M.I.S 2
店内は落ち着いた木の設えで、弧を描いた天井が特徴的だった。アメリカ自身も初めての訪問だが、うわあ、と子供のように見上げたロシアを、恰も常連ぶって、庭を見渡すテラス席へ連れて行く。庭は日本の家らしい緑の多い、抑制的な造りで、奥の方には赤いトリイも見える。
「こんなところにまで神様がいるのかな」
「トリイがあるってことはそうなんだろうな」
「こんなあちこちにいるくらいなら、どっか1箇所にまとめちゃえばいいのに」
そういう問題ではないと思うが、具体的な反論も出来ないでいると、店員が気配なく近付いて来ていて、二人で少し驚いた。
「日本のところの店員って、実は本物の忍者なんじゃないかと思えてきたよ」
「ちょっとだけ賛成。ああ驚いた」
店員がお茶と一緒にメニューを置いて行ったので、早速広げて中身を確認する。漢字の名前が付いているが、写真を見て、三つずつナマガシとやらと、コーヒーを頼んだ。
「あれ、君日本通を気取ってるのに、マッチャは頼まないのかい」
「フフフ、君こそ日本君と仲良いんだし頼めば? 僕、今日はそんな気分じゃないの。また今度、かな」
「俺も今日は考えておくんだぞ!」
要するに、二人とも苦手なのだ。日本の口真似をして、二人でくすくすと笑う。見た目ほど苦くはないが、アメリカにはどうにも美味しいとは思えない品の一つだ。
暫くすると、二人の前に次々と注文の品が並んだ。
「予想はしてたけど、日本サイズだなー……」
「まあ、食事しに来たわけじゃないから。別に満腹にならなくてもいいんだけど」
でも、と言う言葉を飲み込んだように、ロシアも苦笑した。アメリカが菓子を写真に収めている間に、ロシアはひとくちで食べきっちゃいそうと呟きながら、日本の果実に似せて作られた菓子を、指で摘んでぱくりと半分口にする。
「美味しいよ、ほんと。これの3倍くらい大きかったらいいのに」
「全くなんだぞ!」
写真を撮り、菓子の名前もメモに取り終わると、アメリカも一つ摘んでぽいっと口に入れた。細かな生地の破片がふんわりと飾り付けられたそれは、淡い黄色と橙色の混成で、何となく秋の森の様子を思い起こさせる。ほろほろと口の中で、薄甘さがほどけていくようだった。もっとがつんと甘くてもいいのになあと思う反面、この繊細な外見にはこのくらいの甘さがあうと言うことなのか、と自問自答する。
「ひとくちで行っちゃったんだ」
「あ、欲しかったかい?」
「いつも少しだけ交換してるじゃない」
僕はちょっとだけ残しておいてあげたのに、とロシアが口を尖らせる。しかしこの大きさで、お互いの味見分を残しておくのは、至難の業にも思われた。
「もうさ、小さいし、全部頼んじゃえばいいじゃないか!」
「あー、そうしよっか。面倒臭いもんね。お腹にもたまらないし」
途端に浮かれた様子のロシアが、メニューを手に店員を呼んだ。そして、ここからここまで全部1つずつ、とオーダーを出す。店員は、しかしここでも眉一つ動かさずに、笑顔で注文をとって行く。続いてアメリカも、同じように注文を出すと、さっそく目の前の二つを、前哨戦のつもりでぱくぱくと口に入れた。
時折コーヒーを飲みながら、次々運ばれてくる菓子を順番に味わっていると、不意に胸ポケットの携帯電話がブルブルと震えた。
「日本からだ」
直接日本から電話が入るのは、珍しいことだった。あのナイーブな国の大先達は、大抵メールでコトを済まそうとする。
「まだ時間あるよね?」
よほど緊急なのかとロシアも首を傾げる。取り敢えず通話ボタンを押してみると、本当に日本が喋っているのかと思うくらい大きな声で、今どこにいるんですか貴方は! と怒鳴られた。思わず携帯を耳から離し、ロシアの顔を見る。ロシアも漏れ聞こえた声に、目を丸くしていた。
「なんだい、そんなに怒鳴るなよ。何かあったのかい?」
「16時からレセプションがあるって言っておいたでしょう!」
「え、16時? 6時じゃなくてかい?」
「16時です。6時は夕食会です」
地獄の底で絶望に駆られて地に這うような低い声で、日本が言った。腕時計を見る。16時20分を示している。
「あー、すまない、その、6時からだと勘違いして」
「全くもう! 今どこにいるんですか!」
店の名前を告げると、しかし日本の調子が途端に和らいだ。和らいだと言うか、平坦になった。棒読みに近いとも言える。
「直ぐ近くですね。迎えに行きますから、動かないで下さいよ」
言うが否やブチっと通話は切られてしまった。
「日本君、何って?」
「近くだから迎えに行くって」
「ああ、確かレセプションと夕食会、このお向かいの中じゃなかったっけ」
「そうだったっけ」
「ふうん、来ちゃうんだ、日本君」
「逃げるわけにも行かないだろ、だってまだ頼んだのが全部来てないんだぞ!」
言い訳のようにごちて、アメリカは目の前の甘い豆のスープを啜った。ゼンザイと言うらしいこれは、甘さの度合いがアメリカ好みだった。それを勢い良く掻き込み、器を空にする。
「なんだい! 君はもう食べないのかい!?」
だったら俺が、とロシアの皿に手を出すと、ぺしっとアメリカの手を叩き落して、漸くロシアも続きを口にし始めた。
「もうみんなに公開しちゃったら?」
「……駄目なんだぞ!」