あじさいとこんぺいとう
ズボンのポケットから、白いハンカチを取り出すと、きちんとプレスされたそれをベンチの座面――綱吉と少年の間に広げる。綱吉の体格ではテーブルが高いため、配慮したのだろう。
そして、そこに先ほどの菓子をざらりとあける。
「わぁー」
薄紫や水色の――――それは、紫陽花に見立てた金平糖だった。
「ほら、口を開けなよ」
「あーん?」
「そう」
まるで鳥の雛のように素直に口を開いた綱吉の口に、少年は紫色の金平糖を一つ入れる。
綱吉はしばらくもごもごと口を動かしたあと、「あまーい」と笑った。
「おいしい?」
「おいしーっ」
にこにこと上機嫌で笑う綱吉の口元に、少年はまた一つ金平糖を運ぶ。
綱吉は再び口を開けて、金平糖を口に含んだ。
そうしていくつもの金平糖を食べさせてもらっているうちに、少年がポツリと呟く。
「やっぱり、これ欲しいな」
「?」
綱吉は首を傾げて少年と金平糖を交互に見ると、小さな指で水色の金平糖を摘む。
「おにーちゃんも、あーん」
少年が欲しいと言ったものが、その菓子であることを微塵も疑わなかった。
少年は軽く目を瞠ったあと、諦めたようにため息をこぼし、その赤く色づいた唇を開いたのだった……。
「あれって、今思うとオレ、ギリギリだったよな……」
いろいろな意味で。
そんなことを急に思い出したのには、理由がある。
つい先ほど、雲雀の城である応接室に呼び出され、午後のお茶につき合わされた。
この習慣からして、自分的にはちょっと疑問なのだが、まぁそれは置いておいて。
そのとき出された茶受けが、紫陽花の金平糖だったのである。
『ほら、綱吉』
『……ほら、ってなんですか?』
金平糖を摘んで、綱吉の口元に突きつけてきた雲雀に、綱吉はびくりと怯えて口元を引きつらせた。
『うるさいな。キミはさっさと口を開ければいいんだよ』
まるで拷問でもしているのかというような口調でそう言われて、綱吉は黙って口を開け、雲雀に手ずから金平糖を振る舞われたのだった。
そして。
「昔はもっと素直だったって……」
まさかな、と思う。
結局あのあと、全ての金平糖を食べ終わる前に綱吉は疲れて眠り込んでしまい、気付いたときには家に着いていた。
奈々に訊いたけれど、あの少年のことは名前もわからなかったし、今となれば顔もほとんど覚えていない。
ただ、ひんやりとした白い手と、黒い瞳、そしてあの金平糖のことだけは印象に残っていた。
けれど。
「まさかだよなぁ……」
END
作品名:あじさいとこんぺいとう 作家名:|ω・)