そのはなのことばを
「ぎゃあっ!!やめて!たすけて!ってかどうにかしろヴェルでえぐっ!!」
「――ずいぶんと、楽しそうな寝言じゃねえか。あん?ひさしぶりに様子を見にくりゃ、執務室の机にのん気にねこけたボスがお出迎えとは、どういうことだ?」
「・・・すみません。寝こけてたのは否定しませんので、顔面の靴底をどけてください・・・っていうか・・おまえに顔を踏まれたせいで、あんな息苦しい夢になったのか。いやいや、あいつなら本当にやりそうだし、ほかのも・・」
顔面に靴あとを残す童顔男は、う〜んと腕を組み首をひねる。
「まだ寝ぼけてるようなら、もう一度キツク眼を覚まさせてやるぞ?」
「覚めてます!ばっちりです!」
慌てて立ち上がる様は、授業中の居眠りを咎められた生徒そのものだ。
確かに男がここを訪れるのは、その『生徒』の様子を確認するためという理由もある。
なにしろ、自分は『先生』だったわけだし ――。
「――おい、こりゃなんだ?」
その、様子見で訪れた、よく知る場所に踏み入ったとたん襲われたそれに、思わず眉をしかめたのに、男は自分で気付かない。
どちらかといえばそれは、男が愛する女達に贈る、好ましいもののはずだ。
「え?これ?なんだよ。そんな顔する物じゃないだろう?」
確かにそうだが。 ――自分でもよくはわからないのは、嗅ぎなれたその香りが、今はこの苛立ちの一部だということだ。
「――おれの、美意識的許容範囲外だ」
「あ、うん、そっか・・・そうかも・・まあ、確かにね。・・それのせいで、あの夢だったのか?まあ、いいや。その、・・・なんていうか・・、残念なことにさ、―― 」
執務室の中にある接客用のソファ近く。やりすぎたチャイナ趣味のゴテゴテとした彩色をほどこした台の上には、これまたトチ狂ったような中国産とおぼしき、どでかい瓶(かめ)。
そこに、『これでもか!』ぐらいの盛りで、白いバラが咲き誇り、優雅な香りをはなっている。
花を見つめ言いよどむ童顔は、ふと息をもらしてうつむいた。
――― 自分が知らないうちにまた、どこかで誰かが逝っただろうか?
黒い男は白い花を眺めながら、らしくないことを一瞬考える。白いバラは、この元生徒が、亡くなった部下によく手向ける花だ。
「――今度、新しく提携することになったとこの・・」
「ああ、聞いたぞ。あれだけおまえの悪口を言いふらして徹底抗戦の構えを出していたってのに、いざ直におまえと会ったら、その場でハグしてさっさと記念撮影始めたっていうファミリーだな?なんだ?あのおっさんが、『残念』なことにでもなったのか?」
死んだという情報は届いていない。
「いや、だから・・。その、おっさん、じゃない、ルチアーノさんが、・・送ってくれたんだよ」
「・・・・・あ?」
悼む、花ではなかった。
「――開店祝いか?」
「どこのだよ」
「―― 誰に、だ?」
冷えた目で見つめてやった童顔が、眉を寄せ、なぜか赤面して目をそらした。
「だからあ・・なんだかわかんないけど、おれ宛に、送ってきちゃったんだよ。絶対に、何かの手違いだと思ったんだけど・・」
「―メッセージが、ついてきやがったのか?」
「う、せんせえ、なぜそこで銃をかまえるのでしょうか?」
「しょっぱなからこんなになめられてるのを、反省させるためだ」
「なめられて・・・っていうか・・。いや、そりゃ確かにこの花はルチアーノさんがおれに『だけ』って、なんだかかわいいピンクのカードに書いてくれて、それを読んだゴクデラくんがいきなり爆破させようとして、ひと悶着もあったし、なんでか、かわいいぬいぐるみなんかも一緒に付けてくれたりして、提携先のファミリーからの贈りものとしては、ちょっと残念な感じというか、そこは、おれが残念なのか、ルチアーノさんが残念なのか」
「両方だ」
久しぶりに、頭でタイミングをはかる前に、引き金を引いていた。
「――ってわけで。久しぶりに来たっていうのに、結局バラをいけてた花瓶撃ち抜いただけで、とっとと帰っちゃうんだから、ほんと、つまんないよなあ・・・。あ、スカル、おまえはゆっくりしていけよ」
「休暇に呼び出されて仕事させられたんだ。当然、気の済むまで休んでく」
こういう返事だけは、他のやつらと変わらず俺様だな、とおかしくなる。口元に手を当てたこちらをにらんだ男は、膝上にのせたノートパソコンをとじ、ソファにくつろぐと伸びをした。
「・・・で?あのバラのせいでみた夢ってのは、どんなんだったんだ?」
「・・・・・・・」
執務室の接客スペース。
