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そのときの顔

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「あの顔は谷山さんにも見せてあげたかったなあ。」
「どんな顔だったの?」
くりくりと大きく動く眼を見て、滝川は視線を逸らしコーヒーを啜った。
渋谷・道玄坂一等地。そこに居を構える、SPRの事務所である。
来客用ソファはそこそこ柔らかい。
固いものよりはリラックスできるが、柔らかすぎて身体が不安定になることもない。
身体の環境は精神にも影響する。
だから思考を整理するのに柔らかなソファは向かない。
ために事務所や会社なんかじゃ、わざと固めのソファを用意したりするところもあるらしい。
異常な日常に緊張を強いられてきた依頼人を座らせるには丁度いいだろう。
選んだのはまどか辺りじゃないだろうか?と思ってから打ち消す。
あの鉄面皮の所長なら、依頼人の話を訊くことを考えて合理的に選んでいそうだった。
話題の焦点は滝川である。
本人を前にしての遠慮会釈もない噂話なら、触らずに置くのが最良だろう。
からかわれるのが先に延びるだけとわかっていても。
「なんて言ったらいいのか、がっかりって感じじゃなかったんですよ。」
越後屋の好々爺的な笑顔で話されるのがまた居た堪れない。
「じゃ、絶望?」
高い声で麻衣が混ぜかえす。
「うーん、やっぱりと信じられないがセットになってましたね。」
「そりゃそうでしょ?仮説を立ててジョンに確認したんだから。」
「そうじゃなくて、動揺しすぎて泣きそうというか。」
「はい、少年ストーップ!」
思わず遠巻きにしていた輪に入ってしまった。
悪代官と悪徳商人が悪巧みを囁くような、にんまりした笑顔に迎えられて。
はめられた、とは思ったが、放っておいて話が飛躍するのを止めずにはおれない。
男が泣いていいのは母親が死んだときと子供が生まれたときだけだ、という割と頑固かもしれない信念が滝川にもあって、いかに軟派な生き方をしていても、大の男がそれしきで泣いたなど言われそうになっては堪らない。
「あれー、滝川さんは異議があるようですね。あんなにショック受けてたのに。」
「そりゃあショックだったよねー、何せ大ファンの教授がナルだったなんて、ビックリしちゃうよねー?」
にやにやと口角を吊り上げる麻衣が小憎たらしい口調で言う。
子供だから許されることで、だからこそ、くすぐったいような腹立ちの中で小さな安堵も感じる。
麻衣の来し方なら、子供であることよりも大人であることを選ばなければならなかったことが絶対あったはずなのに、彼女は屈託ない子供らしさを維持している。
できるなら、少しでも多く長くその時間を維持して欲しいと、擦れてしまった大人は思うものなのだ。
「えーえー、そりゃあショックでしたよ、とっくに成人してると思ってたもんよ。いいかー麻衣、ナル坊が論文出したの何時だと思ってるんだ?義務教育の年齢で、論文書いて博士号まで貰ってるんだぞ、ありえないと思うだろうがよ?」
「嫌だなあ、話の筋を逸らさないでくださいよ、滝川さん。」
「ナルがデイヴィス博士だってわかったとき、そんなこと思ったわけじゃないでしょ?あたしだってそんなの、後から気付いたんだから。」
さっきまでウキウキと上げていたテンションをどこへやったか、逆ギレのような滝川の発言は二人に冷や水をかけられ鎮火した。
この場で一番の年長者なはずなのに、居場所がない。逃げ場もない。
「で、どうしてそんな顔したの?」
「あー・・・。パスいち。」
「カードはありませんよ?」
三十六計逃げるに如かずを実践したが、年若い二人は老体を労わることはないらしい。
安原はにっこりと微笑んで、逃がさないと宣告する。
麻衣は麻衣で、
「折角ナルもいないんだしさー、今くらいしか聞けないんだから教えてよ?」
と、これはわざとではないのだろうが、逆にわざとだったらいいのにと思うくらい、素直な子供の表情で訊いて来る。
これには敵わない。最強の攻撃である。
滝川は長く細い息を吐き出して軽く瞑目した。
「絶対内緒だぞ?」
うんうん、と麻衣が首を縦に振ったのを確認してから滝川は開口した。
「最初に、博士の仮説が立ったときな、恥ずかしくなった。」
「恥ずかしい?」
安原も麻衣も意外そうに眼を瞬くので、滝川は当時こっ恥ずかしかった気持ちを思い出した。
「おれって妄想逞しいヒトだったのねーって。」
苦笑で呟いた告白は、噴出す笑いを誘った。
「憧れの人が傍にいるーって?乙女みたーい。」
「図々しい性格をしてらっしゃいますもんねえ。」
そうじゃないの、と滝川はわざとミスリードを誘う物言いだったくせに、乗った二人を嗜める。
「仮説は、多分アタリだと思ったさ。けど、おれが想像してたデイヴィス博士からナル坊は大分離れててな。」
ああ、と場の空気が納得に染まった。
この納得の仕方もどうだろうかと、滝川は苦笑する。
「どんな想像してたの?」
「真面目、誠実、冷静、几帳面で知的な根っからの研究者で、物静かなイメージ。でもって・・・」
一つ、息を吸う。これを言うのは勇気がいる。
「・・・やさしい。」
案の定、最後の言葉に二人ともがずり落ちた。
「やさしい、ですか?」
聞き間違いかどうかを確認するために反駁した安原はまだ冷静だ。
麻衣に至っては、開いた口が塞がらないのに声も出ない、と全身で訴えている。
「論文を読んだ限りではな。」
肩を竦めて笑えば、釣られたように麻衣も顔を引き攣らせて笑い返す。
「・・・途中まではナルに当て嵌めることもできるけど、最後のは、ちょっと・・・。」
日々こき使われ、思いやりがないと慨嘆する彼女には納得しがたいものがあるだろう。さもありなん。
けれど、結局そのやさしさも、ナルなのだと今の滝川は思っている。
判りにくいやさしさだが、わかりにくいから反発するだけで、そのささやかな優しさを麻衣もきっとどこかでは理解しているだろう。
SPRの所長、渋谷一也は決して非情ではない。
・・・ときどき疑う発言はあるが。
「ま、研究一途で暴走しがちだから、おれらにゃ滅多にお目にかかれないけどな。」
「そんなもんですかねえ?」
「なんで、ぼーさんはやさしいなんて思ったの?」
麻衣はショックから立ち直れないなりに、謎を放っておけないらしい。
ソファにきちんと座りなおして質問する生徒の態でこっちを見ている。
「ナルの研究目的、言えるか?」
「えーっと、心霊現象の研究は、まだ科学と認められないくらいに遅れているから、科学であるって言えるくらいにきちんと研究する?」
「まあ、そういうことだな。科学じゃないから、科学にするために研究をする。現代科学のデータと計測方法は機械に基づいてるから、研究するのに相性がちょーっと悪いけど、取れるデータはあるからな。」
「で、その重い機械を使った大層な研究が?」
「どっちもアリだって言ってるってことだろ?」
「へ?」
「現代科学は無能だって主張してるのが超常現象側で、科学じゃないものは存在しない嘘っぱちだって主張するのが現代科学側、って一般には捉えられがちだろ?けど、ナルの研究は、それはどっちも違う。現代科学は無能じゃないし、超常現象は存在する、って両手を広げてるじゃないか。」
「・・・それが、やさしい?」
「そ。ココロが広いなあ、とおれは思ったわけ。」
「ナイナイナイ!!」
作品名:そのときの顔 作家名:八十草子