さようならと告げる鳥の聲が聴こえる
終 章
――いつか、一緒に行きましょう。
泰衡と交わした約束の一つ、蝦夷島にともに行こうと話したときのことを、一人思い出している。
主を失った奥州は、鎌倉武士の領地となり、望美たちは密やかに、また大陸に戻ると言う九郎たちとともに、蝦夷島に渡った。
九郎と弁慶に案内されて、彼らが初めて大陸に渡ろうとしたときに世話になった集落を訪れ、厄介になっているところだ。朔と銀はもちろんのことともに在る。九郎と弁慶の二人は、大陸に渡るのは望美たちの生活が落ち着いてからだ、と言ってやはりまだ一緒にいる。そのうち、景時もこちらに合流する予定だ。
「……寒いわね」
「本当、そうだね」
雪に覆われ、白く広がる景色の中で、二人は佇む。銀は傍に控えていた。
平泉の冬よりもずっと長く寒いこの地まで来たのは、あの約束を、一人でも叶えてしまおうと思ったからだ。
「そろそろ戻りましょう? 体がすっかり冷えてしまうわ」
朔に促されるものの、望美はもう少し、ここにいたかった。
何もない、ただ雪の白に覆われた平原。そして、青く高く突き抜ける空。奥州に見られないほど、大きく広がった景色には、感嘆せずにいられない。
「ごめん、朔。銀と先に戻っていて」
「望美……」
「少し、一人でいたいの」
仕方がないわね、と漏らしながら、朔は銀とともに、白い雪に足跡を残しながら、去って行く。それを見送ってから、息をついた。白く染まる息は天へと上っていく。
白い大地が広がり、やがて蒼天との堺が見えてくる。
泰衡と言う人は、他の何色にも染まらない人だったように思う。己の思い、己の信条、それらを変えることなく突き進んで生きていた。望美はあの青空のように、泰衡と触れ合いながら、隣り合って生きて行きたかった。
眼前に広がる光景を見つめていると、じわりと滲んできた涙が頬を滑る。ゆっくりと瞼を閉じた。
「きれいですね、泰衡さん」
思わず呟いたけれど、返答があるはずもない。
涙が零れてくる。すぐに冷たい大気に凍り付いてしまいそうだ。それでも、今はこのまま、静かに泣いてみたい。
青空を見上げたとき、白い鳥の影を見た。
飛んでいく、遠く飛び立っていく、あれはどんな鳥なのだろうか。泰衡がくれた羽根の一枚は、まだ大切に持っている。
「さよなら」
最後の涙を一つ、零す。
――了
作品名:さようならと告げる鳥の聲が聴こえる 作家名:川村菜桜