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さようならと告げる鳥の聲が聴こえる

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「朔様、申し訳ありませんが、私と奥方様の二人だけにしてはいただけませんか? 泰衡様より、奥方様にのみお聞かせするよう、お言葉を賜っておりますゆえ」
「え、ええ。分かったわ」
 そうは応えながらも、泣きもしない望美を案じているのか、朔は不安そうな目を望美に向ける。
「大丈夫だよ、朔」
 微笑んで返すと、一層戸惑った様子だが、朔は素直に部屋を出て行った。
 その足音が遠ざかると、銀は、望美にまっすぐ向き直った。望美も、同じように彼を見た。
 泰衡が、望美にだけ伝えろと指示した言葉。それは、どんなものだろうか。この先、決して白龍の逆鱗を使うな、とまた言われてしまうのかも知れない。
(だって、泰衡さんの念押しって、しつこいんだもん)
 それを思うと、苦笑しそうだ。泰衡は、望美を童のようだと、よく眉を顰めたものだ。感情に振り回されたような言動が多すぎる、などとよく叱られていた。もう、そんな小言を聞くこともないと思っていたけれど、最後まで言われてしまうだろうか。
「これは、泰衡様が、本当に息を引き取られる前、最後に仰ったことにございます」
 銀は、ゆっくりと語る。
 最後に、望美にだけ遺した言葉。どんなものでも、それだけで嬉しい。彼が最後に想ったのは、故郷ではなく、自分のことだったのだ。小言だったとしても、嬉しい。
「泰衡様のお言葉そのままにお伝えいたします。ご無礼をお許しください」
「うん、大丈夫だよ」
 銀が望美に対して遣ってくれるような丁寧な言葉遣いではないということだろう。そんなことは、全く気にならない。
 心臓が、緊張したような音を立てる。
「ともに生きられたことは何よりの幸福だった」
「――え?」
 予想もしていなかった言葉。思わず漏らした声に、しかし銀は応じることなく、先を続けた。
「心よりあなたを愛していた」
 胸の奥が、途端に何か詰まったように、息苦しさを覚えた。込み上げてくるのは、感情という奔流だ。
「最後に、本当の最後に、望美、と。そう、奥方様の名を呼ばれました」
「…………」
 泣きたくはなかった。だが、せり上がってくる感情には抗いようもなかった。
 涙が、両の瞳から流れ出せば、止める術など見出せない。
 喉は嗚咽を突き上げてきて、どんな気持ちも言葉にならない。
(もう泣かないって、決めたのに……っ)
 声が零れた。言葉ではない、ただの声だ、獣の鳴き声のような、ただの声が、泣き声が、唇から溢れていく。声を上げて、喚くように泣くしかなかった。
 出会ってからはもう五年近い、また夫婦となってからも四年近い月日が流れているけれど、一度も、言われたことはなかった。愛しているとは、言われたこともなかった。彼はそういった想いを言葉にしない人だ。それでも、その気持ちを知っていると、そう思っていたから、時には不満に思っても、そのうち言われずともいいと、諦めていた。
 それを、今、こんなときになって、初めて聞かされるとは、思っていなかった。
「ぅっ、きたく、泣きたくなかったのに……!」
 最後まで、本当に卑怯な人だ。
 責めながら、罵りながら、ただ泣いた。言葉にならない声を上げたまま、泣き続けた。
 隣の部屋から、それを聞きつけて朔や女房たちがやって来ても、それでもずっと、泣き止むことができなかった。
 やがて九郎や弁慶も現れ、事情の全てを銀から聞かされ、項垂れた。


 ――愛していた。
 そんなの、知ってました。ちゃんと、知ってました。
 知らないはず、なかったんですよ。