SPY
臨也は静雄を電話で家に呼び出すことにした。
静雄は「俺も会いたいと思ってたところだ」と言い、すぐ向かう、と言った。
一方、静雄はついに種明かしのときが来たか、と考えていた。
電話の臨也の声、ちょっと怒ってたな、俺は悪くないよな、と自問自答を繰り返すうちに臨也のマンションについてしまう。
インターホンを押す手が震える。
「やあ、よく来たね」
臨也はなるべく今の感情を表に出さないように話した。
静雄の表情が普段より若干堅いことに気付いたが、気付かない振りをする。
「はい、シズちゃんコーヒー。飲むでしょ?ちゃんと甘くしてあるから」
「おう、ありがとな」
臨也は静雄用に甘いコーヒー、自分用に紅茶を淹れテーブルへ置いた。
静雄はこれから臨也が話そうとしていることがわかっているようだった。
こうなるってわかってるならなんでやったんだか、と臨也は内心愚痴をこぼした。
「ねえ、シズちゃん、なんで俺が今日家に呼んだかわかるよね?」
自分でも教師のようだと思った。
高校時代よく呼び出されたものだ、といっても臨也自身呼び出された回数は少ない。ほとんど静雄に押し付けていたからだ。
静雄はぐっと唇を噛み締め、「わかってる」とだけ答えた。
臨也はため息が出そうになるのを堪えてまた質問をした。
「シズちゃんもう俺のこと嫌い?」
「っ、そういうわけじゃ…!」
静雄はばっと顔を上げるが、すぐまた俯いてしまう。
「じゃあ、この前のあれ、なんなの?」
静かに、いらだっているのが伝わらないようになるべく優しく話す。
「お、お前こそ、そもそも俺のこと好きじゃないんだろ!」
静雄はいきなり大きな声でそういった。
臨也はおどろいてしまって声が出ない。こいつは何をいっているのか。
静雄が噂になっているだけで、他の男と会っているだけどこんなに不安になり、いらだっているというのに、好きじゃないと、そう言うのか。
「そう、そう思って俺は!お前を、臨也を試したんだ…!!」
「待って、それ、どういうこと…?」
説明を求めると静雄は静かに、淡々と事の顛末を話してくれた、全て自分が不安に思ってたせいだ、と。
臨也は混乱していた。
臨也は、あまりべたべたすると静雄に嫌われると思っていたし、不安に思ってたのも自分だけだと考えていた。
だが、事実は違った。静雄は甘え下手なのだ、愛されることに慣れていないから。
「ん、でもちょっと待って。男とキスしてたのは?!あれは何?」
「あれは幽、それにキスなんてしてない、ただ睫毛をとってもらっただけだ」
静雄は自分がムキになっているのが恥ずかしく感じてコーヒーを飲みながら顔を逸らした。
結局臨也は自分のことが好きなのかどうか、まだそこがはっきりしていないけれど、静雄はもうどうにでもなれ、と半ば自棄になっていた。
「つまり、シズちゃんは自分が愛されてるのか不安であんなことをしたんだね?」
「そうだ、悪かったな」
静雄は口を尖らせながら言った。
臨也はいつもの余裕を取り戻し、人好きのする笑みを浮かべた。
「じゃあ、俺がもう1回シズちゃんにこの気持ちを伝えればいいんだね?」
「は?どういう…」
「好きだよ、大好き。シズちゃんが浮気してるかと思ったら悔しくて仕方なかった。俺、愛想つかされたのかと思って不安になっちゃってさ、本当」
臨也の顔からさっきの笑みは消えて、さびしげな、疲れたような表情になった。
静雄は自分がこの計画の当事者であるという申し訳ない気持ちと、言いようのない切なさで胸が締め付けられるようだった。
「悪い、俺、臨也の気持ちわかんなくて。でも俺が臨也に飽きることなんてないから、だから、」
そんな顔するなよ、と静雄は臨也の顔を優しく撫でた。
「シズちゃん…、でも、よかったよ。これでお互いの気持ちわかったし、もう俺も我慢することないし」
「えっ、我慢って…」
臨也は力強く静雄を抱きしめ、肩口に顔をうずめた。
「おっ、おい臨也!!」
静雄はあせって臨也の背中を叩く、もちろん力加減をして。
「うるさい、ちょっとこのままでいさせて。こっちはずっとシズちゃんに触れなくてストレス溜まってたんだからさ」
「~~っ…!!」
静雄はふるふると震える手で臨也の背中に手を回し、そっと抱きしめた。
首に臨也の息がかかり、くすぐったい。
「臨也、くすぐったい」
「シズちゃんがいいにおいなのがいけないんだよ」
2人は抱きしめ合ったまま、笑い合った。
久しぶりに感じる甘い空気だった。