ときたまこうして、無理に誘えばやってくる他組織所属の策士も、すでに、子どもの域などとっくに越えてしまっているのだが・・。
さして、興味なさそうな様子で、ほんの数本にまで減ってしまいクリスタルの花瓶にさされた白い花を眺める男は、顔をむけることもなく、出されたカップを素直に受け取った。
こちらのこたえをずっと待っているように、意地でも花を見つめたままだ。
・・・ほんとうは、もんのすっごく、聞きたがっているのが、 ――わかる。
「っぐ!っげほっ」
「もお。ほんっと、おまえって、残念なほど変わんなくてすき」
――夢の中でもな・・。
「っば、な、はなせえっ!!」
ソファの背後から抱きついた相手は、カップの中身をこぼすまいとして動きが制限されている。そのもがく様子は、子どもの頃から変化なし。
「まあ、夢のはなしは、・・あんまりはっきりは覚えてないけど、とにかく、おまえたちみんなから花をもらってさ」
「花?」
「そう。おまえ達から『取り扱い危険』じゃないものをもらえるなんて・・・」
「目頭をおさえるほどか」
「ほどだよ。でも、ほんと、なんだか ――すごく、うれしい夢だったよ」
背後から覗き込んだ顔が、一気に赤くなる。
「――は、花ぐらいでこんな大組織のボスがそんな喜ぶのもどうかと思うぞ。いいか?おれが聞いた話じゃおまえ、どこかのパーティーで子どもが抱えた熊のぬいぐるみをほめたんだってな?そんでそれをプレゼントされてえらく喜んだって?噂話の恐ろしさを知れ。おまえがテディベア収集家だなんて話に膨らんで流れてるぞ」
「うっそ!?だって、あれは普通のぬいぐるみで、あの後ちゃんとあの子に返したよ!」「よっぽど嬉しい顔して受け取ったおまえが悪い」
「なんで!?あ!だからルチアーノさんからも?」
「アンティークの馬鹿らしい高値のだな」
「げっ!?おれ、机の引き出しにいれっぱなしだ!」
「――あのなあ、だいたい白い」
そのとき、ドアがノックされた。
すぐそこで何かを言いかけた顔が、気配を変えてすっと離れる。
部下が入ってきたときに、客人とこんな至近距離にいたらまずいという気遣いが、こいつにはできるのだ。 ―― ほんと、変わんないなあ。
思わず自然と緩んだ口で、ノックの主へ入るように命じた。
右腕君がお願いした仕事に出かけているので、彼の部下たちが入ってきた。
―― なにやら、大きな白い箱を抱えて。
「う〜ん・・・この筆跡は、間違いなくあいつだ。・・噂してたのが聞こえたのか?」
「おれが帰ってから開けろ。ぐえっ、はなせ!」
「――ずいぶんと、楽しそうな寝言じゃねえか。あん?ひさしぶりに様子を見にくりゃ、執務室の机にのん気にねこけたボスがお出迎えとは、どういうことだ?」
「・・・すみません。寝こけてたのは否定しませんので、顔面の靴底をどけてください・・・っていうか・・おまえに顔を踏まれたせいで、あんな息苦しい夢になったのか。いやいや、あいつなら本当にやりそうだし、ほかのも・・」
顔面に靴あとを残す童顔男は、う〜んと腕を組み首をひねる。
「まだ寝ぼけてるようなら、もう一度キツク眼を覚まさせてやるぞ?」
「覚めてます!ばっちりです!」
慌てて立ち上がる様は、授業中の居眠りを咎められた生徒そのものだ。
確かに男がここを訪れるのは、その『生徒』の様子を確認するためという理由もある。
なにしろ、自分は『先生』だったわけだし ――。
「――おい、こりゃなんだ?」
その、様子見で訪れた、よく知る場所に踏み入ったとたん襲われたそれに、思わず眉をしかめたのに、男は自分で気付かない。
どちらかといえばそれは、男が愛する女達に贈る、好ましいもののはずだ。
「え?これ?なんだよ。そんな顔する物じゃないだろう?」
確かにそうだが。 ――自分でもよくはわからないのは、嗅ぎなれたその香りが、今はこの苛立ちの一部だということだ。
「――おれの、美意識的許容範囲外だ」
「あ、うん、そっか・・・そうかも・・まあ、確かにね。・・それのせいで、あの夢だったのか?まあ、いいや。その、・・・なんていうか・・、残念なことにさ、―― 」
執務室の中にある接客用のソファ近く。やりすぎたチャイナ趣味のゴテゴテとした彩色をほどこした台の上には、これまたトチ狂ったような中国産とおぼしき、どでかい瓶(かめ)。
そこに、『これでもか!』ぐらいの盛りで、白いバラが咲き誇り、優雅な香りをはなっている。
花を見つめ言いよどむ童顔は、ふと息をもらしてうつむいた。
――― 自分が知らないうちにまた、どこかで誰かが逝っただろうか?
