M.I.S 2
10分で駆けつけた日本が、ぎょっとしたように立ち止まった。
「はあい、こんにちは、日本君」
笑顔でロシアが手を振る。そう言えばロシアと一緒だとは、一言も告げていなかった。日本は頬をひくひくと引き攣らせ、つかつかとテーブルに近づくと、小声で怒鳴ると言う荒業をやってのけた。
「ロシアさん! 電話が繋がらないと思ったら、貴方までこんなところでッ!」
「日本君、そんなに怒ると、コウケツアツが酷くなっちゃうよ」
確かに、頭から湯気が出ないのが不思議なくらいだ。こんなに怒る日本は珍しいな、と思いながらアメリカはゼリーにとじこめた栗の菓子を口に放り込んだ。ぷるぷるした固めのゼリーの触感と、栗の甘みが大層うまい。
「君、電話の電源切ってたのかい?」
「途中で切れちゃったの。充電してくるの忘れちゃって」
言いながら、ロシアも白いマンジュウを口にし、あ、これ日本酒の味がする、と口元を綻ばせる。
「解りましたから! ここ出て急いで支度して下さい!」
「駄目だよーまだ全部食べてないじゃない」
「そうなんだぞ! どうせ遅刻なんだし、いいだろもうちょっとぐらい。そうだ、日本も何か食べるかい?」
「食べません、良くありません、お願いですから、もう貴方達と言う人は……」
頭を抱える日本を、取り敢えずアメリカの隣に座らせ、口元に残っていた饅頭を宛がってみる。が、日本は頑として口を開かなかった。仕方なく自分で食べる。うっすらとアルコールの匂いが口の中に広がった。ロシアがさっき食べたものはこれらしい。ほんのり甘く、もっちりとした生地に、中の甘い豆のペーストが良く合っている。
「まあまあ、後少しで食べ終わるから」
殊更のんびりと首を傾げて、宥めるようにロシアが言う。
「何なんですか、甘味全制覇でもしているんですか」
「そうだぞ」
「そうだけど?」
アメリカとロシアの言葉に、日本はなんとも言えない顔をした。額にはでかでか、理解不能と現れている。まあそうだろうと思いながら、アメリカとロシアは、なおも運ばれてくる甘味の数々を、一つ残らず味わって平らげた。
店を出る頃にはすっかり日も暮れていた。先を行く日本の、断固として「私どうなっても知りません」と言う背中を眺めていると、ロシアがひそひそと声をかけてきた。
「日本君、僕たちが何で一緒にいるか、聞かなかったね」
「そういえばそうだな」
「もしかして、日本君にはもうばらしてたの?」
「そんなわけないんだぞ」
「じゃあどうして」
肘で横腹をつつきあいながら、暗い砂利道をざくざくと歩いていると、不意に日本が立ち止まった。
「アメリカさん、ロシアさん」
「なんだい?」
「私は貴方がたを、偶然、両方、見つけて拾いました、としか言いませんから」
ちらり、と後ろを半分だけ振り返って、日本が視線を遣す。暗がりに浮かび上がった、白人とはまた違う、黒髪に縁取られた恨めしそうな生っ白い顔がゴーストじみて見えて、アメリカは思わず小さく飛び上がってロシアの腕を握り締めた。
「う、うん」
ロシアも日本の思わぬ迫力に気圧されてか、アメリカの腕を振り払うこともせず、頷く。
「上司の方々への言い訳は、ご自分でなさって下さい」
「ええー」
「ご自分でなさって下さい」
「ちょっとぐらい言い訳に付き合ってくれよ!」
「そうだよーホスト国でしょー」
「あーあーあーあーきーこーえーまーせーんー! 私は知りません!」
両手で耳を塞いで、日本がどかどかと歩き出す。その後を仕方なくしょぼしょぼ付いて歩きながら、アメリカはロシアに耳打ちした。
「どうするんだい君は! 上司に何て言うつもりだい!」
「えー、もう面倒臭いから何にも言わないよ。叱られたら謝っておけばいいんじゃない?」
ふて腐れた様子で、ロシアが投げやりに言う。
「そんなぁ!」
「今回もお菓子美味しかったから、僕はそれで満足だもん。道に迷ったことにでもしておけば?」
「そんな、俺はヒーローなのに……」
「エムアイエスの大事な任務なんだから、多少の苦難は乗り越えなきゃねー」
そんな理屈ってありかと思ったが、まさに今日、待ち合わせ場所でロシアに高説をぶった手前、反論も出来ない。
「それよりも、帰り際にお持ち帰りの分、分けるの忘れないでね」
肩から落ちそうになっていた赤いマフラーを、暗がりにひらりと跳ね上げながら、ロシアが楽しげに笑う。
「それは勿論だよ!」
とは言うものの、今日一緒に来ている上司は、至って堅物の財務長官である。一体どのような言い訳をするか、プライドを捨てて道に迷ったと言うべきか、うんうんと唸りながら、アメリカは重い足取りで日本とロシアの後を追ったのだった。