CHULIP
金融街――――
「やあ、余賀君。今日も可愛いね」
「宣野座さん……、どうしたんですか?」
颯爽と現れた貴公子のような美青年は、まるで悪戯な風が頬を撫でるように、その薄く柔らかい唇を幼さの残る公麿の頬に押しつけた。
「えっ、なっ、なにするんですかっっ」
異質な感触に慌てて身体を公麿は離すと、なにが起こったのか判らないと顔を赤らめながら、訴える公麿に宣野座は軽やかに笑いながら補足長い指先がその頬をつついた。
「今日はキスの日なんだって」
「それが、なんだって言うんですか」
「記念日には乗らないとね」
『ねぇ、キスってなに?』
真朱が語り語りかけてくるが、それに答えている余裕は公麿にはなかった。キュートな赤い少女は宙に浮かびながら問い掛け続けている。
「じゃあね、余賀君…………」
軽やかに踵を返し立ち去る後ろ姿を追おうとしても、ふわりと現れた真朱がそ行く手を遮った。
『ねぇ、公麿。聞いてる? キスって何よ』
キス、キス、キス、と、美少女が顔を近付けて問われると、公麿には顔を背けることしか出来ない。いっそそのまま、これがキスだと接吻してしまいたいが、そんなことが出来る男ではなかった。
「ちょっと、来て貰うぞ……」
一陣の風と共に背後から現れた三國は、公麿の腕を掴むと暴れる少年を抑え込み引き摺り去っていく。
『ちょっと、待ちなさいよ。教えなさいよ』
「それは大人の問題だ。子供にはまだ早い」
『えっ? どういうこと? ちょっと、公麿何か言いなさいよ』
何かを言いたくても公麿は口を開くことは出来ず、ただずるずると一回りも大きな三國に引き摺られていくだけだ。
『もぉ、なんなのよっっ』
真朱は口を膨らませると、遠ざかる二人姿を見送った。
「ちょっと、なんなんですか、三國さ……」
それ以上公麿が言葉を続けられなかったのは、三國の表情が険悪そのものだったからだ。いつも穏和な表情を浮かばせているのだが、今はその眉間に皺を寄せ険しい表情で公麿を見つめている。
なにか自分は彼の気に障るようなことをしたのだろうか……
そう考えても、公麿には覚えがなくただ一歩、一歩と近付く三國から逃れる三國から後ずさるしかなかった。
「何故、逃げるんだ……」
逃げているわけではない。ただも怖いのだ。理不尽な、としか思えない不条理な怒りにさられされるのはごめんだ。コンビニのバイトでもたまにいるが、客から理不尽に怒られるのが嫌なのだ。それでも、相手はお客様であるから謝罪をするが、まるで悪くもないのに憂さでも晴らすように扱われるのだけは勘弁して欲しいかった。
今の三國の態度もそれを彷彿させて、公麿の身体は竦んでしまうのだ。
「なら怒ってるんだよ」
「俺は怒ってなど……」
もう行き止まりだと、壁に背を預ける形で立ち止まり追い詰められた公麿の一言に、三國の足は止まった。怒ってなどいない、そんな感情など表には出していないはずなのに、おかしい。どうしても、あの男、宣野座と公麿が共にいると感情を抑えることが出来ず。苛立ちに支配されてしまう。
「三國さん……?」
小動物のように首を傾げこちら伺う公麿に、三國は漸く気持ちを抑えいつもの、平素のように口を開いた。
「君は油断しすぎる」
突然の叱責に、公麿は一瞬身体を震わせたが、それも一瞬だけで直ぐに思いついたように口を開いた。
「真朱にも言われたよ。最低限、自分の身は守れって……」
常に共にいるアセットからもそんな忠告を受けてているとは、いったいどんな目にあってきたのだろうか、先程のようなことが多々あったのだろうか、そこまで思考を巡らし自分の怒りの矛先が目の前の公麿にはないことに気がついた。
「確かに、君は自分を身を守るべきだ」
「そう思うよ……」
しおらしく頭を下げる姿に、苛々と募っていた思いは三國の中で小さくなっていく。
「だからあんなことになるんだ」
「あんなことって?」
まるで思い当たらないと、驚いた表情で顔を上げる公麿に、大きく溜息をついた三國はその名を告げた。
「あいつにされただろう」
「えっ、あのことかよ。そりゃ驚いたけど、俺ディールのことかと……」
「お前は、あのことですまされるのか」
漸くいつもの落ち着きを取り戻したと思った三國が、再び感情を表に出し再び眉間に寄せられた皺に公麿は身体を硬くすると、その薄い肩を容赦なく三國は掴んだ。
「痛っ……」
思わず漏れてしまう程力強く肩を掴まれた。眦に涙を浮かべ苦痛を訴える少年の声に、三國は力を緩めた。
「すまない」
「いえ、心配してくれてるんですよね?」
三國の行動原理が判らずに、それを肯定的に捉えようとすね公麿に、自分はそんなお人好しな大人ではないのだと首を振る。
