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sweet sour shower

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土曜日に雨だなんてツイてない。
 高校生になって初めての中間テストを二日前に終えたばかりで、この週末はぱーっと遊ぼうと計画していた同級生はたくさんいたと思う。わたしもその一人で、今日は園子と渋谷にショッピングに繰り出す予定だった。
 けれど、ウキウキと弾んでいた心に反して、外はあいにくの雨降り模様。その上、園子はテスト勉強を連日夜遅くまでやっていたのが祟ったみたいで、「ゴメン、熱出ちゃった」とメールが着たのはついさっきのこと。「疲れが出ただけだからすぐ良くなると思う」とも言ってたけど、しっかり寝て治すんだよ、と念をおして返信した。
 携帯をぱこんと閉じると窓の外に目をやる。窓に雨粒が伝って、灰色の空をさらに鈍くぼやけさせる。梅雨の時期だから仕方ないけど、やっぱりテスト終わりの週末に雨なんてツイてない。思わずため息をひとつ。ついでにあくびもひとつ。
 目尻をぬぐうと同時に、玄関のインターホンが鳴った。わたしが腰を上げる前に「らーん、いるかー」と玄関口からすかさず声がする。幼なじみのよく知った声だった。
 はいはい、と適当に返事をしながらドアを開けると、来訪者の新一は傘をくるくると回して雨粒を弾いていた。ドアから顔をのぞかせたわたしに、新一は「よっ」と片手を上げた。
「おはよう新一。どうしたの?」
「ちょっとそこのコンビニで買い出ししたついでに寄ったんだけどよ。蘭、今日ヒマか?」
 今日の予定がなくなってしまい、部活の練習が始まるのも明日からなので、そういえば何もすることがなかった。頷いたわたしに新一はにかりと笑う。
「それなら話は早いぜ。これからオレんちの掃除するんだけど、手伝ってくんねーか?」
 本当は阿笠博士に手伝ってもらうつもりだったんだけど、いきなり予定入ったとかで出掛けちまってよー。そう言って新一は口をとがらせる。ふてくされた顔がコドモっぽくて、くすりと笑みがこぼれる。
「いいよ、掃除なら得意だもん。それに、こないだのゴールデンウイークは新一のお母さん達にずいぶんお世話になったし。お家のことなら手伝わせてよ」
 そんなん気にしなくていーのに、と新一は頬をかく。
「んじゃ、早速オレんち行こうぜ。二人だけだから家中やるのは無理だろうけど、やれるとこまでちゃっちゃとやっちまおうぜ」
「うん。……あ、お父さんまだ寝てるから、書き置きだけ残しておくね。ちょっと待ってて」
 リビングに戻り、電話の横のメモ用紙を一枚取って簡単に朝ごはんのこととかを書いておく。『暗くなる前には帰ります』とペンを走らせて、一瞬その手を止める。
 今日は一日、新一と二人っきりだ。
 何でもないその事実が、胸をドキリとざわつかせた。



 先月のゴールデンウイークに、新一の両親を訪ねて、新一とロスに行ったときくらいからだったと思う。なんだか最近、新一といると自分がヘンだ。妙にドギマギしたり、そわそわしてしまったり。自分でも信じられないけど、新一ってもしかしてもしかすると、カッコイイのかも……とか、思ってしまったり。新一とは小さい頃から一緒にいたけど、こんな気持ちになるのは初めてだった。
「……へえ、今月空手の大会あるのか」
「うん。都内の予選会に出るの」
 たくさんの分厚い本を整理している新一は、中身をぱらぱらとめくりながら返事をよこした。わたしは脚立にのぼって、本棚の高いところに積もったホコリをはたき落とす。半年分溜まったホコリに、マスク越しでも軽くくしゃみが出た。
「だからおまえ、テスト前もギリギリまで部活ばっかやってたんだな」
「だって、一年生で出させてもらえることになったから、先輩たちの期待を裏切りたくないし……」
 新一がおおげさにため息を吐いたのが聞こえて、むっとして振り返る。わたし、何か変なこと言った?
「ったく、オメーもけっこうムチャやるよなあ」
「何よー。テスト勉強もしっかりやったし、ちゃんと両立させてるよ」
「だからだよ。ホドホドに抜くとこ抜いとかねーと、すぐパンクしちまうだろ。おまえ昔っからそういうトコあるし……」
 新一はぶつぶつ言いながら本に目を通している。それって、とぽつりと漏らしたわたしの声に、新一はむすっとした顔のままこちらを振り返る。
「わたしのこと心配してくれてるの?」
「は!? ばっ、バーロ、そんなんじゃねーよ!」
 慌てた様子でこっちに背を向けて本の仕分けに戻る。新一のそういうところも、昔から変わらない。それをすごくうれしいと感じるわたしの気持ちも変わらないけど、きっと昔よりも、もっと。
 ゆるむ口元と少しだけ熱い顔を隠すように新一に背を向けると、わたしも本棚の掃除に専念することにした。浮き足立った気持ちを引き締め直すように、小さく自分の頬を叩く。
 ぐっと上を向くと、さっきハタキを当てたところよりももっと高い場所にホコリが積もって白くなっているのが見える。手を伸ばしても届かないので、一旦床に降りて、脚立を広げてはしご状にする。広い家の掃除ってなかなか骨が折れるけど、それだけ掃除し甲斐があるとも思う。
 はしごをしっかり固定してのぼると、ようやく天井近くまで手が届いた。はたくとだいぶホコリが出てくる。マスク越しに口元を手でおさえて、棚の隅を強めにはたく。さては年末の大掃除のとき、高いところのホコリ取りをちゃんとやってなかったのかも。
 横の棚もやっちゃおう、と首を反対にくるりと向けると、いきなり頭がくらっときた。視界の本棚がやけに遠く感じる。
 あれ、おかしいな。ぐっと眉間に手をあててやり過ごそうとする。けれど、視界が狭くなっていたせいか、足元に注意がいっていなかったらしい。はしごに掛けていた足が滑って、ずるりと宙をかいた。背筋が一気に冷える。
 ひゃっ、と小さく悲鳴が出た。体勢が立て直せない、やばい、落ちる!
「蘭!」
 新一の声がしたと思ったら、どさりと床に落ちたわたしの身体は――叩きつけられなかった。反射的にぎゅっとつむっていた目をゆっくり開くと、目の前に新一の顔があった。
作品名:sweet sour shower 作家名:アキ