優しさだけでないと言うことは、一番よく知っているから。


「わかりました、いただきましょう」


ここで自分が折れなければ、どんな無茶をするかわかったものではない。
小十郎が素直に口を開ければ、爽やかな香りと甘酸っぱさが口の中に広がる。数度咀嚼し、飲み込んだ。
それを確かめた政宗は笑顔になり、自身の口にも林檎を放り込んだ。


「ちょいと酸っぱいけど、美味いなこれ」

「それはよかった」


皿の林檎はあっという間になくなった。
小十郎は政宗の背を支え、布団へと横たえる。そっと手を引けば、縋る様な視線が向けられた。
それはまるで守役として仕えて間もない、甘える事を思い出した時の頃のようで、自然と小十郎の顔に笑みが浮かぶ。


「もう、行くのか?」

「はい、書簡の用意を。今日中に出す予定でしたから」

「ああ…そっ、か」


吐き出された吐息には、言葉にはしない落胆が見て取れる。でもそれは、小十郎にとっては予想通りの反応だ。
そっと政宗の髪に手を触れさせ、続ける。


「それが片付きましたら、また来させていただきますよ」


宜しいですか? と小十郎が問えば、当たり前だ。と少し赤みの増した顔で返される。
さらりと頭を撫ぜれば、政宗の瞳がゆっくりと閉じられる。しばらくして、規則正しい寝息が聞こえだした。
そんな無意識な甘えを見せた政宗に、小十郎は顔を屈み寄せると、額に触れるだけの口づけを落とす。そして言った事を果すべく、静かに部屋を出て行った。





額へのKissは、二人の間での約束の証。
そして、甘えん坊を静める一番の薬。



Fin.