「心配は心配なんだが……」
案じてはいるが、おそらく公麿が思っているようには案じていないのだ。
「君は本当に……」
こんな風に力で追い詰めても、まだ自分を良い人だと怯えもせずに見上げてくる無垢な少年の表情に、ゆっくりと三國はその顔を近付けた。
「三國さん……?」
急な行動について行けず公麿が首を傾げた、その時だった。
「お楽しみのところすみません、三國さま、余賀さま」
「うわっ」
ひょいと、公麿が背を預けていた壁から顔を現した真坂木に飛び跳ねた公麿の顔は三國のそれと重なった。それだけならまだしも、その唇と唇は淡く重なったのだ。
「あわわわ」
と慌てて身体を離し、その場で腰を抜かしたように唇を終えながらへたり込む公麿は、見上げた三國の身体が小刻みに震えていることに怯えていた。
不可抗力とはいえ、キスをしてしまったのだ。男同士でだ。宣野座からの冗談ですら怒るような三國が、こんなことを許すはずはない、どうすればいいのかと公麿はただ頭を抱えていた。
「なんのようだ」
不機嫌さを隠すつもりもない声色の三國と、壁からようやく全身を現した真坂木は、怯えることもなくいつものままでこう告げた。
「余賀さま、お迎えにまいりました」
「えっ、俺?」
まるで目前の三國などには用はないと言う真坂木の態度が、さらに三國に油を注いでいるが公麿はそれに気付かずただ自分の名が呼ばれたことを驚いている。
「はい、次のディールのお時間なので」
「えっ?」
まったく覚えのない自体に公麿は目を白黒とさせている。先程の三國とのキスも掠れてしまうほどの衝撃だ。
「ちょっと待て、まだ彼のディールは先のはずだ」
「あら、そうでしたか、確か……」
ただ慌てて戸惑う公麿に助け船をだしたのは三國だった。怒りを含みながらも冷静なその声に公麿は安堵し、他人の感情の起伏など関係ないと言いたげに真坂木は戯けた表情を崩すことはない。
なにやら真坂木は確認を始めると、合点したと言いたげに、芝居がかった仕草でポンと手を打った。
「あっ、すみません。私の勘違いでした。申し訳ありませんでした」
「よかった……」
胸を撫で下ろす公麿とは正反対に、道化師のように大袈裟な一礼をした真坂木はニヤリと微笑んだ。
「それにしても、三國さま。よくご存じですねぇ~」
「…………。」
「やあ、余賀君。今日も可愛いね」
「宣野座さん……、どうしたんですか?」
颯爽と現れた貴公子のような美青年は、まるで悪戯な風が頬を撫でるように、その薄く柔らかい唇を幼さの残る公麿の頬に押しつけた。
「えっ、なっ、なにするんですかっっ」
異質な感触に慌てて身体を公麿は離すと、なにが起こったのか判らないと顔を赤らめながら、訴える公麿に宣野座は軽やかに笑いながら補足長い指先がその頬をつついた。
「今日はキスの日なんだって」
「それが、なんだって言うんですか」
「記念日には乗らないとね」
『ねぇ、キスってなに?』
真朱が語り語りかけてくるが、それに答えている余裕は公麿にはなかった。キュートな赤い少女は宙に浮かびながら問い掛け続けている。
「じゃあね、余賀君…………」
軽やかに踵を返し立ち去る後ろ姿を追おうとしても、ふわりと現れた真朱がそ行く手を遮った。
『ねぇ、公麿。聞いてる? キスって何よ』
キス、キス、キス、と、美少女が顔を近付けて問われると、公麿には顔を背けることしか出来ない。いっそそのまま、これがキスだと接吻してしまいたいが、そんなことが出来る男ではなかった。
「ちょっと、来て貰うぞ……」
一陣の風と共に背後から現れた三國は、公麿の腕を掴むと暴れる少年を抑え込み引き摺り去っていく。
『ちょっと、待ちなさいよ。教えなさいよ』
「それは大人の問題だ。子供にはまだ早い」
『えっ? どういうこと? ちょっと、公麿何か言いなさいよ』
何かを言いたくても公麿は口を開くことは出来ず、ただずるずると一回りも大きな三國に引き摺られていくだけだ。
『もぉ、なんなのよっっ』
真朱は口を膨らませると、遠ざかる二人姿を見送った。
「ちょっと、なんなんですか、三國さ……」
それ以上公麿が言葉を続けられなかったのは、三國の表情が険悪そのものだったからだ。いつも穏和な表情を浮かばせているのだが、今はその眉間に皺を寄せ険しい表情で公麿を見つめている。
なにか自分は彼の気に障るようなことをしたのだろうか……
そう考えても、公麿には覚えがなくただ一歩、一歩と近付く三國から逃れる三國から後ずさるしかなかった。
「何故、逃げるんだ……」
