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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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 そろそろと顔を上げ、泰衡を見つめ、右手を差し出す。その小指だけを僅かに立てて見せる。
「必ず、私のところに帰ってきてください。それだけ、約束してください」
 ――約束するときは、こうするものなんですよ。
 彼の妻となった夜、望美は今のように泰衡に右手の小指を見せ、約束の法を教えていた。
 泰衡は、何も言わず、静かに彼女の小指に、自身の右手の小指を絡ませた。望美も同じように彼の指に絡ませる。
「必ず、無事な姿で帰ってきてください」
「分かった。約束しよう」
 うん、と望美が頷くと、その拍子に涙が一つ、頬を滑り落ちていった。そして、指は離れる。
 額を泰衡の肩に押し当て、少し寄りかかる。
「しばらくは戦場に出ることもない」
 安心しろと、遠回しに言っているらしい。不器用な物言いに、くすりと笑ってしまう。笑いながら、うん、と頷いて返した。
 少し離れるだけだ。守るつもりが、守られる立場に変わるだけだ。二ヶ月前、京へ上った妻を待った泰衡と同じように、鎌倉との戦に勝利した夫の帰還を待つだけなのだ。困難なことは何もない、信じ、祈り、待てばいい。
 小指と小指を結んで、約束したのだから、何も心配などしなくていい。
 彼に身を寄せ、己の心を落ち着かせ、今、すべきことを見出そうと決意する。そんな彼女の髪を――泰衡に随分伸びたと言われた髪を――、泰衡の指が梳いていく。
 望美、ともう一度、彼はその名を口の端に上らせる。今度こそ、優しい音だった。
 両の頬が大きな手に包まれて、俯けていた顔が上向かされる。止め処なく、密やかに流れた涙に濡れる頬だ。彼の手も、濡らしている。
「泣く必要はない」
「うん。でも、今は止められないんです」
 悲しい。それは事実だ。離れたくない、傍に在りたいと、今でも願うのに、それは叶わない。けれど、悲しみだけで泣いているのではなかった。泰衡が、思っていた以上に、妻たる己のことを考えていてくれたことが、嬉しくもあった。彼にとって、失えない存在になっていたのだと、改めて知った。正反対の感情に、涙が止まらなくなったのだ。
 憂えなくていい。これは、泰衡に想われている証、泰衡を想う証、決して厭うべき涙ではない。
 望美の濡れた頬に、泰衡の唇が触れた。目を閉じると、瞼にも柔らかな感触を得た。閨でさえ、これほど優しい口づけはなかったように思う。
 そうして、唇にもその優しい熱を与えられる。
(私は、幸せだ)
 愛した人に、これほど大切に思われているのだから、不幸ではあり得ない。
 明日、彼を送り出すことになるけれど、離れているのも一時のこと、何も憂うことはない。ただ、望美も泰衡を想いながら、待つだけでいい。それだけでいいのだから。
 愛しい人のことを、日がな一日考えて過ごしても、誰にも文句など言われない。こんなに嬉しいことはないだろう。
「帰ってきたら、一番初めに私に会いに来てくださいね。そうして、私を強く抱きしめてくださいね」
 今のように、こうしてきつく腕に閉じ込めて欲しい。
 泰衡は、しばし間を置いてから、
「努力はしよう」
 と、少々怯んだ様子で答えたのだった。