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そのときの顔

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「日和見ともとれますけどねえ。」
「まあ、そういう面もあるけどな。でも少年、お前さんだって歴史を習っただろ?」
「受験科目じゃなかったんで選択してませんけどね。」
「げ。恐れ入るな。」
「ふっふっふ、歴史に詳しいと、年配の受けがいいんです。」
偽悪的に微笑む眼鏡の奥が底知れない、と滝川は笑う。
「麻衣は世界史やったか?」
「中学までなら?」
てへ、と頭を掻かれたが、まあよしとしよう。
受験科目にならないだろう選択科目は趣味と判じられるご時世だ。
教育関係者には物申したいところがあるが、実際、学生時代の勉強がどれだけ役立つかは本人に拠る所が大きい。
「現代科学の基礎ができたのは近世だ。ざっと300年くらい前、と考えるといい。」
「19世紀初頭を近世に入れるかどうかで揉めますから、それくらいが適当ですね。」
「ああ。その頃から、数や単位の統一って概念が出来たと考えていい。科学と超常現象が相容れないって主張も19世紀からだ。」
「意外に最近ですね?」
「えー、けっこう昔じゃない?」
「だって谷山さん、幽霊の概念なんて、古墳時代にはもうあったんですよ?それから比べれば最近ですって。」
「じゃあ、その間は科学と超常現象は仲良しだったの?」
「というか、一緒くただ。例えば科学を語るのに魂の存在は必要不可欠だった時代とかもある。」
「なんか信じられないかも。」
むう、と滝川の言に麻衣は眉根を寄せる。
「錬金術なんてオカルトが発展して、現代科学になったってことを考えるとあんまり不思議じゃない。ナル坊が妄信的なオカルト信者のせいで心霊研究が進まないなんてキレたことがあったけど、現代科学のほうでも案外そうだったんじゃないかね。超常現象を科学から切り離さないと昔は理論が成立しなかったから科学至上主義を徹底して、超常現象と相容れないってことになったとか。」
「ああ、それならなんとなく、唐突に溝が出来たのにも納得が出来ますね。」
「えー?あたしはわかんないなぁ。」
まあ勉強しろ、と滝川は苦笑する。
滝川は協力者と言う気楽な立場だが、麻衣は半人前とはいえSPRに所属する身だ。
いまいち、あの研究機関がどれだけ大層なものか、わかっていないのだろう。
安原少年は、SPRの正式名称が知れてから恐らく調べたか何かしただろう。
一時、この事務所に居るためにも一角の人間にならないとと考えていたようだった。
もっともナル坊にはあっさり、何故?と問い返されていたので下手な気負いは無くなったようだが。
「つまり無理やりに切り離したから歪みが出来てると思うんだよ。現象は起きている、けど機械と相性が悪いってのはその典型だ。科学が発展する途中で、切り離したために、発展しなかった今の機械以外の技術だとか科学があるってことだ。」
「そうですね。電波だって、実際のところ経験則と言うか、こうすればこうなるっていうことが解っているから使っているだけで、性質は解っても、本当に何がどういう材質かということは解ってないままですから。」
そうなんだ?と麻衣が眼を丸くしている。
「そうそう。蝶の道みたいなもんだ。」
「なんですか、それ?」
滝川が打った相槌に、安原が眼鏡の向こうで大きく瞬いた。
「おやぁ、少年にも分からないとは。いい気分だな?」
ニタリと生臭坊主らしく滝川は笑んだが、麻衣は口を尖らせる。
「そもそも東京で蝶なんて滅多に見ないよ。」
「あー、都会っ子には厳しいか。」
「いや、飛ぶには飛んでますよ?僕は夏に紀尾井町で見かけたなあ。」
「・・・お前さん、何でそんなところを歩いているんだよ?」
「それは秘密です。」
安原が形だけ持ち上げた眼鏡が、キラ、と光った気がした。
「・・・ま、いいわ。蝶の道ってのは、現代の科学技術じゃわからねえ現象の一つだ。蝶がな、こう、ある一定のルートを通るんだよ。高さも場所も一定で、糸を辿るように、そこを飛んでいく。それもな、種類は問わない。色んな蝶が交通整理されたみたいに、そのルートばかりを飛んでく。道があるようにしか見えないから蝶の道って呼んでる。」
「蛾は通るんですか?」
「通らないな。まあ脇道に遊んでく蝶もいるけど、それだって例えば花の蜜を吸い終わったらまた同じルートを通るんだ。ルートを計測機器で調べても何にも出ない。蟻みたいにフェロモンがあるとかじゃないんだな。光を当てたり遮ったりしても変わらない。何で蝶だけがそこを飛んでいくのか分からない。分からないけど、虫取りするやつは蝶の道で待ってりゃとりあえず蝶は捕まえられる。確実に道があるんだと、経験上は知っている。」
「でも理由は分からないんだ?何だか心霊現象と似てるね。」
「そ。おれは心霊現象もそんな感じだと思ってるよ。どっかで取りこぼした科学があって、蝶の道も心霊現象もその取りこぼした科学の範疇じゃないかって思う。」
「それで、その取りこぼしを拾う足がかりにするために既存の機材や器具からデータを集めて、研究をしてるっていうのが所長の現状なんですね?」
「たぶんな。つっても先は長いぜー?科学の発展の基礎ってのはそういうデータ取りを繰り返してきたところがあるが、気が遠くなるような時間をかけて集めてる。そこに切り込んでいこうってんだから、恐れ入るぜ。」
「・・・でも。誰もやらないからって、わからないからって諦めないでやり続けるのはすっごい、勇気があるよね。学者バカなだけかもしれないけど。」
麻衣がボソリと小さく呟いた。
ニヤ、と今度は嬉しそうに滝川は口角を上げて、麻衣をかいぐりする。
「そうだな。おれもそう思うよ。そう思うとあの執念も、ちっとは理解できる気がするな。」
穏やかに微笑する滝川に、麻衣がぐしゃぐしゃにされた頭の文句をつける。
その隣で、安原少年はポンと手を打った。
「ああ、そこが滝川さんがデイヴィス博士に憧れた理由なんですね。勇気があるヒーローみたいですもんね。」
滝川は、ぽかん、と鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、そのくせ心情を言語化され、その通りかもしれないと動揺を物語る顔で惚けた。
それを横目に、にこにこと安原が腹の底が読めない笑顔を麻衣に向ける。
「ほら、谷山さん、こんな顔だったんですよ。オリヴァーの愛称を教えられたとき。」
麻衣は安原に水を向けられて、滝川の顔を2秒マジマジと見つめ。
きゃははは!と年頃の女の子らしく間歇的に高い声で笑った。
その笑い声で自分を取り戻した滝川は、思わず立ち上がり、笑うなっ!と大きな声を出した。
その反応がさらにツボに入ったのか、麻衣はもっと著しく笑い転げる。
安原は長閑な微笑で、二人を眺めている。

SPRは本日も、しあわせな時間が流れている。
作品名:そのときの顔 作家名:八十草子