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綾沙かへる
綾沙かへる
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カケラ、集める日々。

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その写真は、ロッカーの奥に仕舞ったままだった。
 艦を降りるとき荷物の整理をしていたら、何かのはずみで床に落ちて硬い音を立てた。屈んで伸ばした指先が、僅かに躊躇ったことを覚えている。
 戦争をしていた。それは誰も救わなかったのかもしれない。
 誰もが希望も、絶望すらも見出せない世界の中で、たった一つ貰った小さな光のようなもの。









「…きょうだい、って、どういうものなのかな」
 格納庫を挟んで反対側の通路をガラス越しに見詰めて呟くと、隣にいた少女は微かに首を傾げた。
「…さあ…私も一人っ子ですから。コーディネイターに兄弟がいる、というのは珍しいことですのよ」
 出生率が下がり、深刻な人口減少に悩むプラントでは両親に子供ひとり、というのが普通らしい。実際、たまたま双子の受精卵があったから二人生まれてきたわけで、そうでなければ自分にも姉弟なんていなかったのかもしれない。
 彼女でなくとも、生まれてくることが出来なかった「兄弟」ならば沢山いたのかもしれないけれど。
「…じゃあ、僕はラッキーなのかな」
 この戦争に巻き込まれなければ、出会うことの無かった片割れ。
 視線の先に親友と、屈託無く笑う少女を映したまま呟くと、ラクスは小さく笑ってそうかもしれません、と相槌を打った。
 あの日から悪い方へと転がっていく世界。それを受け取ったときの衝撃と戸惑いは、時間を置いて少しずつ馴染み始める。もっと知りたい、と思うのは、人であることの証のようなもの。
「それが、帰ってくる理由になる、かな」
 これ以上悪くなることなんてない。そう思えば、握る手のひらは少しだけ軽くなるような気がした。

 きょうだいがいる、それを知った日にたった一人の家族を失った。大好きだった父親を失い、暫くはひたすら泣いているだけだった。渡された写真のことを思い出したのは、少し時間が開いてからだ。
「…きょうだいがいる、なんて話は聞いたことが無いな」
 親友で幼馴染だというその人は、軽く首を傾げてそう言った。
 知らない女性の腕に抱かれて眠る子供たちが写る写真。知らない、とキラは呆然と首を振っていた。けれど、写真の女性と彼はよく似ていた。父の最後の言葉が、嘘だとも思えない。何らかの事情があって、実の両親の元を離れて現在に至るのだと考えたほうが自然だ。
 ヘリオポリスで出会ってから、心の片隅に残っていた彼の存在。双子だというのなら、あの時から自分の中の何かが、思い出していたのかもしれない。
 ともあれ、考えても事実を知る人が居ない状況では確認のしようがない。兄か弟かもよく解らないけれど、もし自分の家族がいるのならばそれはとても嬉しいことだと思う。
 ふふ、と小さく笑うと、隣にいたアスランは妙な顔をした。
「…どうしたんだ急に」
 怪訝そうな顔で覗き込む彼に嬉しいことだよな、と笑った。
「私にはお父様しかいなかったんだ。でも、家族がいる、ひとりじゃないって」
 家族がいて、仲間がいて、こんなに嬉しいことはないんだと。
「…帰ってこないとな」
 僅かな沈黙の後、ぽつりとアスランは呟く。
 この戦争を終わらせて、ここに帰ってくる。帰る場所がある。
「…お前も、な」
 その言葉に微かな苦笑を混じらせたアスランは、そっと触れた指先を握った。応えるように握り返して、驚くほど穏やかな笑みを浮かべてガラスの向こうに広がる宇宙を見詰めていた。




 言われるまま、地球に降りた。
 誰もが居場所を失った艦のクルーたちは、戦争が終わって安堵したのも束の間、身の振り方を真剣に考えなくてはならなかった。脱走した艦に戻る場所はなく、いくら組織機能が壊滅しているといっても、見限った形の地球軍には戻るつもりは誰一人としてなかった。
「艦ごとオーブに来ればいい。私が、何とかするから」
 アークエンジェルだけでなく、エターナルにいたクルーたちも希望者がいれば構わないと彼女は言い、大気圏を突破できるだけの補修を受けて降りた地球は、初めて大地に足を降ろしたあの時とは随分と心象が違っていた。
 乾いた砂の世界に降りたときと、造船工場に繫がった格納庫のタラップを降りるときでは視覚に受ける印象からして違って当然だけれど、戦争は終わったんだという気持ちの余裕が印象をだいぶ変えていた。
 強い陽射しは、赤道が近い南国のもの。風に揺れる緑色の葉も、今まで見てきたものとは随分違った。以前立ち寄ったときには周りをゆっくり眺める余裕もなかったから、まるで初めて訪れた場所のように新鮮だ。
 攻撃を受けた港はそこかしこに戦争の跡が残り、復興の準備をする人々が忙しく立ち働いていた。そんな街の慌しい場所から遠ざかり、緑に囲まれた小さな教会で昇る朝日を見て、暮れてゆく夕日を見る、そんな生活が始まった。







 波の音がする。
 窓の外には、暗く沈んだ夜の景色が広がっていた。ざわり、と揺れる南国の木々の葉が、それが止まった世界ではないことを主張する。遠くの明かりを反射して微かに揺らめく波が続く景色は、ようやく見慣れたものになった。
 軽く溜息を吐いて窓を閉める。アナログな時計が立てる小さな音が、やけに大きく響いた。あと何時間かすれば、夜が明ける時刻だ。点いていた小さなランプの明かりを落とすと、薄闇に沈む。
 あまり眠れないのはいつものことだ。明け方近くまでぼんやり外を眺めて、僅かな睡眠をとる、その繰り返し。取り立ててすることも無く、それで充分だった。
 陽が落ちてもあまり気温の下がらない国で、柔らかな布団に転がって白んでいく窓の外を眺めて、緩やかに訪れる眠気に目を閉じた。

「…お前、また寝てないだろう」
 僅かに眉を寄せて彼女は会うなりそう言った。
「…そうでもないよ」
 苦笑を浮かべて応えると、半目のままふうん、と素っ気なく呟く。
「キラはいつもそうやって誤魔化すんだな」
 ポツリと零すカガリの肩を軽く叩いてそんなこと無いよ、と微笑った。
「…ほら、今日は出かけるんでしょ。行こう?」
 約束を、した。
 戦争が終わってこの場所に身を寄せる自分と、国の中心にいる彼女とでは流れる時間も、立場も違いすぎた。それでも、今まで果たせなかったことを少しずつでいいから叶えて行こうと、約束した。僅かな時間の隙間を縫うように、他愛の無いことを喋って、遊びに行ったり買い物をしたり。
 そんな、ごく普通の姉弟が過ごす時間を、これから取り返していこうと。
「……そうだな」
 不満げな表情を残したまま、カガリは頷いた。
「あら、お出かけですのね」
 桃色の髪を揺らして微笑むラクスは、持っていた籠をテーブルに下ろした。鮮やかな野菜と果物、南国の大輪の花があふれそうなほど入っている。
「林檎を頂きましたの。カリダ小母様とお菓子を作りますので、お茶の時間にはお戻りくださいませね」
 ふわりと笑う彼女に戸口で二人振り返って、頷いた。
「行ってきます」



「なあ、キラ。今度どっか行こうか、二人で」
 街路樹の木陰にテーブルが設置されたカフェテラスで、トロピカルな香りのするアイスティーを啜っていた彼女は唐突にそんなことを言った。
「…どっかって、何処へ?」