逃げているわけではない。ただも怖いのだ。理不尽な、としか思えない不条理な怒りにさられされるのはごめんだ。コンビニのバイトでもたまにいるが、客から理不尽に怒られるのが嫌なのだ。それでも、相手はお客様であるから謝罪をするが、まるで悪くもないのに憂さでも晴らすように扱われるのだけは勘弁して欲しいかった。
今の三國の態度もそれを彷彿させて、公麿の身体は竦んでしまうのだ。
「なら怒ってるんだよ」
「俺は怒ってなど……」
もう行き止まりだと、壁に背を預ける形で立ち止まり追い詰められた公麿の一言に、三國の足は止まった。怒ってなどいない、そんな感情など表には出していないはずなのに、おかしい。どうしても、あの男、宣野座と公麿が共にいると感情を抑えることが出来ず。苛立ちに支配されてしまう。
「三國さん……?」
小動物のように首を傾げこちら伺う公麿に、三國は漸く気持ちを抑えいつもの、平素のように口を開いた。
「君は油断しすぎる」
突然の叱責に、公麿は一瞬身体を震わせたが、それも一瞬だけで直ぐに思いついたように口を開いた。
「真朱にも言われたよ。最低限、自分の身は守れって……」
常に共にいるアセットからもそんな忠告を受けてているとは、いったいどんな目にあってきたのだろうか、先程のようなことが多々あったのだろうか、そこまで思考を巡らし自分の怒りの矛先が目の前の公麿にはないことに気がついた。
「確かに、君は自分を身を守るべきだ」
「そう思うよ……」
しおらしく頭を下げる姿に、苛々と募っていた思いは三國の中で小さくなっていく。
「だからあんなことになるんだ」
「あんなことって?」
まるで思い当たらないと、驚いた表情で顔を上げる公麿に、大きく溜息をついた三國はその名を告げた。
「あいつにされただろう」
「えっ、あのことかよ。そりゃ驚いたけど、俺ディールのことかと……」
「お前は、あのことですまされるのか」
漸くいつもの落ち着きを取り戻したと思った三國が、再び感情を表に出し再び眉間に寄せられた皺に公麿は身体を硬くすると、その薄い肩を容赦なく三國は掴んだ。
「痛っ……」
思わず漏れてしまう程力強く肩を掴まれた。眦に涙を浮かべ苦痛を訴える少年の声に、三國は力を緩めた。
「すまない」
「いえ、心配してくれてるんですよね?」
三國の行動原理が判らずに、それを肯定的に捉えようとすね公麿に、自分はそんなお人好しな大人ではないのだと首を振る。
「心配は心配なんだが……」
案じてはいるが、おそらく公麿が思っているようには案じていないのだ。
「君は本当に……」
こんな風に力で追い詰めても、まだ自分を良い人だと怯えもせずに見上げてくる無垢な少年の表情に、ゆっくりと三國はその顔を近付けた。
「三國さん……?」
急な行動について行けず公麿が首を傾げた、その時だった。
「お楽しみのところすみません、三國さま、余賀さま」
「うわっ」
ひょいと、公麿が背を預けていた壁から顔を現した真坂木に飛び跳ねた公麿の顔は三國のそれと重なった。それだけならまだしも、その唇と唇は淡く重なったのだ。
「あわわわ」
と慌てて身体を離し、その場で腰を抜かしたように唇を終えながらへたり込む公麿は、見上げた三國の身体が小刻みに震えていることに怯えていた。
不可抗力とはいえ、キスをしてしまったのだ。男同士でだ。宣野座からの冗談ですら怒るような三國が、こんなことを許すはずはない、どうすればいいのかと公麿はただ頭を抱えていた。
「なんのようだ」
不機嫌さを隠すつもりもない声色の三國と、壁からようやく全身を現した真坂木は、怯えることもなくいつものままでこう告げた。
「余賀さま、お迎えにまいりました」
「えっ、俺?」
まるで目前の三國などには用はないと言う真坂木の態度が、さらに三國に油を注いでいるが公麿はそれに気付かずただ自分の名が呼ばれたことを驚いている。
「はい、次のディールのお時間なので」
「えっ?」
まったく覚えのない自体に公麿は目を白黒とさせている。先程の三國とのキスも掠れてしまうほどの衝撃だ。
「ちょっと待て、まだ彼のディールは先のはずだ」
「あら、そうでしたか、確か……」
ただ慌てて戸惑う公麿に助け船をだしたのは三國だった。怒りを含みながらも冷静なその声に公麿は安堵し、他人の感情の起伏など関係ないと言いたげに真坂木は戯けた表情を崩すことはない。
なにやら真坂木は確認を始めると、合点したと言いたげに、芝居がかった仕草でポンと手を打った。
「あっ、すみません。私の勘違いでした。申し訳ありませんでした」
「よかった……」
胸を撫で下ろす公麿とは正反対に、道化師のように大袈裟な一礼をした真坂木はニヤリと微笑んだ。
「それにしても、三國さま。よくご存じですねぇ~」
「…………。」