そのはなのことばを
このタイミングで届いたその箱を前に、一人逃げようとする男を捕まえる。
『天地無用』と『割れ物注意』の日本語ステッカーがついた箱を前に、しばらく二人で押し問答をすることになった。
「ぜったいに先輩がおれに何かしようとしてんだ!」
「・・・おまえの被害妄想も、『妄想』って言い切れないところがせつないよ・・」
「とにかく!おれが、見届ける必要はないはずだ」
「そりゃそうだけど、せっかくだから」
「せっかくで寿命を縮める気はない」
「寿命って・・あ、ほら、中身、『生花』って書いてあるし。・・・って、・・花?」
あの、せんせえが? おれに?
「・・すっげえデジャビュ・・・開けたとたんに、ばっくり」
「花だって?」
遠くをみながら薄く笑えば、なぜが逃げようとしていた男が伝票をのぞきこみ、ふん、と馬鹿にするような息をもらした。
さらに、あれだけおびえていた箱にずかずかと近寄っていく。肩の高さほどのそれを、軽くノックしてみせた。
「いいか、ツナ。これの中身を当ててやる」
「は?なんで?わかんの?しかも怖がってないし」
「怖がる必要がなくなったんだ。中身は、――『生花』だ」
「え?書いてある通りってこと?」
「ああ。しかも、花の種類もわかる」
「うそ!?なんで?」
「入ってる花はきっと、 ―――『カサブランカ』だ」
さっと箱がもちあげられ、ふあっと華やかな香りがただちに広がった。
「・・・すっごい匂い。いや、いい香りだけど・・これって」
「百合の一種だ。大輪で、香りがきつい」
まっしろで、シベのところがオレンジ色だ。すっと姿勢の良いきれいな緑の茎とつりあった葉。
それが、ほどよい本数、おおぶりでシンプルな磁器に挿されている。
「へえ。本当に花だったね。これが『カサブランカ』?・・・でも、なんでわかったんだ?」
「これしかないだろ。わざわざ日本から送ってきて」
「え?あいつ日本に行ってんの?」
「おれが知ってる情報だと、先輩は今、ロシアあたりのはずだけどな」
「でも、・・・なんで、これ?」
本物の花。 ・・・なんで?
首をひねれば、花の間からカードを拾った男がさっと目を通し、それを渡してきた。
「やっぱりリボーンだよなあ。・・んん?どういう意味だ?『おれなら こっちだ』って」
「――きっと、白いバラに対抗してみたんだろ」
「ええ?あの花瓶割っていったルチアーノさんからのバラに?」
「・・・おまえの夢にまで影響したってのが、気に入らないんだろうな」
「はあ?今度は百合で夢みろって?・・う〜ん、そうかなあ・・。そういや、・・・夢の中で、あいつから花もらったっけ?・・まあ、いいや。とにかく、きれいだし、いいにおいだし」
へたしたら自分の顔と同じほどの大きさの花で、よれば寄るほど、匂いも強い。
「すっごいね。なんか、おれにひどく不釣合いな気がするよ。どっちかっていうと、どこかの美人で気の強そうな女性に贈ったほうが・・・花屋の手違いかなあ?本当はビアンキとか、どこかの愛人に」
「いや、手違いじゃない」
「・・・・・」
まるで、知っているように断言した男をみあげた。
「ツナ、・・・さっきの話の続きだが、・・・・なんなら、おれがお前の噂を訂正しておいてやってもいい。これ以上ぬいぐるみが送られてきても困るだろう?」
「ほんと?」
「このはた迷惑な噂のせいで、すでにアンティークテディベアだけじゃなくて、ほかの人形類の値が一気にはねあがってきている。このままじゃ他の骨董品にもおかしな影響が出始めるのは時間の問題だ。知り合いの古物商にも頼まれているし、そっちの機嫌をそこねると、おれたちも、色々と仕事がしにくい」
「う・・すみません・・・」
ぽん、と、頭に手が置かれた。
「べつに、謝ってもらおうと思ったわけじゃない。だいいちおまえのせいってわけじゃないのはわかってる」
「・・・ありがとう。ほんっと、おまえって」
「『残念』なほど変わらなくて悪かったな」
「悪くない!ないない!変わらなくって『好き』だって言っただろお!?」
「抱きつくな!仕事の一環としてやってやるって言ってるだけだ。おれは帰る。――が、・・・先月、おまえが好きそうな店をみつけた。その、帰る前に教えてやってもいいが」
「いっしょにいこ?」
「・・・・、行って、やってもいい」
真っ赤な顔で、顔をそむけ腕を組む男と脱走することにした。
百合の香りが移ったカードを眺めながら、ぬいぐるみがいる引き出しにしまう。
「そういや、なんで花の種類までわかったんだ?」
「――『わたしは、貴方にふさわしい』」
「はあ?なんだ?突然どうした?そりゃ、そう言ってくれるのは嬉しいけど、・・おまえ、まさか、あっち辞めてとか」
「辞めるか。――なんでもない。なんで先輩の送った花がわかったかは、・・・・絶対、言わない」
「ええ!?なにそれ?気になるじゃん!」
「気にしてろ」
―――それから数ヵ月間。
今度はなぜか、花を贈られるのが好きだという、ハタに迷惑のかからない噂が流れた男には、それはもう、いろんな人間からいろんな花が贈られることになる。
花に、それぞれ意味のある言葉が(それも数種類)あることを、『残念な』童顔ボスが知ることとなるのは、周りが誰も教えようとしない現状にあって、この先、いつになるかはわからない。