黒い男は白い花を眺めながら、らしくないことを一瞬考える。白いバラは、この元生徒が、亡くなった部下によく手向ける花だ。
「――今度、新しく提携することになったとこの・・」
「ああ、聞いたぞ。あれだけおまえの悪口を言いふらして徹底抗戦の構えを出していたってのに、いざ直におまえと会ったら、その場でハグしてさっさと記念撮影始めたっていうファミリーだな?なんだ?あのおっさんが、『残念』なことにでもなったのか?」
死んだという情報は届いていない。
「いや、だから・・。その、おっさん、じゃない、ルチアーノさんが、・・送ってくれたんだよ」
「・・・・・あ?」
悼む、花ではなかった。
「――開店祝いか?」
「どこのだよ」
「―― 誰に、だ?」
冷えた目で見つめてやった童顔が、眉を寄せ、なぜか赤面して目をそらした。
「だからあ・・なんだかわかんないけど、おれ宛に、送ってきちゃったんだよ。絶対に、何かの手違いだと思ったんだけど・・」
「―メッセージが、ついてきやがったのか?」
「う、せんせえ、なぜそこで銃をかまえるのでしょうか?」
「しょっぱなからこんなになめられてるのを、反省させるためだ」
「なめられて・・・っていうか・・。いや、そりゃ確かにこの花はルチアーノさんがおれに『だけ』って、なんだかかわいいピンクのカードに書いてくれて、それを読んだゴクデラくんがいきなり爆破させようとして、ひと悶着もあったし、なんでか、かわいいぬいぐるみなんかも一緒に付けてくれたりして、提携先のファミリーからの贈りものとしては、ちょっと残念な感じというか、そこは、おれが残念なのか、ルチアーノさんが残念なのか」
「両方だ」
久しぶりに、頭でタイミングをはかる前に、引き金を引いていた。
「――ってわけで。久しぶりに来たっていうのに、結局バラをいけてた花瓶撃ち抜いただけで、とっとと帰っちゃうんだから、ほんと、つまんないよなあ・・・。あ、スカル、おまえはゆっくりしていけよ」
「休暇に呼び出されて仕事させられたんだ。当然、気の済むまで休んでく」
こういう返事だけは、他のやつらと変わらず俺様だな、とおかしくなる。口元に手を当てたこちらをにらんだ男は、膝上にのせたノートパソコンをとじ、ソファにくつろぐと伸びをした。
「・・・で?あのバラのせいでみた夢ってのは、どんなんだったんだ?」
「・・・・・・・」
執務室の接客スペース。
ときたまこうして、無理に誘えばやってくる他組織所属の策士も、すでに、子どもの域などとっくに越えてしまっているのだが・・。
さして、興味なさそうな様子で、ほんの数本にまで減ってしまいクリスタルの花瓶にさされた白い花を眺める男は、顔をむけることもなく、出されたカップを素直に受け取った。
こちらのこたえをずっと待っているように、意地でも花を見つめたままだ。
・・・ほんとうは、もんのすっごく、聞きたがっているのが、 ――わかる。
「っぐ!っげほっ」
「もお。ほんっと、おまえって、残念なほど変わんなくてすき」
――夢の中でもな・・。
「っば、な、はなせえっ!!」
ソファの背後から抱きついた相手は、カップの中身をこぼすまいとして動きが制限されている。そのもがく様子は、子どもの頃から変化なし。
「まあ、夢のはなしは、・・あんまりはっきりは覚えてないけど、とにかく、おまえたちみんなから花をもらってさ」
「花?」
「そう。おまえ達から『取り扱い危険』じゃないものをもらえるなんて・・・」
「目頭をおさえるほどか」
「ほどだよ。でも、ほんと、なんだか ――すごく、うれしい夢だったよ」
背後から覗き込んだ顔が、一気に赤くなる。
「――は、花ぐらいでこんな大組織のボスがそんな喜ぶのもどうかと思うぞ。いいか?おれが聞いた話じゃおまえ、どこかのパーティーで子どもが抱えた熊のぬいぐるみをほめたんだってな?そんでそれをプレゼントされてえらく喜んだって?噂話の恐ろしさを知れ。おまえがテディベア収集家だなんて話に膨らんで流れてるぞ」
「うっそ!?だって、あれは普通のぬいぐるみで、あの後ちゃんとあの子に返したよ!」「よっぽど嬉しい顔して受け取ったおまえが悪い」
「なんで!?あ!だからルチアーノさんからも?」
「アンティークの馬鹿らしい高値のだな」
「げっ!?おれ、机の引き出しにいれっぱなしだ!」
「――あのなあ、だいたい白い」
そのとき、ドアがノックされた。
すぐそこで何かを言いかけた顔が、気配を変えてすっと離れる。
部下が入ってきたときに、客人とこんな至近距離にいたらまずいという気遣いが、こいつにはできるのだ。 ―― ほんと、変わんないなあ。
思わず自然と緩んだ口で、ノックの主へ入るように命じた。
右腕君がお願いした仕事に出かけているので、彼の部下たちが入ってきた。
―― なにやら、大きな白い箱を抱えて。
「う〜ん・・・この筆跡は、間違いなくあいつだ。・・噂してたのが聞こえたのか?」
「おれが帰ってから開けろ。ぐえっ、はなせ!」